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| 私は最近、評価の話をする機会が多いのですが、世の中には聞いてはいけないこと
がいくつかあるようです。世間一般には女性の年齢を聞いてはいけないとか、私自身
も聞かれたくはありませんが、男性の年収を聞いてはいけないとか。そして大学教員
には成果を聞いてはいけないと言われます。私もいま、大学の教員として働いていま
すが、学生の将来においてどういう成果が期待できるか、教育的な効果はどうかが、
直接的に問われることがない時代が大学には長くありました。ところがここ数年、国
公立大学や私立大学を問わず、大学教員の授業に対する評価が厳しく行われるように
なりました。私はそうなってから大学に勤めるようになったため、これが当たり前と
思って受け入れている方だと思いますが、中には頑として評価を受け入れない先生も
いらっしゃるようです。 先日、朝日新聞の夕刊の「窓」というコーナーに不良債権の話が載っていました。 そこには私が日頃さらされている、学生からの授業評価と似ている話がありましたの でご紹介したいと思います。『不良債権をめぐって、最近ある大企業の役員を勤めた 方から、なるほどという話を聞いた。皆、悪いのは自分の会社だけだと思いこんでい たのですよとその人は言う。バブルがはじけるとともに多くの業界、多くの会社で不 良債権がみるみる増えた。おできと一緒で早い時期に切っておけば軽く済んだものを、 それができなかった。世間体を気にしてからだという。よそも同じ状況だとわかれば、 迷わず処理を急いだが、自分のところだけが悪いと思うから、何くわぬ顔もしたくな る。体裁を繕っているうちに時期を逸した』と書いてありました。 大学でいま行われている、教員に対する講義の評価に対して、学生は好き勝手なこ とを言うわけです。先生の言っていることはよくわからないとか。「それはお前らの 知識がなさすぎるからだ」と言いたい時もあるわけですが、その気持ちを抑えて彼ら の言っていることをよく聞くと、なるほどと思うこともあります。自分がどう言われ ているのかだけを聞くと、いまの不良債権の話と同じなのですが、何百人もいる全学 の教員の中で自分がどのポジションにいるのかとか、ここは優れているけれども、こ こはちょっとひどいということを聞くと、冷静に努力しようという気が結構おこるも のです。いまこうやってお話をしていますが、私は元々早口です。最近よくなったと 言われるのですが、他にもたまに訛ったりして、よく聞き取れないという評価が初め は多かったです。全体の位置づけの中でも、私がかなりの早口であるらしく、点数が だいぶ悪かったのですが、それ以来自分でも気をつけるようにしています。評価され る側に立つと厳しい面もあるのですが、このように良い面もあるのではないかと思っ ています。 さて、本日お話したいことはふたつです。ひとつは博物館の評価やその手法は多様 であるべきだということです。そこで日本における博物館の評価手法を三つご紹介し ます。もうひとつは私自身がヒヤリングした結果から、評価導入の時の要件をご紹介 します。 その前に、博物館の公共性についてですが、先ほど井上館長のお話の中で独立採算 でやられているとありましたが、それでも寄付とか、文部省からの助成金があり、企 業のようにすべての経費を顧客からの対価で賄っているという関係ではないと思いま す。私が勤めていました公立博物館では、博物館が提供するサービスに対して入館者 が払う費用は、全運用資金の4%程度であり、1割にも達していません。これが多く の公立博物館の現状だと思います。では残りはどうやって賄っているのか。公立博物 館ならば税金という形で、博物館を所轄している地方自治体から入ってきます。公立 博物館は皆さんの税金を行政が配分することで運営されていて、そのことから、まず 博物館は公共的なものであることはおわかりだと思います。また、井上館長が言われ たように、そこに収蔵されている資料は地域の文化財や知的財産ですから、資料自体 が公共性を帯びたものであることは異論の余地がないわけです。したがって、みんな の財産である博物館に対して、正当な評価を施すことはその発展にとって重要と思い ます。 |
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