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博物館における異文化の扱い方、博物館と移民との関係をリセットしようとする動きがイギリスの博物館で最近顕著に見られるようになってきている。ソーシャル・インクルージョンという政策がそれを後押ししているのはすでに見てきた。ここではもう少し、博物館と移民の関係について掘り下げて見てみたい。
その前に、移民に係わる問題にイギリスがどのように対処してきたかについて簡単に触れておきたい。かつて大英帝国として世界各地に植民地を持っていたイギリスは、旧植民地とのパイプをいまだに強く持っており、イギリスに渡ってくる移民が跡を絶たない。移民問題はいわば大英帝国の支配の代償でもあるのだが、それら移民の人々を排除しようとする政策は、社会問題の解決になるどころか、問題を一層大きくしてしまうことがわかり、代わって採った策が文化の異なる人々との共生の道だった。他の文化を自文化と同様に尊重する文化相対主義という考え方が70年代に起こったが、80年代に登場した多文化主義はこの流れを引くものとして位置付けられる。
しかし、上野によればイギリスでこの多文化主義と反人種主義政策が90年代に入って限界を見せるようになったと指摘する(上野、毛利、2000年)。さらに次のように分析する。「多文化主義は特に小中学校の教育プログラムにおいて導入された。たとえばカリブ系やインド系の生徒がいる学校では積極的にその歴史を教えたり、音楽やダンスなどの文化を扱ったりした。一方で反人種主義は、人種差別の根本的な原因が制度的な差別の再生産であると考えた。機会均等は反人種主義の最も重要なテーマであり、自治体を始めとする公的機関では住民の人種の比率に応じた採用を行うといったような政策が取られた。また教育においても人種的差別を再生産するような教材、たとえば特定の人種に差別的に感じられるような教材は徹底的にプログラムから削除された。しかし、結論から言えばこの二つの政策はうまくいかなかった。」「教育の結果ますます人種差別的になるという皮肉な報告までなされるようになった。そしてなによりも問題だったのは、多文化主義も反人種主義もともに自民族中心主義とそれぞれの民族ナショナリズムを強調しすぎた結果、実際の社会で起こっているさまざまな人種の間のやりとりや文化交流や文化変容を見ることができなくなってしまったのである。」(上野、毛利、2000年)
博物館、特に自治体が所管する博物館では、地域の移民に対する何らかの対応を迫られている。1998年にMGCが行った調査報告(『文化的多様性:博物館美術館に対するマイノリティーの意識について』)のなかで、移民の人々の博物館の低い利用率と博物館に関心を持たない理由、博物館に対する批判的意見が報告されている。そのなかで多い理由として、白人中心主義、博物館の展示のなかに自分たちとの関連が見出せない、自分たちの祖先が英国の歴史にどのような役割を果たし、影響を与えたかということが描かれていないなどが挙げられている。
このような現状を克服する試みとして、レスター市博物館では早くから地域の移民との関係に力を入れてきた。インド系移民が人口の20%近くを占めるレスター市では、博物館のなかに移民との連携プロジェクトを行う専属部門を持っており、様々な文化イベントや作品を制作する講座などを常時行っている。
ロンドンのグレンジ郷土博物館では、人口の約半分を移民が占めているにもかかわらず、それらの人々の利用が少なかったため、移民の人たちを中心とした地域住民を巻き込んで、新しい展示の企画と制作を協働して行ったところ、移民の人々の利用が増えたという。
ノッティンガム市博物館では、資料の解釈のしかたを変えることによってある資料を別の文脈で語る展示を行った。それまで銀器のコーナーに置かれていた黒人奴隷をかたどった燭台を白人の生活のなかに華やかに置かれている燭台として展示するのではなく、それが象徴する奴隷貿易とそれによって支えられていた白人社会の富みという文脈に置き換えて展示を行ったのである。
一般的に博物館よりも白人中心主義、エリート意識が強いと言われるのが美術館である。イギリスの近現代の美術を扱っているテイト・ギャラリーでは、地域社会に出て行くアウトリーチ活動も積極的に行っており、刑務所や老人ホームでの活動など、美術を通じて社会福祉にも取り組んでいる。また、黒人のスタッフをキュレーターとして雇用し、従来の中産・上流階級の白人以外の観客層を広げるための活動にも取り組んでいる。
最近見られるこうした動きは、博物館と異文化、博物館と移民のあり方を変える一つの大きな転機になっているといえるのではないだろうか。19世紀の近代型博物館の誕生以来、博覧会も含めて非西洋の文化は、白人から見られる対象(=客体)として描かれ扱われてきた。それをひっくり返し、見られる対象から見る対象に、客体から自らが参加し、つくるという主体に変わりつつあるといえるだろう。
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