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 そのため私は弱視者不在の、本来あるべき姿になっていない点字ブロックのあり 方を、『心の美観』を損ねるものではないかと主張しております。点字ブロックに 限らず、そうした例は他にもあります。実は今回のミュジアム・メッセにもブース を出しているある博物館は、さる有名建築家が設計したものであり、エントランス ホールから上がっていくところが白い大理石になっております。非常にきれいなの ですが、真っ白なために段差が見えず、降りる時に転落事故が多かったそうです。 その防止のため、段端のところに目立たない青い線を入れたいと建築家に要求した ところ、「建築そのものがひとつの作品であるから、手を加えてはいけない」と言 うわけです。それでも転落事故が起こるため、拝み倒して何とかラインを入れたそ うです。次に高齢者のために手すりをつけたいと言ったところ、「それだけは絶対 にいけない」ということで実現しませんでした。
 そういう建築物が果たして本当に良いものなのでしょうか。建築物は使う人間が いて初めて機能するものであり、そこが失われてしまうと『心の美観』を損ねてし まうのではないか。「しょうがい者」や高齢者も含めて、それぞれの立場をもう一 度認識し直する必要があるのではないか。意識としては向上しているはずなのです が、まだまだ足りない日本の「障害者観」も向上させていかないと新しい施策はで きないのではないかと思います。
 ではそうしたことをふまえて、博物館はどうすれば良いのか。従来の博物館にお いて「しょうがい者」やバリアフリーの考え方がまったくなかったわけではありま せん。例えば1975年の全国博物館大会の中で「これからの博物館施設とサービス− とくに身障者に対する配慮について−」という分会がありました。「国際しょうが い者年」である1981年には『博物館研究』の中でも「しょうがい者」に対する特集 が組まれております。平成に入ってからも博物館に関する雑誌の中でそういった特 集が組まれておりますし、生命の星・地球博物館では「ユニバーサル・ミュージア ムを目指して」というシンポジウムが行われました。
 このようにいろいろな取り組みがされておりますし、先ほどのスライドで紹介さ れた事例を見てもかなり充実化しているのではないかと思います。しかし、まだま だ考えていかなければいけません。
 そのひとつとしてバリアフリーがあります。バリアフリーは建築の世界から出ま したから、スロープやトイレをどうするかといった物理的なものもありますが、最 近は別な意味も出てきています。『障害者白書』の中でバリアフリーを四つの視点 から分けて考えております。レジュメにあるように第一に文化・情報面の障壁。 第二に物理的障壁。第三に制度的障壁。第四に意識上の障壁。以上の四つに分けて、 それを除去することがバリアフリーです。『障害者白書』の中では順番が違ってお り、第一に物理的障壁、第二に制度的障壁、第三に文化・情報面の障壁となって おりますが、私は敢えて文化・情報面の障壁を一番目に持ってきています。博物 館という性格上、これが最も先にあげられるべきだろうという考えからです。
 今後、バリアフリーのことを考える場合、どういった障壁があるのかを考えてや らなければいけないと思います。「視覚しょうがい者」を対象にする方法とか、 「聴覚しょうがい者」を対象にする方法などいろいろとあるわけですが、私はそれ らをすべてひっくるめた上でバリア別に考えるべきではないかと思います。
 では、なぜ私のレジュメの中に「聴覚しょうがい者と博物館」という論文がある のか。その説明をしたいと思います。すべてをひっくるめなければいけないという ことで、私は以前に論文を書いたわけですが、なぜ今回こうした論文を書いたのか。 先ほど博物館における「しょうがい者」の研究がされ始めていると申し上げました が、それでも「聴覚しょうがい者」に対する研究はほとんどされておりませんでし た。大体の場合は「視覚しょうがい者」であり、あるいは車椅子使用者であって、「聴覚しょうがい者」がないがしろにされていると感じておりました。
 また、博物館とは逆に図書館の世界では「聴覚しょうがい者」の研究がものすご く進んでおります。日本図書館協会では70ページ以上に渡るマニュアル本ができて います。「国際しょうがい者年」に『障害者と図書館』という本が出ているのです が、その中では「視覚しょうがい者」だけではなく、「聴覚しょうがい者」も対象 としております。それにも関わらず、博物館のほうでは「視覚しょうがい者」だけ を対象にした取り組みしかされておりません。

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