【Cultivate Vol22 特集◎コミュニティと博物館】より

ガバナンス構造の改革でミュージアムを再生する

大阪市立大学教授・慶応義塾大学教授 上山信一 プロフィール
インタビュー/高橋信裕



「民営化」の次に来るものがニュー・パブリックマネージメント

高橋―上山さんはもともと行政改革がご専門で「ニュー・パブリック・マネージメント」についてたくさん本お書きになっています。それとミュージアムの関係についてお聞きしたいのですが。

上山―ニュー・パブリック・マネージメント(NPM)は、サッチャー改革とその後の英国の改革を欧州の学者が後付けしたものです。サッチャー改革では政府の多くの機能を市場と国民に返還した。国営会社を完全に民間に売り払ったり上場したりした。それが第1段階で、次の第2段階がエージェンシー化でした。これは、民営化できないものに契約原理を入れるものでした。エージェンシーは、長を公募し、その人が役所と契約をする。日本のように主務官庁が目標を与える独立行政法人とは全く異なる。エージェンシーの長は、「自分ならこの組織はこういうやり方で変える」という改革プランを自分で示す。その結果これだけ良くなるのだから給料はこれだけよこせとネゴする。いわば改革請負人です。契約は対等です。結果だけ責任を持ち、やり方は任せられる。人事も予算も増資もぜんぶ自分で出来る。ところでエージェンシー化できない業務もある。警察や軍隊、福祉、環境規制などです。これも、もう少し生産性を上げなくてはならない。そこにNPMをあてはめる。原則は情報公開と競争原理。賛否両論ありますが、たとえば部署別の犯罪検挙率を公表する。
 NPMを支えるのはきちんとした行政評価です。そして評価の大前提が、成果志向と顧客志向の考え方です。手続きではなく、お客を第一に考える。当たり前のようですが、例えば、博物館では組合との協定があって7時半には全職員が帰らなくてはならないとかいろんなルールがある。たいへん使い勝手が悪い。NPMでは明らかに目の前に困っている人がいるなら、ルールは変えてもよい。例えば特別展を企画して、朝8時からすごい行列が出来たら、もう8時から開館してよいという判断をしてもよい。足の悪いおばあさんがハンコを忘れて来たら「サインでいいですよ」と書類を受け付ける。現場の人に判断を任せる。顧客志向を前提にして権限委譲をするのです。そして規制緩和、競争原理、情報公開などの原理をおよそ民間経営とは関係なさそうな仕事の中にもどんどん入れていく。それが本来のNPMです。
 さて日本ですが民営化は不徹底な上に、にせもののエージェンシーでお茶をにごしている。日本の独立行政法人の理事や理事長は天下り人事で決まる。努力してもしなくても順送りでポストが廻ってくる。エージェンシーとは全く非なるものです。それでも行革自体が欧米追随の形式主義ですから教科書通りにやる。すると次にはいちおうニュー・パブリック・マネージメントとなる。しかし今の日本のNPMはとてもアバウトな概念です。「民間経営風に行政をやること全般」と理解されています。「ニュー・パブリック・マネージメントをやる」という方針は閣議決定されたのですが、中身があいまいなままです。ただ、国も自治体も最近、情報公開や民営化、成果志向になっている。まあキャンペーンの域を超えないのが今の日本のNPMです。
高橋―本当の意味での民営化、エージェンシー化や、そしてNPMの導入が進むと、これまで行政が数多くつくったきた公益法人や特殊法人の淘汰、改善が進むのでしょうか。

上山―はい、そうです。しかし本庁からの天下りの順送り人事がどうなるかが岐れ目です。理事長や理事が天下りの順送り人事でなくなれば変わる。例えば日本の独立行政法人制度はだめだといいましたが、国際協力機構、つまり昔のJICAは大きく変わりつつある。あれは緒方貞子さんが理事長になった途端、本物のエージェンシー的に動き出した。官僚組織は上からの命令やルールに忠実ですから一度ああいう人がトップをやると組織の動き方が変わっていく。かつてのNTTもそうでした。実は天下りのトップでもいいのです。ただし主務官庁ではなく、他省庁出身の人を抜てきする。とにかく人事次第です。逆に今のように、凡庸な理事長の元で今の評価制度をやり続けると、職員も評価委員も疲弊する。
 国立ミュージアムに関して言えば、今はまだ改革の第一期。とりあえず情報公開が始まり、顧客志向でみんな親切になってきた。規制緩和でレストランなども動き始めています。ただし、大型大量集客ねらいの企画は善し悪しです。世間はどんどんそういう期待をするようになりますから、来年はもっと人を集めようなどと、訳が分からなくなる恐れもある。振り子は一度大きく振れなくてはならない。けれども今の流れのままでは増収増益を目指すテーマパークのまねになってしまう。経営哲学や使命をはっきりさせるべきです。そもそも、国立はスター・ウオーズなんかなくても持っているコレクションだけで勝負できる。正倉院だって年中虫干しすれば世界中から人が集まります。そういう方向に展開していってほしい。
 「スター・ウォーズ展」にしても、一度はたくさんの人に来てもらわないととにかく始まらない。「人なんか来なくていい」という昔の組織文化に対してはよいショック療法だと思います。マスコミから評価されれば内部改革も進む。最初の一歩としてはいい。でもそういう改革の手順をわかって確信犯的に動いている人が少ない。マスコミにも誤解がある。

