地域博物館における地域学の課題と展望
文化環境研究所代表 高橋信裕
〜『文環研レポート』17号より〜
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■ 地域における博物館の存在

 さて、こうした「地域学」が注目され、受容される時期にあって、博物館は「地域学」とどのように向き合って来ているだろうか、またその成果を市民とともに分かち合い社会に還元し得る仕組みを備えているであろうか。あるいは、他の生涯学習機関である図書館や公民館、文化ホール、生涯学習センター等と同じほどに、地域住民に親しい距離、関係にあるのだろうか。わが国の博物館は近年、教育普及活動にシフトを移し、市民とのリレーションシップを重視する活動が目立って来てはいるものの、全体としては、市民の日常生活とは縁の薄い、一方通行的な教育の場、「見せてやる」「教えてあげる」といった啓蒙・啓発施設というイメージを実態としても担ってきている。利用者である市民にとって、自己という存在が積極的に介在しない、あるいはし得ない場や機会は、退屈極まりない。博物館は、利用者自身に、その価値や能力に気づかせ、自己の魅力を存分に発揮させ得る機能や設備を備えもっているにもかかわらず、それを館の組織や体制のなかで自己完結させている。主役が文化財や美術作品、標本等であり、発信する知識や情報のつくり手、担い手が館の学芸職員である限り、また、来館者がゲストであり、お客様である限り、これまで以上に来館者が博物館を楽しむことは出来ない。博物館にとっても、博物館で一番素晴らしいもの、誇れるものはコレクションでもなく、ましてや建物でもなく、職員でもなく、その最も自慢できるものは「来館者=利用者」であるというレベルの認識を持ち得ることができて、博物館は地域文化のセンターとしてのステータスを名実ともに備え得ることが出来る。「地域学」を博物館に根付かせるためにも、博物館活動の主役を利用者に置いた運営ビジョンの構築が早急に望まれる。

■ 市民の知的需要と博物館の役割

 「外回りの仕事の道すがら、神戸の古道具屋で偶然目にした小さなランプ。ブリキとガラスでできていて、台風が来ても火が消えないという触れ込みから「ハリケーンランプ」と呼ばれた明治初期のものだ。「このランプが照らした人生とは一体どういうもんやったんやろ?」店先で眺めているうちに、柄にもなく持ち主の人生に思いをはせ、いつのまにか代金を払って手に入れていた。」これは、松明からマッチまで「暮らしの灯かり」に関する資料に惹かれて収集を続け、自宅を資料館にまでしたサラリーマン・宮艸(みやくさ)万寿夫氏の話である。(注7)

 生涯学習時代と言われる今日、知的好奇心を触発する場面との遭遇は、こういった状況下であることがしばしばである。むろん、そういったモノとの出会いの場が自分の家の押入れや知人、親類、商店、農家等の納屋や物置、蔵の中であったりもするのだが、目の前のモノを通して「その時代や人生」に思いを馳せるという行為は、刺激的であり、知的冒険心を駆り立てる。ところが、こうした際に発生した素朴な疑問や問題の解決に対して、我々は知人や親に訊ねたり、図書館での関連図書検索によって入手した知識によってクリアする場合が多い。

  博物館に行ったところで、図書コーナーに案内されて、関連書籍を紹介してくれる程度の対応しかしてくれない(それもちゃんとした博物館であればあるほど)からでもあるが、自分に起こった疑問を自分で調べ、課題の解決を自ら行なうことが、学習の過程では大切だし、博物館サイドのこうした対応は、間違ってはいない。しかし、図書で調べがすむならば、博物館よりも図書館の方が蔵書数も多く、便利である。しかも、館外貸し出しシステムも整備されており、自己学習の場としては、図書館の環境の方が博物館よりも利便性が優るということができる。

  また、公民館(文化センター・市民会館、生涯学習センター等を含む)はといえば、文化サークルがさまざまな事業メニューを用意して活動しており、公的機関自身も自主企画をたて、市民の生涯学習ニーズに対応している。しかし、公民館等の場合、より多くの市民に公平、均等に機会を提供するという観点からプログラム内容も最大公約的なものになりがちで、例えば「ランプ」に間する講座などは企画されにくい。

 博物館こそ、市民一人一人の身近な知的疑問や要求に応える態勢を整えるべきであり、市民の学習ニーズにきめこまかく応じ、さらにその市民一人ひとりが博物館を利用することによって、次なる段階へと成長できる仕組みを整えるべきである。そうでなければ、現在ほどの博物館の数は必要ではない。生活に身近なところで、さまざまな興味、関心をもち、そこに分け入ることで心の充実、人生の生きがいを感じる人々に博物館は、もっと親身になっていいのではないか。とりわけ、現代生活では伝統的な学問や芸術に比べてサブカルチャー(下位文化)として位置付けられるジャンルに関心をもつ市民が増えている。博物館もまた、そうしたニーズを反映してサブカルチャーを前面に打ち出したテーマミュージアム(まんが、オモチャ、音楽、アニメ、映画、演劇、ポスター等)を各地に誕生させている。

  一般市民が生活文化を楽しむ「学」の舞台として博物館が貢献できる役割は大きい。博物館が目指す「地域学」を市民の「生活文化楽しみ学」に重ね合わせ、博物館の備えるあらゆる生涯学習機能を市民に開放する視点が現代の地域博物館には求められる。宮艸氏のように「らんぷ館」を開設することはできないが、同じようにモノに興味を持ち、自らコレクションすることで学習課題に深く関与し、さらにそれらコレクションを一般に公開することで「幸せな時間」を来館者とともに共有体験し、「自己の明日へのよりどころ」、「自己存在の確認」を確かなものにしようとする市民たちにとって、その活動の場は博物館という機関、施設が最も相応しい。


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