【Cultivate Vol20 特集◎博物館とコラボレーション事業】より
高知市長 岡崎誠也
プロフィール
インタビュー/高橋信裕
高橋――地方自治体が設置・運営する公共施設の中でも観光文化施設はどのように変わってきているかという視点から、お話を切り出そうかとおもいます。
まず、中央集権から地方分権への流れの中で、地方自治体が設置・運営する公共施設の中で、観光文化施設はどのように変わってきているのか、あるいは変わるべきなのかというところから伺いたいと思います。
岡崎――私は今年の三月まで観光課長をやっていました。観光という職場に新たに来て、いろんな形での人的な交流、名所・旧跡といった昔型の観光資源、新しい形の観光資源など、いろいろ見てきたわけですが、観光の視点から言うと、昔からの名所・旧跡などは一定の根強い人気はあるのですが、それだけでは観光客はどうしても寄ってきてくれないという状況があります。いろんなアンケートなどを見ても、高知県内では桂浜、高知城などは観光資源としてはかなり強いと思います。ただ、来訪されて見られる観光客の総数は、徐々に減ってきています。もうひとつの観光の動きとしては、街歩き観光というか、街中観光とも言われますが、歩きながらいろんなものを食べたり、新しく出来た施設を見たり、そういう流れがあります。
この二つの流れのうち、後段のほうは体験型の観光と言われていまして、例えば高知で言えば坂本龍馬がいますので、我々としてもこの坂本龍馬が一四〇年前に土佐藩から脱藩したルートをたどってみるとこれはひとつの体験型観光になると考え、こういう部門でも新たな観光資源を作ろうとしております。体験型の観光がひとつの流れになりつつあるということです。
県内で言えば四万十川の水に親しむ体験型観光がありますが、新たな観光資源として、龍馬の脱藩のルートを辿る観光資源をつくりました。我々はこれを「志(こころざし)の道」ということにしています。今のたいへん厳しい時代の中で自分をもう一度見なおす「志の道」です。四国の遍路道は「癒しの道」として人気を集めていますが、坂本龍馬のほうは「志の道」というふうにコンセプトを分けています。いずれにしても自分を見つめなおすというのは同じ流れだと思います。
高橋――資源として活用していこうという底流には、箱ものというより景観というか、あるいは縁(ゆかり)の地域全体を観光資源として活用していこうという発想があるわけですよね。その中でも特にコア的な資源をポイントとして見ていくネット化、またそれらを同時にルート化することも必要だし、いろいろな情報も伝えないといけないという思いがあります。そういうルートとか地域の歴史的背景などを伝えるコア的な箱ものの施設はある程度整備したほうがいいかなと思うのですが、そのへんの状況はいかがですか。
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| 「龍馬の生まれたまち記念館」外観イメージ |
岡崎――ご存知のとおり、土佐では坂本龍馬が明治維新を創造した英傑ですので、龍馬をいかに検証するかというのが我々のひとつのテーマでもあります。ひとつは県立の坂本龍馬記念館が桂浜の方にありますが、これはどちらかというと龍馬が脱藩して土佐藩から出ていった後の龍馬の足跡、生き方を辿って検証していくという施設です。
では、龍馬が脱藩するまでどのような周辺の人々に囲まれ、どのような生活を送って、それで龍馬という人間が形成されたのかを辿るという施設は今までなかったので、我々はそこに着目をして、坂本龍馬は上町(かみまち)で生まれ鏡川で泳いで育っていますので、その上町に龍馬が脱藩するまでの生い立ちや人格形成を、県内や県外の方に分かりやすく見ていただける施設を作ったらどうかということで、今回「龍馬の生まれたまち記念館」(仮称)というのを設置することにしました。
坂本龍馬は郷士の生まれで侍だったのですが、考え方は商人に近い。いろんなアイデアマンでもありますし、商才たくましいところもあります。だからいろんな革新的な考え方が出来たのだと思っています。おそらく龍馬の人格形成には、上町というところの土地の特性が大きく影響を与えていると思います。上町はどういう町かというと、いろんな意味で職人集団の町ですから、龍馬の家の周りには刀工、鍛冶屋、染物屋、油屋などがいて、こういういろんな商人の方々の生きざまや商才を、小さいときから見て育ったというところに単なる武士ではない発想があると思います。それで、施設の方向性としては龍馬が脱藩まで育ったところを、小学生にも歴史をふまえて分かりやすい展示を作りたいということで、地域と一体となった形で龍馬の生いたちを見せていきたいと考えています。
