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14. 専門的職能集団(学芸員等)の配置、位置づけ、処遇が十分になされていない。

 行政機構のなかで、博物館専門職(学芸員)を研究職と位置づけ、処遇しようとする自治体は、都道府県の場合を除き、市町村レベルでは、ほとんどその例を見ない。市町村レベルでは、当初から学芸員を目指す人材であっても、一般 行政職で採用した後、学芸員として辞令を交付するという形をとるか、博物館採用という独自の枠を設けて専門職員を任用し、役所特有の人事異動ローテーションに組み込まないことによって、定年まで博物館に奉職する、させる、という形をとることで、なんとか博物館運営の現場をしのいでいる所が多い。それにしても、そうした専門職員が、研究職という位 置づけにおかれていないことが通例である。都道府県の場合、農業試験場や水産試験場などの研究機関を持ち、そこに研究職員を充ててきた歴史があり、その伝統が学芸員を研究職として位 置づけ、認知するバックグラウンドともなっている。いま一歩を踏み込んで言えば、調査・研究という機能及び活動は、都道府県の規模でこそ保ち得、期待出来得る性格のものではないのだろうか。市町村レベルにおいては博物館が本来、事業活動の中枢に位 置づけてきた調査・研究の機能は、自治体の財政規模からして、また投資対効果 の成果がはっきりと現れることを優先する、(もっと突き詰めて言えば議会対策上等からも)目に現れる成果 主義を優先せざるを得ないコンパクトな財政事情を抱える地方公共団体であればなおさらのこと、博物館において調査・研究業務に重点を置くよりも、社会や市民に目を向け、それらに向かって積極的に働きかける学習交流や教育普及分野の方向に軸足を移そうとする方向性は、それなりに説得力を持つ。  今日、博物館の専門職員=学芸員は、研究者としてのスキルを基本的に要求されるものの、博物館の活性化を実現するための総合的な運営能力がより強く求められるようになってきている。この総合的な運営能力こそが、行政のなかにおいて、また博物館内部において学芸員の評価対象として重要視されなければならない。  ただ、行政のなかでの博物館の存在が、あまりにも軽く、こうした視点での評価がなされにくい風土・土壌のもとにあり、ましてや学芸員の行政組織内における市民権が定着しているとは言いがたい状況のもとでは、まず学芸員相互の連帯、啓発と地位 向上への運動、活動を組織的に積極的に行ない、市民社会のなかで支持を得る必要があるのではなかろうか。行政サイドの学芸員に対する認識、評価の低さは、学芸員の専門性を評価するシステムが備わっていないことにあるものの、同じ職場に長く居つづけることが評価されない、地域リーダー達と親しいことが評価されない、個人プレーが評価されない、他部局での行政経験が豊富でないと評価されない、地位 が上でないと評価されない、といった行政が長年培ってきた「お役所風土」とどのように折り合い、あるいは対峙し、粘り強く改革、改善を迫り、“自己実現”を達成していくかといった、ある意味では成算見込みの立ちがたい茫漠とした課題を背負うことにもなる。しかし、これらのことを学芸員が、また博物館がクリアーする“あざとさ”、“才知”がなければ、我が国の博物館は市民や社会の中に根づかない。

15. 新たな文化的価値を発見、発掘、創造し、市民の生活感覚に精神的な豊かさと彩 りをもたらす視点が乏しい。

 博物館─、特に人文系の博物館が過去に関心をもち、その遺産を研究の対象とすることについては、誰しもが異存のないところであろう。問題は、その成果 を市民や社会へ還元する取り上げ方、表現方法にある。不特定多数の一般社会人、市民に門戸を開く博物館にあっては、研究の成果 を発信、アピールし、その評価を仰ぐ相手もまた一般の社会人、すなわち市民である。ここのところが、大学や研究機関と異なる点である。一般 社会人にとっての博物館の存在は、自分たちの生活舞台である現代社会とは縁遠い存在というイメ ージが強い。過去を研究の対象とし、その成果を保存、集積し、公開するといった機能、役割だけでは、現代の市民社会のなかでは博物館は評価されがたい。博物館を利用する、また、利用しない人々まで含めた社会そのものが、関心を深め、納得し、満足することで初めて市民社会のなかで意義をもつものとなる。その観点から言えば、博物館の研究テーマが現代生活とどのように関係するものなのか、実生活との関わりや社会(技術・習慣・経済等)・世相・世代等とのつながりを示唆し、情報の提示に際しても、隠された文脈 を現代の目線で読み解くという楽しみ方、視点等が用意されていることが重要である。現代から見た価値の再発見、再評価という視点、価値付け、意識付けが、現代に生きる一般 の人々にある種の共感を呼び起こし、そこから敷衍した文化的裾野の広がりが日常の生活を精神的に豊かにしていくといったサイクルあるいはムーブメント(運動)が、博物館の研究成果 を通して実現することが望まれる。敢えて例を挙げれば、柳宗悦等の「用の美」の再発見、再評価に代表される「民芸運動」、今和次郎等の「考現学」等のような仕事が博物館を舞台に展開されるならば、博物館は現代生活を彩 り、人生を楽しむための存在として利用され続けることであろう。


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