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| 小暮宣雄 |
2003年7月、社団法人関西経済連合会文化・観光委員会劇場文化研究会ワーキングチーム(リーダー:佐藤友美子サントリー(株)不易流行研究所部長、主査:筆者)は、一冊の報告書を公表した。タイトルは「劇場文化をもっと人と街のなかへ」。これは、1年間のあいだ9回に及ぶ研究会を開き、企業人と劇場人、メディア関係者や研究者というそれぞれに異なる立場をふまえながら、なにが関西の劇場やパフォーミングアーツ界に必要なのか、なにが関西の文化と都市、生活に足りないのか、という問題意識のもと、発想の違いをたがいにプラスとして学びながら、研究調査し議論を繰り返してつくったものである。
そのいきさつや報告書の骨子、内容の特色、提言や議論の過程などの紹介は、すでに文化環境研究所ジャーナルのサイトにおいて報告させてもらっているが、ここでは、本報告書の前書きとして書いた拙文「関西の未来は、劇場文化から〜バトンをつなぐリレー走者として〜」をまずそのまま紹介してから、ここでの問題意識をより事例に即しつつ具体的に考えてみたいと思う。
投手リレーでは、先発と押さえの間の中継ぎ投手がゲームの行方を分けることがよくある。劇場文化の世界においても、実は同じことが言える。つまり、中小劇場が果たす役割の重要性のことだ。
まずお客さんの方から見ると、大劇場観劇が先発投手で中小劇場鑑賞が中継ぎとなる。初めてのお客さんがまずお芝居を見たいなと思う場所は、TVで有名な俳優さんや商業劇団が出ている大劇場である。ここではまず、〃やっぱりライブってステキ〃、〃臨場感が違う〃となるわけだ。
問題は次のステップである。一回性のライブの面白さを知ったあとは、「演劇」自体の面白さ、演出の趣向や劇作品自体へと関心が移っていく(ダンスや音楽、映画でもそれは同じ)。初めはミーハーで出かけた劇場通いが少し本格化すると、お芝居のタイプで自分の好みを実現したくなる。すなわち、複数ある小劇場公演の演目を選ぶ楽しみがあるかないか、これが都市の劇場文化を豊かにもするし、貧しくもする決め手なのである。
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| 扇町ミュージアムスクエア |
他方、自分たちが演劇を始める時にお世話になるのは小さな実験的スペースである。それは、改造したマンションや米屋の倉庫でもいいし、教会や本堂を使うことも可能である。大学内のスペースも含めて手軽な公演場所と稽古場所が自転車ぐらいで通える距離にあることが演劇ダンスの誕生を促進する理想的な環境である。
ただ、ここから始めて少しずつ認められ実力がついてくると、もう少し多くの観客の目が必要となる段階がくる。仲間内からの脱皮、他者からの批評がありうる中小劇場へのステップアップである(多くの場合、京都や神戸などの生誕の地から、より広域的な集客が可能な大阪への移動が生じる)。
たとえばこの3月に閉じられた扇町ミュージアムスクエアは若い劇団の次のステップを用意してきたし、かつてのトリイホールはコンテンポラリーダンス公演におけるステップを複数用意し、それが全国的な関西ダンス認知における大きな手がかりともなった。 創造を継続するためには、ある程度の席数や長い期間上演できる劇場側のシステムが必要となる。すなわち、関西劇場文化の課題として大きいのは、1公演の動員が1000名を越え3000名あたりをめざす劇団やダンスカンパニー、プロデューサーを支える劇場群がきちんと各都市に配置され、いかに智恵を出して運営されているのか、そしてそれらが関西の内外においてどのように提携しつつ競い合っているかにある。
少し大げさかも知れないが、私たち一人ひとりは常に人生の中継点にいる。演劇も同じだ。実験スペースが誕生時の揺りかごとすれば、その後の演劇人生の節目節目にステップアップするためには、さまざまな形の中継点となる劇場があってこそ、それぞれの人生に固有の意味を持ち続けることが可能になる。
そもそも社会とはそういうものである。家族という単位から順々にコミュニティや都市群を通過してこそ、より広域のまとまりが多元的にできるわけだ。いわゆる上がりの大劇場に匹敵する「グローバル社会」だけでは、私たちが生きるためには余りにも画一的で息苦しい。いまは誕生から死までの人生の節目ステップの多様性を社会が用意できないから、生き急ぎ自殺や無気力ひきこもりの陥穽が広がっていると言うこともできよう。
いま他者の違いを認められない社会にならないようにするためには、家族などの親密圏とグローバル社会の間にさまざまに層をなす公共圏と「共」のまとまり、すなわち「コモンズ」が再形成されなければならない。その決め手が、関西から剥離しつつある「中小劇場」文化なのである。これがないと、他者が自己とリアルに向き合ってくれないままに子どもは大人になり、名ばかりの大人は幼児的空想のバーチャルな世界に閉じこもって世界に意識だけ拡散する危険を常に持ってしまうのである。
