|
次に1999年にイギリスの博物館協会によって刊行された博物館のアクセスに関する倫理指針(Ethical Guidelines)について詳しく見ていきたい。同協会では、博物館職員や管理機関を対象にした博物館倫理規程を作成しているが、それを補完するものとして、これまでに「資料の取得」(1996年)、「資料の処分」(1996年)、「取引きおよび商業的行為」(1997年)に関する倫理指針を出している。それらに続く4つめの倫理指針がこれから紹介するアクセスに関するものである。博物館に求められている社会的要請の変化を受けたものといえるだろう。この指針は、先に触れたMGCの報告書の中の「アクセスへの障壁」をさらに膨らませたものになっている。
倫理指針の前段では、博物館協会で1998年に採択された新しい博物館の定義(註6)を受けて、博物館は社会のすべての人のものであること、そのために多様なニーズに応じた様々なアクセスの機会を提供していかなければならないことを確認している。そして、博物館は現在、将来、過去から託された義務を負っていると述べている。すなわち、現在の人々が利用できるようにすること、そして、将来の世代のために資料や情報を保存、蓄積していくこと、さらに、寄贈者その他の過去の人々の遺志を引継ぎ、尊重することが博物館に託された義務だとしている。
こういった共通認識のもとに、アクセスの幅を広げるにはどうしたらいいかを考える視点を提示している。以下のAからDの4つの視点を挙げ、次の検討事項としてE、F、Gを挙げている。
A.博物館を訪れた人、博物館の サービスを利用した人の体験を どのように高めることができる か。
B.来館者数を増やすにはどうし たらいいか。
C.コレクションと関連する専門 知識の活用と理解をどのように 広げていけるか。
D.博物館の利用者の層と多様性 を広げるにはどうしたらいいか。
E.考え方と実践方法:協働、諮 問、参画
F.次世代と過去に対する公正な 姿勢
G.利用の制限
上記のそれぞれの項目について考慮すべき指針や対策が書かれている。
「B.来館者数を増やすにはどうしたらいいか」は、先に触れたMGCのアクセスへの障壁と同様の内容のものになっている。
「C.コレクションと関連する専門知識の活用と理解をどのように広げていけるか」は、この倫理指針のなかで一番多く割いている項目で、「コレクションへのアクセス」と「情報」「学習と知識」の3つの項目から成っている。
すべてのコレクションを利用者の目に触れる状態に置くことは、保存上の問題から様々な制約があり、現実的に不可能であるが、何らかの方法で展示されていないコレクションにもアクセスできるようにする必要があるとしている。例えば、収蔵庫の公開や、収蔵展示などの方法がある。また、物理的な資料へのアクセスができなければ、写真やデジタル画像による公開も考えられる。さらに、ある資料を自館で展示したり保管することは難しいが、他の博物館であれば可能である場合には、そういった博物館に資料を貸出し、より多くの人がその資料に接することができるようにすることを提案している。つまり、人目に触れない状態や 死蔵″された状態をなくすということを意味している。博物館に託された資料はすべての人のものであるということは、それらの人々が利用できるような状態にしておかなくてはならないということなのである。
「情報」の項で述べられているのは、博物館が持っている情報、特に資料に係わる専門的情報へのアクセスについてである。資料に関する様々な情報を記録したドキュメンテーション資料やスタッフの持っている情報にも、アクセスできるようにしなくてはならないとしている。このような利用を実現するには、資料のドキュメンテーションがきちんとなされていることが大前提となるのはいうまでもない。
「学習と知識」の項で強調されているのは、多様な解釈、見方を受け入れることである。これは移民など文化的背景の異なる人々に配慮した考え方だといえる。博物館側が提示している解釈や考え方が絶対なのではなく、他の人々の意見や見方も尊重し、それを表現する権利を認めなくてはならないとしている。博物館は「新しい考え方や別の考え方を議論し試すことができるフォーラムとして機能することを目的としなければならない。博物館の仕事は多様な視点を包含することによって豊かになる。」と述べている。
「D.博物館の利用者の層と多様性を広げるにはどうしたらいいか」では、「多様な人々の参加は博物館の健康と活力の証明である」とし、博物館は利用者もしくは潜在的利用者をひとかたまりとして見るのではなく、興味や価値観、能力、知識、学習スタイルの異なる個人として見ることの重要性を指摘している。そして、それぞれのニーズを知るためのいくつかの方法と手順を提示している。
1)現在の博物館の利用者のなかで潜在的な利用者と比較して利用が少ないグループを識別する。
2)利用の少ないグループの中で特に増やしたい利用者のターゲットを決める。
3)それらのターゲットグループの要望を調査し、それを博物館の発展計画にフィードバックさせる。
4)利用者を開拓するために実施したプログラムについて評価する。
これらの実践は、博物館のマーケティングの重要な部分であり、新たに始めた試みが有効であったかどうかを来館者調査を通して検証する必要があるとしている。
「E.考え方と実践方法:協働、諮問、参画」では、博物館の中だけで事業の企画や決定を行うのではなく、諮問組織を設けるなどして、利用を増やしたい層の人々の意見を聞いたり、専門家の意見を聞き、それを展示や事業のなかに反映させるよう強調している。また、博物館のスタッフの雇用においても、博物館が対象とする利用者の多様性を反映したものにしなければならないと述べている。つまり、多くの移民が住んでいる地域に博物館があるのであれば、それらの人々を雇用するということ、障害者を重要な利用者とするなら、障害者を雇用するということである。
以上、アクセスに関する倫理指針の概要を簡単に紹介したが、本指針で述べているアクセスとは、新しい利用者を開拓することと、現在の利用者によりよい体験を提供することによって、さらなる利用を促すという2つの大きな目的を持ったものであるということができる。近年、イギリスの博物館で見られる大きな変化として、より幅広い層の人たちにとっていかに利用しやすい場所となるかという課題への取り組みが見られる。博物館協会がアクセスに関する倫理指針を発表したのもこのような流れを受けたものであり、またこの指針が出たことによって、これらの動きを一層促すことになっているようである。
|