吉兼――観光といえば悪者で、環境を悪くする、観光が来るとバイ菌のように地域をだめにすると従来言われていたのですが、最近では反対に観光が来ることによって地域を活性化したり観光で環境を守ったりするように観光のプラスの面が強調されるようになったことが大きな変化だと思います。「新しい観光」という言葉をよく使いますが、英語ではオールタナティブツーリズム、直訳では「もう一つの観光」ということであって、それはマスツーリズムに対してのもう一つということです。マスツーリズムは観光を産業として成立させるのに非常に大きな貢献をしてきて、それは今後も石森秀三先生の言われる次の観光ビッグバンを生む原動力になるかもしれませんが、マスツーリズムがさまざまな弊害も生んできたということは事実です。
それに対する反省の中でいくつか出てきたものを総称してオールタナティブと呼んでいます。それらはマスではありませんから主体的に地域と関わる。かつては観光客側からみるとお膳立てされたものに乗っていって、ぐるぐる回って、見たような気もするし、数日たってみると見たのかどうか怪しいというようなきわめて受動的な観光だったのですが、これからは行く方も学ぶ、能動的に自分からも目的を持って学ぶ観光になると思います。
日本人の観光意識がここ二〇年くらいで大きく変化しています。それをキーワード風に言うと、みる、する、しる、観光の定着といえます。観光というのは従来は見る食べるという一時的な欲求に基づく観光、次はお祭りに行ったり、スキーをしたりリゾートにいったりと行動を伴うする観光が七〇年代から八〇年代に多くなっていきます。そしてさらに「しる」という知的な、たとえば歴史的な町並み保存を訪ねたり、奥の細道を実際に歩いてみるという観光が増えてきます。それは女性が自立をしろとか言われた時代ですが、その一つのとっかかりとして中年女性たちが参入していった観光が影響したと思っています。
旅行ならさほど技術が無くてもできる、ただ女性が旅行するというのはつい三〇年前には認められていない、女性が一人というと旅館からいうと自殺する人だから泊めてはいけないと予約も取れないような時代でした。家族をおいて旅行するなんてとんでもない、旅行するには大義名分が女性には必要だった。それが知的な旅行、お墨付きの中年女性が始めた「しる」旅行の走りかなと考えます。若い女性たちもアンアン・ノンノやディスカバージャパンにのっていろんなところを探してそれなりに開拓してきた。しかし中年女性の場合はもう少し知的なレベルの、料理はどういう料理なのか、無農薬なのか有機なのか、部屋に花が飾ってあればすぐ気が付くし、ゴミが一つあってもそれはだめというし、これまでにはない厳しい目を持った知的な、お行儀のよい旅行が日本にも出てきた。新しい観光が芽生えたのです。
一方で環境を守らなくてはいけないという自然保護運動や歴史的環境保存運動のような流れがある。町並み保存運動は保存してどうやって食べていくかという課題がある。本当ならそれを壊して工場など新しいものを造りたいわけです。しかし自分たちの地域を守りながら生きていくことを求めるとき、観光というものは大きな目玉だったんですね。観光客に来てもらってそれを守る、しかしマスツーリズムには落ちたくない、と考えても実際には多くの場合マスツーリングに巻き込まれてしまった。そうではなくて自分たちがどうやって町を守ってきたかという歴史とか持っている記憶というものが、違った形で観光が結びついて行く方向で、エコツーリズムとかエコミュージアムというようなさまざまなツーリズムが生まれてきました。 |