「コモンズ」を担う自律する市民が関西に登場し、個としては決して焦らずにスロースタイルを保ちつつしかも着実に関西の未来を担っていく。そのためにこそ、中小劇場システムを中心とする社会の節目節目づくりが、バトンをつなぐリレー走者のようにいままさに必要とされている。
このワーキンググループによる研究を通じ、若者から高齢者までの間をつなぐ壮年層が劇場文化へと向かう必要性も含めて、「社会の分節化を促す中継点としての劇場」や「都市と劇場を橋渡しする中継者」の必要性を特に強く感じたことを、前書きにかえて報告したいと思う。
筆者がアーツマネジメントを研究しているせいでもあるが(「マネジメント」とは、どんな分野においてもなんとかうまくやっていこうとすることにほかならない)、一回限りの文化(スポーツももちろん広い意味での文化の一部である)「イベント」の成功による集客効果、派手なメディア「発信」にはいつも「祭りのあと」の虚しさを感じてしまうことが多すぎる(もともと「イベント」という言葉には思いがけない出来事というアーツ的なニュアンスがあったはずだが、いま氾濫するものは擬似的な祭りであり、すでに予測可能な集客効果をねらった催しでしかない)。18 年ぶりの「阪神タイガース」効果やもうずいぶんと昔のような、そしてこれからさきいつ来るかわからないワールドサッカー効果がその例示になることはいうまでもない。
それよりもむしろ、こつこつと何の変哲もない日常を生き、平凡な生活の繰り返しにアクセントをつけ自分たちなりの編集行為を行うプロセスに対して、ホントの文化創出としての意味、都市の魅力づくりにおけるまっとうな評価をすべきだと思う。きたるべき芸術文化の創造と伝達のためにひたすら準備していく地味でしんどいスローな過程、そのための仕組みづくりに取り組んでいる方々を支持し、関西の都市がそれぞれに応援するようにしたいのである。それはもとより演劇など芸術のためばかりではなく、「コモンズとしての中小劇場」のなかで書いたように、それら未知な芸術にふれることによる社会側の価値、つまりは都市を構成するべき市民がグローバリズム的均一化圧力に屈せずに自律できるきっかけとなる環境としての劇場価値(リアルな公共圏づくりへの賭)のためにである。
もともとローテクで生な感覚を信条とする演劇やダンスなどの実演芸術(パフォーミングアーツ)。それらをになう劇場において、スローな持続を可能にするのが、報告書にたびたび指摘してきた中小劇場の重要さであり、「営利と非営利の領域が両方存在し循環することが大切」であるという視点である(
図1(PDF 204KB))。この場合、先に書いたように観客の熟成は創作者の流れ(もちろんコマーシャルへあえていかないアーティストももちろん大勢いるが)とは逆で、大劇場(コマーシャル的領域)→中(中小)劇場(文化ベンチャー的領域)→小劇場(実験的領域)へとすすむ。
この場合、「中(中小)劇場」(文化ベンチャー的領域)といったとき、その典型は、東京の下北沢における本多劇場であり、関西では扇町ミュージアムスクエア(2003.3閉館。いままでOMSと親しまれてきた)であり近鉄小劇場(2004.1閉館予定)であった。そしていまOMSや近鉄小劇場時代のあと(すでになくなってしまうものたち自体に拘泥する必要性はない)にその期待を一身にになっているのは、わたしの知る限りでは、アートコンプレックス1928(京都市)である。ここではすでに実験的なロングラン公演を2度成功させ、さらに安定したロングラン公演形態を可能にするために証券会社などとも提携し文化分野のベンチャーとして、ブロードウェイではおなじみの投資組合=エンジェルづくり(バッカーズ・システム)をワークさせようとしている。
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| 京都三条ラジオカフェ |
小原啓渡プロデューサー率いるこのアートコンプレックス1928が3階、4階を占める1928ビルは1928年にできたレトロ感覚に溢れる旧毎日新聞社の建物である。地下にはカフェアンデパンダンと呼ばれるほとんど内装に手を加えていない野趣あふれる空間があって音楽ライブだけではなくときにはコンテンポラリーダンスのライブがあったりする(うちのゼミの学生がここのトイレに入って感動しそれから文化施設におけるトイレを研究するという企画書を出したぐらいである)。1階が同時代ギャラリーなどの展示や販売のスペース、2階がレストラン、そして別の入り口から入るカフェの奥には、NPO法人として日本ではじめて運営にこぎつけたコミュニティFM局「京都三条ラジオカフェ」が開局されている。このラジオカフェはコミュニティとしての機能を持ちながら観光客やそこに集まるアーティストの情報交流の場になっていて、一方通行になりがちな放送と限られた人にしか届かないライブとの中間的な役割を担っている。ラジオで聞いていて気になったら自転車でそこへ出かけるということを可能にするメディアなのだから。また、各地の芸術家たちが京都で滞在して活動できるように、(ある会社の元社員寮を小原さんらが転用した)格安で長期滞在できる宿泊所「アーティスト・イン・レジデンス」の運営も始まった。宿泊しているアーティスト間の交流も楽しみだ。
