【Cultivate Vol22 特集◎コミュニティと博物館】より
千葉商科大学政策情報学部長 井関利明
プロフィール
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| 図-1 |
過去10年の間に「マーケティング」は、非常に大きく変化をしてきました。もうマーケティングを販売だとはいいませんし、宣伝・広告であるともいいません。マーケティングに対する誤解なり、アレルギーをお持ちだとすると、それをまず払拭していただきたい。それを最初に申し上げまして、ミュージアム・マーケティングの5つの戦略課題の話をします。(図-1)
最近 ソーシャル・マーケティング が大きく進展してきました。ミュージアムというのは非営利組織ですから、ミュージアム・マーケティングもソーシャル・マーケティングの一部であると考えてください。
従来のビジネスにおけるマーケティングに対して、主体が非営利組織であるとか、提供しようとするものをオファーリングといいますが、提供物がいわゆる商品ではない場合、金銭のやり取りが伴わない場合のマーケティングをソーシャル・マーケティングと言っています。したがって、ソーシャル・マーケティングは、自治体、政府、国際機関、それから博物館・美術館、警察、大学といったところが活用するようになってきました。
このソーシャル・マーケティングという観点が出てきましたのは、次のような展開です。第1フェーズは、 60年代の後半です。ちょうどそのころ、消費者運動、環境問題――このころは「環境問題」ではなく「公害問題」と言いましたが。公害というのは、それをもたらした企業が特定化できました。ところが、さまざまな源泉からいつの間にか環境が汚染されていったときには、もう公害ではなく、環境破壊という大きな問題に変わります。そのころ消費者問題、環境・資源問題への対応という形で、民間企業が苦慮をすることになりました。告発され、批判をされ、ジャーナリズムから叩かれるということがあり、それに対応するために企業の中でも社会的責任が非常に大事であるということを言い始めるようになりました。
最近、また盛んに言われています。いわゆるコーポレート・ソーシャル・リスポンスビリティー、CSRです。ここ2、3年来、アメリカのエンロンやワールドコムをはじめ日本でもいくつかの企業不祥事、企業倫理にもとる行いが出てきました。それとのかかわり合いで、あらためて「企業の社会的責任」と言っています。これを表に掲げながら、大きなキャンペーンをしているのが経済同友会です。企業内でこれに対応する部署を CSR担当 ないしは コンプライアンス担当 といったりします。コンプライアンスというのは、順守する、準拠するあるいは応諾するという意味ですが、日本の企業は「法律を守る」という意味で考えています。もっと社会道徳や社会的常識であるとか、一般人の期待あるいはニーズにどう対応するかということが、本当の意味のコンプライアンスです。法律さえ守っていればいいというのでは少し寂しい話です。これが、第1期の問題です。
フェーズ2は、 70年代後半から80年代はじめ、非営利組織が急速に台頭してきます。自治体あるいは国、ないしは公共の費用を使っているもの、つまり税金を使っている組織体に対する大変な厳しさが出てきます。NPOが現れてきたことの1つは、政府や自治体の提供するサービスが不十分であって、人々を必ずしも満足させていない。では民間企業はというと、これは有料で商品とサービスを提供しておりますが、それも人々の生活をより豊かにするには十分とはいえない。これを「政府の失敗、市場の失敗」といいます。最近では、民間企業によっても政府によっても提供されない新しい欲望やニーズが生まれてきています。これはある意味では、社会がより進歩した結果、物的充足が達成された結果とも言えます。そうした「政府の失敗、市場の失敗」を補う形で登場してきたのがヴォランティア活動あるいはNPOです。
一方では、税金を使って活動しているさまざまな組織に対する人々の目、ジャーナリズムの目が極めて厳しくなり、たえず情報を公開し責任を明らかにしなければいけないことになってきましたので、病院、警察、大学、自治体、政府、美術館・博物館、こういうものが、外部との関係をよくするために、マーケティングの発想と手法を導入するようになります。
フェーズ3になりますと、ビジネス世界の中でも目に見えないもの(つまりサービスや情報)が非常に大きな意味を持つようになってきます。「日本はモノづくりだ」といいますが、これだけでは本当に豊かにはならないのです。と言いますのは、GDP全体に占める第3次、第4次産業の比重が6割を越しました。 62〜63%です。もう物的生産中心ではありません。
個人世帯の家計支出の費目を見てみます。年間家計支出を、大きく物品支出と非物品支出に分けますと、人々の生活の中ですら、非物品支出、つまりサービス・情報への支出が55%になっています。つまり、物品支出は45%にすぎないわけです。家計種目から見ても、国全体の部門別比率にしても、当然のことながら物的生産の比重は減少し、対してサービス・情報の比重は著しく増大しています。
そうすると、今までの物的生産に合わせて、製品をいかに売るか、と考えていたマーケティングは、形の見えないものに対してどういうふうに対応したらいいのか。決定的に違いますのは、サービスは貯蔵しておくことができません。原則として、需要があるときに出来上がっているものを移動していって対応するものではありません。つまり、生産と消費が現場です。例えば、食品を考えますと、食品はメーカーでつくられ、流通経路を通って小売業、スーパーに並んで人々が買います。これが物品です。それに対して、レストランを考えますと、レストランはサービスです。ここでは、調理されたものと食べるものが同じ場所で同時進行です。しかも、時と場を共有しながら、人と人とのつき合いの中でそれが行われる、つまり、生産=消費であるような特別な状況です。これが従来の、「将来の需要を見込んで、勝手につくり、流通させてやがて売る」といううスタイルのマネジメントやマーケティングとは違うものになってきます。つまり、「場」にかかわることが大事です。これは博物館の場合も同じことです。
