〜『文環研レポート』12号、13号より〜   
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今日、我が国における博物館の数は、欧米各国のそれらに比較して、決して劣らないまでになってきている。しかし、これら博物館が、期待通 りにその役割を果たし機能しているかとなると、はなはだ疑問である。今回のレポートは、そこに横たわる大きな疑問に率直に迫ってみた。博物館に関わる問題点は、博物館が成立する過程に多くの時間を要するため、レポートは2回にわける形式をとることとし、第1回にあたる今回は、博物館の「調査・構想・計画段階」と「展示計画・設計段階」での問題点に焦点を絞っている。 第2回目は、「運営段階」をとり上げ論究する。

■調査・構想・計画段階
1. 設置しようとする博物館のソフト(機関としての在り方)が十分に検討されないまま計画が進められ、予算規模や施設(建物)等のハードイメージが先行されがちである。

 「博物館」の計画に当たって、その博物館の目的や理念に対する基本的な認識を欠いたまま、博物館という(施設)に設置者サイドの関心が傾斜し、構想・計画段階においてさえ、敷地の立地特性や建築物の配置計画、外観イメージ等が検討課題の主要な位 置を占めている。「博物館」の定義については、「博物館法」に次のように明示されている。すなわち『「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般 公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関』であるが、ここでの博物館は、不定冠詞がつく「A museum」つまり「博物館というもの」の定義でしかない。実は、この定義自身をももっと深く詰めて検討する必要があるのだが、さらっと流して理解したつもりでいるのが現状である。今一度、「博物館というもの」についての理解、合意形成が少なくとも為政者と行政当事者の間でしっかりと確立されていなければならない。その上で、定冠詞の「The museum」についてのソフトが検討されるべきである。「A」と「The」との間の距離や方向の違いは、地域の課題や政策の力点の置き方等でそれぞれ異なることもあり当然許容されるべきものであるが、そこにはきちんとした説明責任が生じる。これらの説明・説得が、こまごまと成文化された文言(理念・目的・機能・役割・事業内容・運営体制・運営予算・財源等)を用いるよりも、配置図やスケッチ、パースを用いた方が有効で、手短に済ませることができる、という行政手続き上の合理的(短絡的)思考がある。「とにかく、こうゆうものをつくるんだ」という、「こうゆうもの」が、ハコモノとして示され、議会や市民を説得する重要な根拠資料として機能する限り、博物館は根づかない。

2. 地域固有の行政課題への取り組みが市民ニーズとかみ合わないままに進められ、博物館が、地域づくりに、また市民のライフスタイルにどのように貢献するのか、その展望や可能性が十分に検討されないまま進められている。

 近年の博物館計画は、社会や時代の変化に応じた今日的な理念・目的をもったものが多くなってきている。すなわち、「市民参加」であり「見る」だけにとどまらない「つくる」「学ぶ」「触れ合う」などの機能を備えた「楽しく学べる生涯学習の場」、「文化創造の場」であったり、さらには「世界に開かれた国際性」を持ち、「地域づくりに貢献」するシンクタンク的機関であったりする。当然のことながら、これらの課題は、時代性や社会性を反映しているものの、個々の地域のみに当てはまるものではない。いわば、わが国全体の行政体が当面 する共通の課題といえるものである。この行政課題が、市民ニーズとマッチし、民官の役割分担・連携体制が取られるという保証があって、はじめて博物館は、実社会において十分に機能する。ところが、この行政体に対し、市町村民であり都道府県民であり、また日本国民である市民が、その文化的領域の要望を持ち込もうとする場合、これら行政体のうち、最も身近な存在は、国や都道府県ではなく市町村である。したがって、市町村の博物館は、市民ニーズを直接的に反映したもので、国や都道府県立の博物館とは、目的や事業活動・内容、運営体制等が違っていてもおかしくはない筈である。市町村立の博物館は、国立や都道府県立の博物館と異なり、住民の存在や活動が常に際立っていなければならない筈である。ところが、そうではない所にわが国に博物館が根づかない大きな問題がある。  わが国にはおよそ3300の市町村があり、それぞれの団体が地域づくりに凌ぎを削っている。近年では特に市町村レベルの博物館が、地域おこしに重要な役割を担い、博物館活動の意義や役割を社会教育行政の範囲のみに限定せず、民間セクターを含めた幅広い領域に位 置づけ、自由で多様な活動を保証する傾向にある。そこで取り上げるテーマも夕日や文学、漫画など、既存の他の施設との差異化を図る工夫が見られる。しかし、これらの施設を支えている人々は、うまくいっている所にあっては、公私ともにその業務に全精力を打ち込んでいる名物行政担当者であったり、うまく機能していない施設にあっては、施設の番人としてのみの役割が期待されている嘱託職員だったりする。どちらにしても、行政まかせには違いがない。うまくいっている博物館でも、その名物担当者がいなくなれば、その先に待ち構える行く末は、容易に想像されよう。地域社会に軸足を置き、地域住民に対する文化活動を地道に展開している学芸員の存在をもっと評価していくべきであるとともに、市民の理解と参加を促す仕組みづくりが、生涯学習の場としての博物館をより充実したものへと底あげしていくことにつながることを忘れてはならない。そうした意味からも構想・計画の段階から市民の参画をいれるべきである。また、イベントやワークショップ等の市民を取り込んだ普及活動は、ハードとしての施設は無くとも、組織として体制化された準備室の対応で、市民センターや公民館等を利用することで十分に実施できる性格のものである。準備・計画段階から、市民の理解と協力体制を構築することが等閑視され過ぎていることが、博物館が根づかない理由の一つに上げられる。 事業を推進する行政の担当者にとって、市民は必ずしも“善”とばかりは言えない点も理解できるものの、計画段階での意思形成の過程で、市民とともに博物館のソフト領域を熟成する仕組みは、是非とも必要とされる。

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