高橋―ミュージアムではそういう若い世代がトップに昇格していけば変わるのでしょうか。

上山―天下りの順送り人事を止める、そして年功序列の学会カルチャーや大学人事もなくならないと変わらない。理想は、評価委員会や理事会のようなものを横につくって、そこに財界人などを入れて重しにして、役所や学会の順送りや年功序列の人事を吹き飛ばすことです。「あいつは若くて面白いじゃないか」みたいなことを財界出身の理事長が言い出す。そして例えば三十代や四十代の学芸員を館長にする。そういうガバナンス構造をつくらないと、独立法人化しただけではだめです。

淘汰の時代を生きぬくためのコンバージョン

高橋―市町村や都道府県にはかなりの数の博物館、美術館、記念館があります。今後は淘汰、統廃合されると思います。その場合、正規職員や非常勤の職員らの処遇や転籍、リストラ策などはどういう方向に向かうのでしょうか。

上山―美術館、博物館の固定観を変えてしまうべきです。例えば北海道江別市のセラミックアートセンターは市民の陶芸教室に力を入れていてカルチャーセンター機能を持つ。つまり公民館化している。役割をニーズに合わせて変えていけばいくらでも生き延びられます。従来型の発想を捨てれば施設と職員は生かせます。学校と融合したっていいし、結婚式場に使ってもいい。建物のコンバージョンもありだし、それで同時に使い方もコンバージョンすればいい。
 行政の中での位置付けも変える。教育委員会だけではなくNPO推進室の傘下に入れる。施設とコレクションだけを純粋にジーッと見れば、どこのどういう施設でも活かす方法が見えてきます。田舎のさえない資料館にしても、さきほどのドーセント・ツアーの考え方で地元の元漁師さんなんかが一緒に解説してくれればがぜん生きてくる。

高橋―キュレーターという存在が、今ほど絶対的でなくなるということでしょうか。

上山――はい。全てのミュージアムに高度なものを求める必要はない。また、企画やマーケティングはプロに任せ、キュレーターはコレクションの整理とかインタープリテーションのチェックをやればいい。さらにコレクションに関わることだからといってキュレーターが全てをやる必要はない。

高橋―専門人材の役割分担のモデルをつくる必要がありますね。市町村合併も進むし、個々のミュージアムにそれぞれ学芸スタッフをおかなくてもよくなる。例えばネットワークの核となるミュージアムには学芸員まで含めたフル規格が備わっていて、その他はサテライトでよいとする。それを指導する形でセンターから学芸員が出向く体制などはどうでしょうか。
上山―現にフランスなんかはそうですよね。公立の美術館の館長も、中央政府の役人で、コレクションもルーヴルが貸したりしている。フランスの美術館は国全体が一つのネットワークでかなりの中央集権なんです。日本がそのままやれとは思わないけれど、ひとつの合理的な姿でしょう。

高橋―先生は行政経営フォーラムを創設し、代表をつとめておられます。ホームページで拝見すると(http://www.pm-forum.org/)会則がなく、その代わりに「会員チャーター」でものごとを決めるスタイルをとっておられます。たいへんユニークな組織経営の方法だと思いますが、今までのお話にも関連すると思いますのでその意図をお聞かせ下さい。

上山――有志が集まって勉強会をするのですからこまかい会則はいらない。お互いが同好の志というか非常にプライベートな存在としています。会員は全国に550人もいますが、必ず個人として参加する。組織代表では参加できない。価値観を同じくする人が、お互いの良識で経営する。とんでもないことが出てきたらその時は「それはやめよう、こうしよう」といえばいい。あらかじめ文章にして決まりを事前に規制する必要はないのです。
 チャーターとわざわざ書いてあるのは、わが国の法律形式主義、そしてドイツ観念論との闘いです。チャーターというのはイギリスやアメリカの同窓会規定を参考にしています。そこには、困ったときにこうするという最低限のことが書いてあるだけです。日本の場合、一から十まで全部書き連ねるでしょう。そしてやたらと理事会だの役職だのにこだわる。その発想を全面否定したかったのです。とにかく全員平等。会員の中には公務員が多いので、カルチャーショックを与えたいという意味もある。役所的なルールは一切廃止。例えば請求書にハンコが必要だということは民法には書いていない。念には念をと役所が勝手にやっていただけです。「会計課に言ってごらん」と言うと、確かにそうしろという根拠規定はどこにもないということになる。それが改革者としてのささやかな出発体験になるのです。小さな事から始まり大きな流れをつくっていく。あのフォーラムでは既成のシンクタンクなどとは違って大上段に構えた政策提案などは一切しません。マスコミ取材もお断わり。個人が変わり、そこから社会を変えようという社会運動なのです。

高橋―ミュージアムもそうですね。一般の市民やリタイヤした人々が館長や学芸員、フロアスタッフとして組織を支え、地域社会をともに育てていく。そういう緩やかな支持と連携の仕組みが必要ですよね。
上山―日本人は昔からそういうことをやってきたのだから、出来るはずですよ。それなのに、「公共」、「公益」だとか言い出し、税金を使うというふうになった途端にガチガチになってしまうところが問題です。

高橋―そういえば浦安の博物館のボランティアの組織は「もやいの会」といって活発な活動を行っていますが、出席や参加は義務づけず、各自の自由意志に委ねています。会則や会長、会費さえないんですね。社会そのものが、だんだんそういうことに気付き始めているのかもしれませんね。ありがとうございました。




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