補注
注1 「秋田県立博物館研究報告 第1号」の『地域論の試み−郷土学について−』(1976年3月15日/秋田県立博物館発行)のなかで、国安寛氏は「郷土学(秋田学)は、秋田の未来像を模索し積極的に創りあげようとする目的であり、また諸学の分化そして細分化の進む現在の学問状況の中では、その目的を達成するために、新しい方法、つまり、秋田の自然と人間を総体的にとらえようとする綜合化の路線も有効な方法である」と述べている。また、同じ報告書の中の『第1展示への道』と題する論文の中で、高田順氏は「設立構想で用いられている「総合」という言葉について事務局の内部及び事務局と委員との間でかなり突っ込んだ議論があった。構想では「総合」と「綜合」を区別し、前者は単に各部門がそこに一緒にあるだけの並立的総合であり、綜合とはそれらの諸分野が互いに有機的に結合している状態を指すとされた」とし、「総合」と「綜合」の使い分けがあったことについて述べている。
注2 「秋田県立博物館」の構想・計画に携わった加藤有次氏(國學院大學教授)は、地域博物館と地域学の関係について、「情報と教育」(平成9年11月号/4ページ「日本の博物館の風土とこれからの博物館」)誌上で次のように述べている。「地域博物館の目的理念は、ふるさと創生への使命はもちろんのこと、その地域住民が過去からいかなる自然的風土を培って、長い間、衣・食・住を通じた暮らしをして、歴史的風土を築いてきたかを、地域住民が博物館で学習し、地域における生き方、まち造りの方法等、その他未来にかけての創造をよりよく促進させることであり、これが博物館の果たすべき使命である。そのために、地域の学術的研究、あるいはそれを学際的研究方法論によって、地域学を樹立して、はじめて地域博物館が物質文化を媒体とした生涯学習や研究者のセンター的機能として確立するものと考える。」
注3 「朝日新聞」(2001年10月31日秋田県版)。佐藤洋輔鹿角市長の政策ブレーンである“鹿角経営戦略会議”は「市民力による再生」を掲げ、
- 観光、農林業の高度化で経済基盤を強化し「外貨」を得る。
- 「地産地消」を促し循環型経済を構築する。
- 市民主体の活動を強化、「市民力」を回復する、
の3つの基本戦略を提言した。この戦略実現を図る「戦術」のトップに掲げたのが「鹿角学」の推進である。10月23日に開催された「鹿角学セミナー」には定員の半分の約50名の参加しかなかったと報告されており、行政と市民との間には、まだかなりの温度差が感じられる。
「朝日新聞」(2001年10月31日秋田県版) |
注4 地域を総合的な視点からアプローチし、その可能性を再構築していこうとする「地域学」の盛行は、大学のリカレント教育講座のプログラム編制にも波及し、早稲田大学オープンカレッジでは「土佐学講座」(寄付講座)が設けられ、地域おこしの資源として、行政と地元企業、市民が共同で地域学を育成、発展させて行こうとする姿勢と首都圏の大学のニーズとが呼応し、開講の実現に至った。
注5 農文協「増刊現代農業」編集主幹・甲斐良治氏によれば「地元学」の取り組みと動向は、以下の通りである。「地元学は、この10年ほどの間に仙台市で結城登美雄氏(民俗研究家)が、熊本県水俣市で吉本哲郎氏(当時環境対策課長)が、ほぼ同時に提唱しはじめた。香川県・豊島、愛知県美浜町、岐阜県可児市などに広がり、岩手県は2010年までの長期総合計画に「いわて地元学」を位置づけ、三重県は市町村職員研修に「三重ふるさと学」として取り入れている。」(毎日新聞2001年7月2日付コラム記事「発言席」より)
注6 「岡豊風日(高知県立歴史民俗資料館だより)第37号/2000年10月1日発行」の「生活語文化としての民具」と題した報告の中で橋尾直和氏は、「カンカンミンガク(館官民学)」についての持論を展開しているが、その論は次のように締めくくられている。「民具資料館・郷土資料館の展示のあり方は、民具をそのまま展示するのみではなく、県民が共有する文化遺産として、分かち合う姿勢が大事なのではないだろうか。そのためには展示してそれで終りというのではなく、民具が「生活語文化」であるとの認識を持って、地域住民と語り合う場が必要となる。その場として、歴史民俗資料館と教育機関が共同で生活語文化としての民具の方言呼称を記録したり、地域住民が積極的に民具の調査・学習会に参加することなどが考えられる。このためには、行政の援助も必要になる。理想を現実に近づけるために皆さん「カンカンミンガク」してみませんか!」