さて、今回の研究課題をより具体的にイメージし実証的にするためにゲスト講師たちに来てもらった。その一人、実績の豊富さから文化ベンチャーと呼ぶにはあまりにもおこがましいが、日本の演劇の質と多様性におおいに貢献してきた本多劇場グループ代表の本田一夫さんを、第5回研究会(02.11.19 )の席上ゲストとしてお呼びして話を聞いた。
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| 大阪市立芸術創造館 |
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| アートシアターdb |
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| 神戸アートビレッジセンター |
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| 京都芸術センター |
「企業や官は売れているスター、劇団を連れてくるが、うちの劇場は、芝居をやりたい人を育てる場にしている。今売れっ子の野田秀樹さんや 三谷幸喜さんもうちから育っていって、大きくなってほかの劇場でやっている。もっとも本多劇場ぐらいになると、かなりの実力がないとできないわけで、最初は皆小さい小屋から育っていく。……官の人は芝居にまったく興味がないか、知らないかのどちらかだ。だから、うちではその辺は厳しく指導していて、従業員には、間違えてもお役人みたいな偉そうな態度は取らないように、芝居をつくる人にも見てもらう人にも、本当に芝居をつくりやすい場所をつくるように、と年中言っている。我々は、あくまでも芝居を一生懸命やろうとしている人たちの手助けをするために劇場を維持していくという姿勢で日ごろから取り組んでいる。」(報告書P67 )
つまり、本田さんの話にあるように「文化ベンチャー」とは、経済的なベンチャー企業ではなくて、文化の自立を求めるための冒険的仕組みであり、環境づくりなのである。民間企業がスターを使うことは顕在化したニーズを対象とするコマーシャルな劇場を運営する限りなにも問題ではないが、それと同じことを、税金を使って造り運営する公共劇場がするから本田さんの怒りが爆発するのである。これを企業メセナの第一人者加藤種男さん流に言えばマーケットを乱すからコマーシャルアーツに行政やメセナはアーツ投資すべきではないということになる。
図1(PDF 204KB)で書いてある文章で言えば「顕在的・市場的ニーズだけを追求していると新しいソフト・人材が枯渇しマーケット全体が縮小」するのである。だからお芝居をつくる環境を生み、お芝居をつくる人を育て、そのお芝居を楽しめる人たちへ届けまた育ってもらうのである。
なお関西においてももちろん「官」と本田さんにいわれた行政系のホール、劇場がすべてコマーシャルなものしか理解できないかといえばそうではない。関西には、全国的にみても実験的な領域をカバーし、未知なものに挑戦するのが本来の公共の役割だと自覚して(きっと上司や財政当局、議会の理解不足には恒常的に悩みつつ)、小劇場演劇やコンテンポラリーダンスを育てようとする気概を持った公共ホールが突出してあるといえるぐらいである。たとえば、
図2(PDF 220KB)にあるものからピックアップするだけでも、大阪市立芸術創造館、アートシアターdB(これは公立施設にNPO法人が設置したもの)、京都芸術センター、神戸アートビレッジセンター(
10.12、10.13 に第1回のアートNPOフォーラムがここで開催されるということも象徴的な話である)、伊丹市立アイホール(もっともここが老舗である)、栗東芸術文化会館さきらなどがある。
図2(PDF 220KB)は、関経連事務局が苦労してつくってくれた劇場を中心とする「エリア概念図」である。これをもとに関西の劇場とその周辺がどのようになっているかをご案内したいと思う。ただし、京阪神の劇場間の移動は交通機関を使うことによって、たとえば1日でマチネ(昼公演)を京都で見てソワレ(夜公演)に神戸に行くことが可能になるので、それぞれのエリアは分断されているものではない。したがって、エリアというのはそのスポットとしての魅力、滞留時間を増やす界隈性の形成の可能性として考えていくことが大切だと思う。
大阪市はかなり細かくエリアを区切って考えてみている。典型的な例示をすると、大阪キタでは大劇場がシアター・ドラマシティ、中小劇場がHEP HALL(OMSの代替としてはいろいろな面で手狭な感じはあるが)、実験劇場がカラビンカとなる(閉じられたスペースゼロも大切な小空間だった)。大阪ミナミで特筆すべきは小劇場の重要な拠点になっているウィングフィールドの頑張りであろう。トリイホールはコンテンポラリーダンス事業からは手を引いて、それをより南の天王寺エリアであるArt Theater dBが継承している。
