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大原一興氏 プロフィール


 ここでは、主に、建築家や環境デザイナーの立場からユニバーサル・ミュージア ム としての博物館建築のあり方を考えたい。本誌では具体的な寸法や形態を技術指針 の ように例示してもあまり意味がないので、博物館を計画するデザイナーの責任と心 構 えについて考え、また、ユニバーサルデザインの誤解なき理解のために、その基本 理 念を述べてみたい。

1 バリアフリーからユニバーサルデザインへ
 バリアフリー・デザインは社会生活において障害をもつ人が被る様々な障壁(バリア)を取り除くデザインのことだが、これに対して、ユニバーサルデザインとは 、後 から特別仕様に変えることなく、出来る限り最大限、すべての人にとって利用可能 な 製品や建築空間、環境をデザインするという考え方である。
 ユニバーサルデザインという言葉は、バリアフリー・デザイン(移動などの障壁 と なるバリアを取り除くこと)とアダプティブ・デザイン(個別ニードに対応できる よ うに環境を予めつくっておくこと)、ライフスパン・デザイン(若年層から高齢者 層 まで、世代を超えて使いやすいものをデザインすること)の三つのデザインを包括 し た概念として、ロン・メイスにより1974年に初めて提唱された。その後、建築 家 や工業デザイナー、技術者や環境デザインの研究者らが協同してこの概念を整理し 、 7原則が作成されている。(注1)
 バリアフリー・デザインは、主として物的な環境におけるアクセシビリティーに 対 して、障害の部位別に、個別的な解決をおこなっていくことだが、ユニバーサルデ ザ インは広く世代を通じて、すべての人に適合する環境をデザインするという考え方 で ある。
 また、ユニバーサルデザインの概念においては、バリアが生じることを前提とす る のではなく、バリアが生じないような環境を当初からデザインしておくという姿勢 が 基本である。つまり、デザインの役割を、問題への対応や適合手段としてではなく 、 そもそも問題状況を生み出さないような予防的な手段として捉えているのが特徴で あ る。このことは、環境デザイナーが、使いにくいものを作ってしまった罪を償う立 場 から、より良いものを作っていこうという積極的に貢献する役割を担う創造的な立 場 へと大きな転換を果たそうとしていることを示しているのである。

2 障害者とは誰のことか
 つぎに、ハンディキャップとは人間自身が持っている特性ではなく、環境と人間 と の対応関係において生じてくるものであるという認識が必要である。仮に、身体に 障 害があっても、ハンディキャップを持たないで済むこともある。例えば、車椅子使 用 者にとって、施設に入るためには、入り口の通路に段差があっては入れないが、そ れ を段差を無くし、かつ自動ドアにでもすれば、入り口に入るという行為において 、こ の人にはハンディキャップは無いと言うことができる。従って、障害者あるいはハ ン ディキャップト・パーソンという言葉は、総称として一般概念として用いることは で きるが、ある人の属性として規定する用語にはならない。ハンディキャップとは 、環 境と人間とが対応するある場面においてあらわれる状況なのである。
 ADA法(障害をもつアメリカ人法、1990年)では、従来「障害者disabled people」として表現されていた言葉を「障害をもつ人people with disability」と 言 いかえている。すなわち、障害をひとつの人間の属性、個性とみなし、もはや健常 者 と障害者という分類があるわけではないことを意味している。

3 唾棄すべきマニュアル・画一化
 バリアフリー・デザインは、ハートビル法(注2)の施行によって、一般的にも 意 識されるようになってきた。しかし、問題は、普及と同時におそってくる均質化で あ る。
 例えば、手すりの高さであっても、手すり棒の太さでも、これで万全といった寸 法 は、ない。例えば、片麻痺患者の場合は体重をかけて強くしっかりと握りやすい手 す りが必要とされ、リウマチ患者のように寄りかかりながら手すりを滑らせるように 移 動する場合の手すりのあり方とは異なる。障害の種類は、人間の顔や体格が一人一 人 異なるのと同じで、きわめて多様なものである。公共建築では、不特定多数の人の 利 用を考える必要があり、住宅のように個別設計はできないので難しい面もあるが 、例 えば二段階の高さの手すりを設けるなど、なるべくアダプタビリティのある設計が 求 められると言えよう。
 ただし、寸法や数値の決定において、多数決の論理や平均値主義が優勢となって は いけない。ハンディキャップは常に少数者に対して深刻となる。もともと、バリア フ リー・デザインは、平均値主義からの脱却を目指したものであり、利用者の多少を 問 題にしてはいない。少数であっても本当に建物の機能を必要としている人が使い易 い ように配慮するということなのである。

4 ユーザー参加デザインの必要性
 既存文化財建物等に対するアダプテーション(障害者のアクセス確保等のための 改造・修復)の問題が指摘されることがよくある。いわく、本物性を確保するために スロープなどをつけるべきではない、いや利便性確保のためにつけるべきだ、という よ うな議論である。これに対しては、正解は無い、と筆者は考える。これはきわめて 個 別的な解決が必要な問題であって、要は誰がそれを決定するのか、ということである 。学術的な価値と障害者の利便性の両者の整合性がはかられるべきであり、両者が 対 立するものと考える前提では議論は進まない。
 文化財は誰のためのものか。それを決定するのは、多数決や権力などの「対決 」に よるのではなく、「対話」による民主的な解決に帰着すべきものであろう。このためには、ユーザーの参加によって、対話による調整が必要なのである。
 対話の必要性の一例をあげよう。日本における標準的な寸法として、車道と歩道 と の段差2センチという値があるが、これは決して理論値ではない。かつて視覚障害 を もち杖で歩行する人たちと、車いす使用者との対話によって決定されたものである 。 社会の規範には絶対的な寸法はない。ひとつひとつの決定に本来は対話が必要なの で ある。

5 個別文化の権利としての学習環境
 障害者配慮を、弱者への対応・慈善的な対応と考えてはいけない。障害をもつ人 の もつ生活の権利として保障されるべき配慮はもはやすべての人の問題である。福祉の考え方はウェルフェアからウェルビーイングへと変化しつつある。豊かな生活を追 求 するための学習活動は、学びの保障としてすべての人に与えられた権利である。ミュージアムもそのための機関であることは言うまでもない。
 障害もまたひとつの個性と考えると、障害の有無や民族など、人々はみな独自の個別文化を持っている。社会における多様な文化の違いを理解するための学習装置として、ミュージアムの存在は大きい。
 ユニバーサル・ミュージアムとして博物館自体に多様な人々が共に利用できる空 間 が設定されているだけではなく、その活動の内容が、人々の多様性を認め共同参画 型 社会を構築するための学習を保障する「ノーマライゼーションのミュージアム」を 目指すことも、今後は、より重要となるであろう。

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