施設には魂を入れていかなくてはならないのですが、そこでは施設が単なる点ではなくて、龍馬が生まれた上町全体の面としていきたいという思いがありますので、その地域の核のひとつが「龍馬の生まれたまち記念館」なんです。そこを核として上町全体を見せていきたい。幸いなことに上町は大きな戦後の区画整理が入っていないので、町並みの区割りとか当時の川の雰囲気が残っています。だからこの記念館に来ていただいて現実に町を歩いていただいたら、龍馬がそこで生活していた周りのことも感じ取っていただけるのではないかということで、地域と一体となって、地域のサポートもいただきながら龍馬を検証するということをやっていきたいと思っています。
高橋――地域の人々がある程度参加する形で進んでいるということですね。
岡崎――ええ。その経過を言いますと、もともとこの施設の発端は、平成6年に上町のコミュニティ計画の策定で地元から提案があって、地元のコミュニティの集会的な機能を持った施設と、坂本龍馬を検証する複合の施設を作ったらどうかというものでした。それを当時の市長が「やりましょう」と受けたことが発端になっています。
計画当初から地元の住民の方々と行政が計画をしながら作っていったというのがこの施設のひとつの特徴です。その後、地元側と何回かワークショップ形式の意見交換を重ねて、いろんな紆余曲折はありましたが、最終的にはコミュニティ施設と観光施設の複合案でいこうということで地元の合意がとれて、現在、施設の建設中です。
高橋――ホームページを見ますと「上町育ての会」というのが瓦版を出していますよね。それを読むとこの設立経緯が分かりますね。市民団体の支援、協力、連携がこの施設のバックボーンになっていると思います。そのへんが、これまでと違った新しい市民とともに成長する施設になっていくのかなと思います。それと、新しい手法をとりいれているということでも話題になっていますよね。ひとつは、ミニ公債。この施設の設立・整備のためにという目的を定めた地方債の発行と、もうひとつは一般の市民の方に施設の瓦を購入していただいて、その瓦をふくことで市民と一体となった施設整備をしていくということですよね。この二つの資金調達の背景について伺いたいのですが。
岡崎――大事なのは行政が施設だけを作ってその運営をするというのではなくて、どれだけその施設に魂が入るかということだと思います。そういう意味では、この施設が地域のものになるということが大事なポイントだと思います。みんながその施設を使い、地域として育てるということが大事だと思います。そういう意味では管理運営まで含めて、地元側に相当なサポートもいただきたいし、積極的にその施設を自分たちの施設として使うということも期待されるところです。
建設の段階から、そういうことも含めて瓦の募金をしました。これは一枚二千円以上の寄付をいただいたらその瓦にご寄付いただいた方の名前を書いてこの施設の瓦として屋根に葺いていくということで、これもこの施設に愛着をもっていただいて何らかの関わりを持ってもらおうという意図でやりました。これは応募した方ご自身の名前を書いている場合もあるし、お孫さんの名前を書いている場合もある。いろんな記念にもなるし、完成した暁には見に来ていただける期待感もあります。大変多くの方々からご寄付をいただきました。瓦は現在、もう終わりましたが、寄付自体は別の形で続いています。この施設に何らかの形で自分達が関わりを持っていただくということで、寄付自体は施設が完成するまで続きます。
もうひとつは、市民債を募集することになっておりまして、高知市では「高知市龍馬市民債」という名称でやっています。発行については、今年の十一月十五日、これは坂本龍馬の誕生日であり、京都で暗殺された日でもありますが、この日から募集をはじめるという形にしています。総額は、全体で3億円という予定です。応募者が多数になるということが予想されますので、一応、高知市に在住する二〇歳以上の個人という形にしています。やりかたとしては、ひとり上限一〇〇万まで、一口一〇万です。公募をかけまして、完売になると思います。5年ものの国債の金利に〇・一パーセント程度上乗せする形で、国債より有利な形で資金運用できるというのをひとつのメリットにして公募をしているところです。
これもひとつには資金調達の意味が当然ありますが、それよりもこの施設に関心を持っていただく、自分たちがこの施設の建設に何らかの関わりを持ったのだという意識を持っていただくことが、意味合いとしては大きいです。このことによって、自分も何らかの関わりで支援をしたということで愛着を持ってもらい、この施設を育ててもらう意思を持ってもらうという思いが強いですね。