旭区エリアにあったマジックランプが南に移ることになったり、上本町エリアの近鉄劇場/小劇場がなくなったりするなど変化があるが、そのなかで、注目されているのが大阪城周辺エリアである。ただし、まだここの動きはとても流動的なので少し様子が分かるまで時間がかかりそうだ。
京都ではまず新しい実演劇場を生み出してきているアトリエ劇研が大学の街である京都では重要であろう。ここには照明や音響、舞台美術などのスタッフルームがあることによって、育てる機能に不可欠なサポート性、創造性を保障している。公立施設としては、実演芸術に特化はしていないが、京都芸術センターの役割も大きい。実験的な公演のために他地域との交流と他地域からのレジデンス制作の機能が生まれつつある。10日間ほどの公演もこの秋の京都ビエンナーレ2003ではセットされていて、ただ実験的な行為だけではない試みも起きつつある。
もちろん、その次のステップとして必要な文化ベンチャー的劇場としては、すでに紹介したアートコンプレックス1928があるわけだが、図にはないものとして、同じく京都府立府民ホールアルティ(中規模のコンサートホールとしてずいぶんと活用されている)におけるダンスシーンへの貢献を忘れることはできない。現在も「ダンスの未来」という企画が進行していて、音楽芸術と舞踊芸術の出逢いを模索している。また南側にあるスペースイサン東福寺も小さな空間を提供していたが、いまは周囲との関係から使用回数が制限されている。
神戸市では中小劇場としての神戸アートビレッジセンター(KAVC)が、京都芸術センターと同じくジャンルをしぼってはいないが、重要な役割を果たしている。KAVCができたことによって、特に関西におけるエンタメ系演劇を代表する一群の劇団が生まれてたということもできる(もちろんエンタテインメント的要素を持つ劇団は京阪にも存在するが)。また、大劇場としての新神戸オリエンタル劇場のほか、小さなスペースでも若い劇団が公演しているようである。
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| 栗東芸術文化会館さきら |
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| 應典院 |
阪神間には、自前の劇団を持つ兵庫県立ピッコロシアターと、多くの関西演劇人を輩出した伊丹市立アイホールがあることがどれだけ関西の舞台芸術に貢献したかということは言うまでもないことであろう。
滋賀はもとより文化振興に熱心なエリアであったが、滋賀県立びわ湖ホールや栗東市立栗東文化会館さきらなどが設置されて、京阪神からも足を運ぶ観客が増えつつある。また、奈良県内にもホールが多く建築されているが、舞台芸術の観点では大和高田市文化会館さざんかホールの取り組みが注目されている。大ホールの舞台上に仮設劇場をつくって小空間を作るなど公共ホールとしては柔軟な対応を行っているところだ。
こうして調査し紹介すると、きっと関西に住んでいる方ですら、こんなに関西に実演芸術を志向する劇場があったかしらと思うのではないか。それは関経連のメンバーの方々もそうであった。それぞれの民間劇場はできるだけに広報を展開し可能なPR媒体をつくっている。公立劇場のなかでもチラシの挟み込みはじめ一見地味なことから判断するだけでも十分に努力していることが分かるところは多い。それでもまだまだネットワークする余力がないというのが本音ではないだろうか。だからこそ、ここに関経連などの経済団体の支援が必要になってくる。さらに劇場があるという情報一つ知られていないのであるから、そこで行われている小劇場演劇やコンテンポラリーダンスとは何だろうかとか、それがどれほど多様なのものなのかということはまるで知られていないのが実情である。
したがって報告書第3章「劇場文化を活用するための提言」に書かれているように、「1.パーソナルマーケットへの訴求(マスマーケットではなく)、2.劇場文化を開放する「出前」と「試食」(これが狭い意味の「アウトリーチ」)、3.次世代へのサポート」という広い意味の「アウトリーチ」(芸術を直接各種社会へ届けること)が大きな課題となる。
そしてアーツのアウトリーチを担うのが、まさに人びとの自由な気持ちが集まった「アートNPO」なのだ。一つ一つは地味で小さい存在ではあるが、志(ミッション)と持続するための手法がユニークで明確なアートNPO同士が連携し交流すること。それが、地域の劇場文化の土壌を豊かにし、地域の空気を自由におもしろくすることであるのはどうも確実のように思われる(筆者も実行委員会のメンバーである全国のアートNPOが集まったフォーラムについては、次のサイトをごらんください。 (http://www.anj.or.jp/arts-npo/)。