|
|
最近、小学生向けに20分間のワークショップを行ったときに痛感したのが、子どもたちが大変「せっかち」であるということです。彼らは、「知識」をほしがるのですが、「自分で考えてみる」というプロセスをとても面倒くさがります。ブレインストーミング中も他の人の意見には興味を示さず、すぐに「正解」を知りたがります。それは、考えることをさけ表面的な欲求を充たすだけで満足する我々大人の縮図を見ているようです。知識はあくまでも道具でしかなく、使い方を知らなければ、もっていても仕方がありません。でも使い方をマスターしてしまえば、それは私たちが生きていく上でなくてはならないものへと変わります。
GEMS(Great Exploration in Math and Science)はカリフォルニア大学バークレー校ローレンス・ホール科学教育研究所で30年近く研究されてきた科学・数学のカリキュラムの一つです。体験学習法の理論に基づく、アクティビティ(活動体験)が中心のカリキュラムは、学校で実際に試し、試行錯誤を重ねて改訂されてきた科学や数学を習得するための優れた教材です。
ビニール袋の中で化学反応を起こしたり、巨大なシャボン玉をとばしてみたり、また宇宙から来たという不思議な緑色の物質を調査したり、各アクティビティは子どもが想像力を駆使しながら、科学の基本的概念・方法を学べるように考案されています。
GEMSでは、幼稚園から高校1年生までを対象とした約80冊の教師用ガイドを出版していますが、専門的知識がなくてもだれもが楽しく指導でできる内容の指導書です。野外教育や環境教育の指導にも有効といえます。
2002年に社団法人日本環境教育フォーラムとローレンス・ホール科学教育研究所は、GEMSの普及ならびに指導者教育のためのリソースセンターとなることに合意し、ジャパンGEMSセンターを設立し活動し始めました。以来、ガイドの日本語訳出版や、全国にて指導者や親を対象としたワークショップや体験会を開催、学校などへの指導者派遣を行っています。
GEMSの教授法の中には「家を建てる」という考え方があります。子どもたちが科学と数学の基本能力のある人間に成長する過程で発達する知識、能力や姿勢などに「科学の家」というメタファーを使います。家が様々なものから我々を守り、帰る場所であるのと同じように、「科学の家」も我々が社会の一員として生きていくために必要とする非常に大切なもののひとつなのです。
「家が石を積み上げて作られるのと同じように、科学は事実によって作られている。しかし、石の山が家といえないように、単なる事実の寄せ集めも科学とはいえない。」
これは、フランスの科学者-ジュール・アンリ・ポワンカレの言葉です。
単なる事実の寄せ集め、アクティビティやプログラムの寄せ集めから意味のあるカリキュラムはできないのです。石の山は、目指すものもなく、まとまりのないそれ自体意味のないアプローチを表わしています。
それではどのようにすれば石の山から家が建てられるのでしょうか?子どもたちが「科学の家」を建てるためには、なにが必要でしょうか。建築と同じようにまず「基礎」を築くことから始めなければなりません。ここで最も重要なものは、「科学的探求」といわれる一連の能力と理解力です。1)質問をする、2)調査の計画と実行をする、3)データを集めるためのツールやテクニックの使用、4)証拠と説明を客観的に関連づける思考、そして、これらを必要に応じて実施する、5)別の説明の方法を考え分析する、6)科学的推論を伝える。これらが必要とされる基本的な能力です。
次に、家の壁を支えるのには枠組が必要です。これは、基礎理念やテーマをひとつにまとめる、つまり科学における大きなアイデアをさします。枠組を支える梁は石(知識)を支え、「科学の家」では個々のコンセプトや理論の関係性を見つけるのに役立ちます。
もちろん壁は石だけでは安定していないので、モルタルと釘で固定します。「楽しむこと」と「好奇心」が「科学の家」ではモルタルと釘にあたります。これがなければ子どもたちの「科学の家」は、長持ちしないでしょう。楽しさと好奇心があるからこそ、人は何世紀にも渡って科学を追求し続けてきたのです。本来このふたつは子どもたちに備わっているものですが、教育の過程でしばし簡単に失われてしまいます。
性差、年齢、文化的背景や人種、障害、科学への興味のレベルを超えて、万人に科学と数学の楽しみを平等に与えるというのが、屋根の部分にあたります。
ここでの目的は、指導者が手を貸して全員に同じような家を建てさせることではありません。それぞれの家は、子どもの経験や興味、そして理解を反映しています。人間が持つアイデア、信念や理解力の多様性を反映するような、ゆたかでバラエティに富んだ建築物の集まりを創り上げることこそが目的なのです。
家を建てるという例えは「コンストラクティビズム」といい、現在、全米科学教育の基準になっているものです。子どもの発達、学習サイクル(人間行動学に基づいた学習法)、能科学と学習の関係、また、科学におけるありふれた思い違いなどの研究に基づき、教育の研究に携わる人々は徐々に、ひとつの手法にたどり着きました。それは、子どもが自ら積極的に意味のあるコンセプトを築き上げる(=コンストラクト)ように指導することが、効果的な学習法だったのです。
「家」の比喩を使うと、指導者は子どもたちに経験、課題、材料や機会を与えることはできますが、彼らのかわりに家を建てることはできないのです。子どもたちは自分の力で「科学の家」を建てていかなければいけないのです。科学は日進月歩ですから、子どもたちは自分が理解したことをより高度で正しい知識を用いて「改築」していかねばなりませんし、「家」は学習の基本でしかありませんから、「家づくり」は生涯終わらないのです。
「家を建てる」ということは、大工さんと材木と釘があればできるわけではなく、建築家、構造エンジニア、建築業者、役所や消防署の人などがそれぞれ責任を持って作業を進めていくことです。「科学の家」を建てるのにも様々な人の参画が必要です。
科学者の役割は、石を切り出し、形を整ったもの(コンセプト、事実、理論)にすることです。指導者の仕事は石を採石場から運ぶ、すなわち知識を伝えることです。同じぐらい大切なことは、子どもが探求心という基礎を築き、様々なことをひとつにまとめるコンセプトやプロセスの枠組をつくるための「道案内」をし、必要な手助けをどの子どもも確実に得られるようにすることです。その上、指導者は学びのファシリテーターであり、子どもの想像力をかきたて、その気にさせるという、とても重要な任務があります。
学校以外でも、家族はもちろんのこと、美術館や博物館、コミュニティで子どもが「科学の家」を建てる手助けをしなくてはなりません。この「科学の家を建てられる」ということは「生きるちからを身につける」に等しいのです。科学や数学は決してむずかしいものではなく、また特別なものでもありません。日常生活の中のいたるところに存在するのです。日々の「わくわく」を分かち合うことができる大人が身近に存在することによって、子どもたちも自身で興味のあるものを発見し、「科学の家」を建てていくことができるようになるのです。
筆者への質問、コメントはinfo@bunkanken.comまで。 なお頂いたメールは、 ホームページやメールマガジン等に掲載することもありますので、 あらかじめご了承ください。 なお、掲載時に匿名もしくはペンネームを希望の方はその旨を明記してください。