こうして70年代後半には、いわば形の見えないものに対する関心が出てきました。このとき、ソーシャル・マーケティングと関連して、大転換が起こりました。それは、当時、低開発地域の援助が盛んでしたが、援助をして人口暴発をくい止めるための家族計画あるいは避妊を薦めていましたが、うまくいかない。そこで、若手マーケティング学者が世界中から集められたのです。「政府の権力で押しつけても十分ではない。お金をつけても十分ではない。人々の行動を変え、生活習慣を変え、価値観を変えるために一番効果のある方法はなんだろうか」。そのときに言われたのが、ほかならないマーケティングです。「マーケティングの手法を通じて、人々の意識を変え、価値観を変え、そして行動パタンを変えるようにしようではないか」と。そのとき初めて、ソーシャル・マーケティング、あるいはソーシャル・キャンペーン・マーケティングが非常に大きな力を持つものであることがよく知られるようなったのです。
続いて登場いたしますのが、リレーションシップ・マーケティングです。アメリカでも80年代末になりますと、需要は一巡し、もうそれほど消費市場がダイナミックに動くものではない。そういうときに新しいものを開発してさらに売ろうとすれば、どうすればいいのでしょうか。「相手構わずに勝手に製品をつくって、見込みで大量生産して製品を売る」という方式に、大きな転機がやってきます。
当然そうなると、ビジネス相手とかかわり合いをつけながら、つまり「広がらない市場の中で、いかにしてお客とかかわり合いを持っていくか」という考え方が出てきます。マーケティングとは、トランザクション、つまり取引と販買の促進だと思われていましたが、このときからはっきりと、「マーケティングとは、関係づくり(リレーションシップ)の促進である」と定義が変わってきます。したがって、マーケティングは、取引、売買、販売ということから、まったく別なものに変わりました。
続いて、私どもが唱え始めた 世紀の考え方は、「マーケティングとは、関係づくりの社会的作法である」ということです。もう取引・販売の話ではない、ということです。これを「ビジネスにおけるトランザクション・パラダイムからリレーションシップ・パラダイムへの大転換」が起こったと言います。このリレーションシップ・パラダイムに転換したとたん、非営利組織とも深く関わってきます。
もちろん非営利組織も宣伝・広告のためにマーケティングを使ってきました。たしかに一時は、伝統的なマス・マーケティングの手法を使いました。ただし、もっと大事なことは、ターゲットとして設定した顧客、ミュージアムの場合はオーディエンスという言葉を使います。「来館者」というと狭すぎる。ミュージアムはインターネットを通じて、あるいは印刷物を通じて、世界中、日本中に散らばっている潜在的顧客に働きかけようとしているはずです。「来館者」と言ってしまったのでは、潜在的顧客たち、来ない人は相手になりません。問題は、来館してもらうにはどうするかというのですから、そういうことを含めて言うときには、「ターゲテッド・オーディエンス」と言います。今後標的とする顧客のことです。そういうふうに考えると、日本の言葉は不十分ですね。公衆ではいけないし、観客でもない。来館者になると限定される。
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| 図-2 |
つぎに、ソーシャル・マーケティングの形成について、これを図表で見ていただきます。(図-2)左側にあるのがマーケティングの大転換をもたらしたさまざまな事情であると考えてください。たとえばグローバル・エコノミーが進展しますと、先進国でやっていた大量生産、大量販売、不特定多数のために標準化大量生産品を勝手に売ろうというのはもう無理だということがわかります。文化コンテクストが違う、社会構造が違う、社会階層の構成が違うところでマーケティングをしようとすると、アメリカで育ったもの、日本でやっていたものがそのまますんなりとあてはまらない。あらためて、「異なった文化と社会の中に住む人たちは、どういう商品組み合せを求め、どんな生活をするのだろうか」と、考え直さなければいけません。したがって、グローバル・エコノミーの進展の中で、マーケティングは変化をしていきます。
もう1つは、デジタル・ネットワークの登場です。何しろメーカーと消費者が直結してしまったのです。今までは、必ず流通経路があり、そして末端でのみつまり小売レベルでのみ消費者とかかわっていたのが、そうではなくなりました。
一方で、インフォメーション・テクノロジーの発展は、個別対応を可能にしました。デル・コンピュータをご存じだと思います。個別対応注文生産です。昔なら、注文生産は、デザインから部品集めからすべてその人のためにやりました。洋服屋の仕立てのようなものです。ところが、デル・コンピュータは、標準化された中間部分を組み合わせることによって、多様な結果を生み出します。今までのコンピュータ・メーカーはみんな、デル・コンピュータに抜かれてしまいました。最大と言われたコンパック、IBM、みんな不況です。
デル・コンピュータだけがすばらしいのは、インターネットを通じて個別対応で特定個人が求めるコンピュータをつくれるシステム、つまり何百台であっても1to1の関係で注文生産に応じる態勢をつくってしまったことです。従来のメーカーは、最終製品を標準化しています。標準化大量生産品、人びとは、もうそういうのは要らないというのです。デル・コンピュータは、中間部分が標準化してあって、その組み合わせによって最終製品はまったく多様になります。
やがてミュージアムも、収蔵品やレパートリーをしっかり持っていて、その組み合わせだけで個別対応ができる時代が来ます。いいえ、来なければならないのです。来館者一人ひとりが異なった期待と異なった願いと欲求とを持ってやってきます。それに対して個別的に対応することは不可能なことだとお考えかもしれませんが、なんでもないことです。結局は何かと何かの組み合わせです。これができればいい。顧客がやってきて、こういうものが欲しい、と言ったときに、それが即座に中間部分の組み合わせでリトリーバルされるようなシステムは、いくらでも考えることができます。それはデジタル・ネットワークのお蔭だと申し上げてもいいと思います。