石井樋〜嘉瀬川によみがえった取水施設〜

吉冨 友恭プロフィール

今から約400年前に成富兵庫茂安が嘉瀬川(佐賀県)に築造した取水施設「石井樋」復元に関わるコラムです。

(2006/6/13)

写真
前方に見える石積みの構造物が「象の鼻」と「天狗の鼻」。手前は「石井樋の水システム」を解説するサイン。

今から約400年前に成富兵庫茂安が嘉瀬川(佐賀県)に築造した取水施設「石井樋」が、多くの方々の努力によって復元され、昔の流れを取り戻しました。

石井樋と成富兵庫茂安

石井樋は佐賀平野を南下して有明海に注ぐ嘉瀬川の水を多布施川へと分ける施設。今から400年ほど前の江戸時代に、成富兵庫茂安が当時頻繁に干ばつと断水に見舞われていた佐賀城下の生活用水や農業用水の確保を目的に嘉瀬川に築造した日本最古の取水施設といわれています。昭和35年に嘉瀬川上流の川上頭首工が建設されるまで、300年以上ものあいだ修復を重ねながら使われてきました。石井樋とは本来は石で造られた井樋を指しますが、現在は象の鼻、天狗の鼻、石井樋など、兵庫が考えた水システムに関する構造物を総称して石井樋と呼んでいます。
成富兵庫茂安(1560〜1634)は、現在の佐賀市鍋島町増田に生まれ、佐賀鍋島藩の武士として活躍し、その後、土木技術者として生涯を送りました。兵庫の事業は、井樋、堤、堤防、水路など、大小すべてあわせると100箇所以上にのぼり、現在も利用されているものが数多くあります。兵庫の事業は、直接的には藩の収入確保のための既存農地の安定と新田開発を目的としたものでしたが、百姓や町人の心をしっかりつかんだ藩運営であったため、地元の事業への理解や兵庫への信頼も厚かったようです。そのことは今もなお東脊振村蛤岳の兵庫祭が行われている事や、地名に北茂安町、兵庫町などの名前が付けられていることからも伺えます。

石井樋の構造物と水システム

石井樋は、嘉瀬川の水を多布施川へと分流し、佐賀城下にきれいな水を安定的に供給することを目的としています。嘉瀬川はもともと土砂の多い河川です。このため兵庫はいかにして砂を流入させず、土砂の少ないきれいな水を佐賀城下に送るかに苦心しました。石井樋には水理上のいろいろな仕掛けが施されています。まず、「大井手堰」で嘉瀬川の流れがせき止められ、勢いが弱まった水が「象の鼻」と「天狗の鼻」の間へと導かれます。この2つの鼻を通る過程で、さらに水の流れが弱まり、土砂が沈み取り除かれます。その結果、濁りの少ないきれいな水が「石井樋」に導かれ、多布施川へと導水されるようになっています。「石井樋」は、洪水の勢いから多布施川の堤防が決壊しないように3箇所の門にして水量を調節、余分な水は嘉瀬川に戻す役目をします。その他にも、小さな堤防を本堤防の前に造った二重堤、洪水の勢いが直接堤防に当たらないよう植林した水防林、洪水を一時的に貯める遊水地を配置するなど、治水面でも優れた様々な仕掛けを造り、嘉瀬川本堤を守りました。

石井樋の保全・再生・活用

平成17年の12月、「石井樋」が昔の流れを取り戻しました。平成5年、皇太子殿下御成婚記念事業として「石井樋地区歴史文化の水辺整備事業」が採択され、石井樋の復元が決定しました。この事業は「ふるさとの 水の流れを ふたたび明日へ」を基本テーマに、貴重な文化遺産である石井樋の保全・再生・活用を通じて、土木史上重要な河川技術を未来に伝承するとともに、佐賀の水と土を拓いた歴史を学び、嘉瀬川の自然豊かな水辺環境と触れあえる地域の交流拠点を目指すものです。その基本計画が平成6年に策定され、埋蔵文化財調査が始まり、平成9年に建設に着手、以降、この事業は国土交通省、佐賀県・佐賀市・大和町が連携・協力しながら、多くの方々の努力によって進められました。残存する象の鼻、天狗の鼻、石井樋などはそのままの形で利用し、新たに復元する大井手堰などは兵庫が昔造った位置に復元するなど、兵庫が考えた水システムの復元は、遺構の機能を水理模型実験で検証・究明しながら進められました。石積みの復元にあたっては、職人は一ヶ月積み方を訓練した後に施工にあたりました。平成17年の10月には試験通水を開始、石井樋は同年12月に完成となりました。

復元された石井樋を見学に

筆者はこの石井樋の展示計画、主に現地に設置する解説サインの監修を担当しました。サインは、構造物や流れの状況を確認しやすいポイントを選んで設置しました。水を取り込む最大のポイントとなる「象の鼻」と「天狗の鼻」が一望できる展望デッキには「石井樋の水システム」を解説するサインを配置しました。ハンズ・オンの考え方を導入し、回転板を動かしながら水面下に堆積する土砂の様子がわかる図解に切り替えたり、洪水時の水の流れがイメージできる図解に切り替えたりすることができるサインで、現場の状況と照らし合わせながら捉えにくい部分の状況を実感できます。他のサインについても不思議な形をした様々な構造物や、複雑な水や土砂の流れについて、その場から認識しづらい部分を写真を添えて解説したり、さらに写真に矢印を書き込んだりして、実際の状況を確かめながら水の動きなどをより深く実感できる工夫が施されています。園内には、みどころをおさえた「基本コース」、詳しくじっくりと見学したい人のための「充実コース」の2つの見学ルートが設定されています。また、石井樋の完成と同時に「さが水ものがたり館」も開館しました。「佐賀平野と水」「成富兵庫茂安の生涯」「石井樋のすべて」をテーマに、館内には、パネルや映像、ジオラマなど様々な手法がとりいれられた展示が設けられています。館のスタッフの解説も含め、ここでさらに詳しい情報を得ることができます。
石井樋を間近に見ると、兵庫が残した偉大な土木技術はもちろん、日本の水に対する文化や歴史の重みもその場のスケールとともに伝わってきます。石井樋の復元をきっかけとして、石井樋にまつわる伝統的行事など石井樋と人とのかかわりが再生され、それらが兵庫の優れた技術とともに次代へと継承されていくことが期待されています。皆さんにもぜひ現地に足を運んで頂ければと思います。


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▼著者プロフィール

著者近影

吉冨 友恭(よしとみ ともやす)

大阪市生まれ。東京水産大学大学院水産学研究科博士課程修了。水産学博士。科学技術振興事業団科学技術特別研究員、独立行政法人土木研究所研究員を経て、現在、東京学芸大学環境教育実践施設助教授。専門は魚類生理学、河川環境展示論。河川の生物を対象として、それらを取り巻く環境との関係について研究するとともに、そのような研究から得られた成果や関連知識を展示としてわかりやすく表現し、社会に橋渡ししていくための研究や創造活動を進めている。

▼筆者の近況もしくは、おススメ情報

昨年度から松浦川・自然再生地区「アザメの瀬」(佐賀県)において、自然解説のためのサイン計画と環境学習プログラムの開発が、自然科学分野と美術分野のコラボレーションにより進められています。先日は筆者を含む東京学芸大学の教員と学生が現地を訪れ、地域の住民の方々や事務所の方々と一緒に、解説の方法やその具体的なツールについて議論しました。アザメの瀬では毎月検討会を開催していますので、この取り組みに関心をお持ちの方は是非ご参加下さい。

「石井樋」「アザメの瀬」については以下のURLをご参照ください。
国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所 

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