注7 日本経済新聞(2001年(平成13)9月28日朝刊/文化面「灯の向こうに歴史あまた-松明からマッチまで600点収集、自宅改築し展示−」から)宮艸万寿夫氏の「宮艸らんぷ館」は、1984年自宅の一部を改築して開館、京都市西京区の住宅街の一角にある。氏は記事の中で「収集品には特別高価なものがあるわけではない。だが、サラリーマン生活の傍らでも一つに絞り、楽しみながら長い時間をかければ、これだけの収集ができる。訪れてくださる大勢の方々との出会いはうれしく、幸せな時間である。七十五歳の今日、らんぷ館は人生の最終楽章に入った私を満たし、心に暖かい灯をともしてくれる。それは明日へのよりどころでもある。」と博物館活動や運営に携わる喜びを述べている。
注8 「考現学」は、過去を研究の対象とする「考古学」に対して“現在”を調査、研究する学問として概念化された学問である。昭和初期に今和次郎氏(早稲田大學教授)等によって提唱され、同時代の社会現象や世相風俗を調査、記録、研究しようとするもので、克明なスケッチによる風俗の記録やデータ集積・分析は、時代や社会の特性を究明する有効なアプローチ手法として評価されている。国立民族学博物館の各国の「民家模型」は、この「考現学」の理念と手法によって調査され、製作されている。
注9 各家庭に保存されている古い写真やアルバムを博物館で収集・整理し、その地域社会の変遷や文化的な特質等を研究する試みが、現在行なわれつつある。滋賀県立琵琶湖博物館での琵琶湖を舞台とした漁労や日常生活風景のスナップ写真、千葉県野田市郷土博物館での各家庭から寄贈の写真アルバムの活用など、今後の博物館活動の研究に寄与する貴重な資料として、その価値が認められ始めている。
注10 岐阜県博物館は、県民(在住、在勤、ゆかりの人)が収集・所蔵するコレクションや学習の成果、作品等を一定期間、公開展示するための専用のギャラリー「マイミュージアムギャラリー」を備えている。公募に応じた出展希望者の展示計画を“マイミュージアム企画運営委員会”が審査、承認し、県民自身の企画による展示を実現している。千葉県野田市郷土博物館では、市民のコレクションを募った企画展「私のコレクション展」を平成10年8月に開催している。市民がコレクションした「真空管」や「べーゴマ」、「牛乳瓶のふたと明治・大正期のマッチ箱」、「映画のパンフレット」、「めんこ」、「包装紙・マッチ・おてもと」などが展示され「モノ」の価値を再発見する場、機関としての博物館の存在をクローズアップすることにもなり、評判となった。また、最近の事例では、杉並区立郷土博物館の「区民がつくる特別展・目で聞くソノシート展」(開催期間:10月28日〜12月9日)が、マスコミなどで話題となった。区民から公募した3人の「区民学芸員」が中心となって、企画立案し、展示物の借り入れ、収集、展示、列品、展示パネルの作製、図録の編集、出版に至るまで、博物館を舞台として区民学芸員の手でなされた。館の専属学芸員は、区民学芸員によるこれら一連の活動のサポート役、調整役としての役割を果たした。
注11 街角博物館や町ぐるみ博物館については、墨田区の「小さな博物館」運動を皮きりに小田原や堺など各地で数多く実践されてきており、地域の活性化につながる有効な手段のひとつとなりつつある。なかでも大阪市の「平野町ぐるみ博物館」は、行政が関わらない純粋な市民の集まり(平野のまちづくりを考える会)が中心となって、イベント企画や運営がなされており、自ら楽しみ、自ら楽しめることが、事業推進のパワー源となっいる。会則も、会費もまた会長も置かないという、気軽で、気ままな態勢が継続のポイントになっている点が面白い。
「区民学芸員による企画展の会場とパンフレット、広報誌(杉並区郷土博物館) |
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