【Cultivate Vol23 特集◎観光再生の時代と文化環境】より

ミュージアム・マーケティング講座 第2回
マーケティング発想によるミュージアムの活性化

千葉商科大学政策情報学部長 井関利明 プロフィール
 



■前回の第1回講座では、 ミュージアム・マーケティングを考える背景としての、ソーシャル・マーケティングの台頭と推移から、リレーションシップ・マーケティングへの展開という、マーケティングの流れを概観していただいたた上で、ミュージアム・マーケティングの戦略と戦術の考察へ、と話を進めていただきました。そして最後に、今回のお話しの序章ともいうべき「ミュージアム・ミッションの変遷」についてふれ、とりわけ、ターゲット・オーディエンスのための意義や貢献という点で、新たなミュージアムの使命が問われる時代になった、という点を指摘されました。今回は、それに引き続いて、さらに主題のミュージアム・マーケティングのお話しへと進めていただきます。 (編集部)

博物館は、異質なスタンダードが集まるマーケットだ

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図-9

 まず、ミュージアムというのは、本来的に相反する使命と目的を持っているものだ、という点を明らかにしておきたいと思います。つまり、ミュージアム・センタード(Meseum-centered)とオーディエンス・センタードという、相反する発想です。

 「図9」をご覧下さい。まず左側が、従来、ミュージアム側が考えてきたことです。つまり、ミュージアム・センタードの考え方です。そして右側が、顧客革命を経験したあとのオーディエンス・センタード(Audience-centered)の考え方です。

 私は、左側の特徴がなくなればいい、と言っているわけではありません。ただ、左側だけやっていたのでは、新しい時代に対応できないので、右側の諸特徴も取り入れていかなければいけない。一本足で立っているのではなく、二本足で立つ、そのバランスが大事だという問題です。そしてこれからは、やや右のほうに比重をかけていくことが必要だろうと思います。

 まず、従来は「来館者数の増加」ということが課題でした。それに対して今は、来館者がいかに満足したか、という「満足度」が問題になってきました。また従来は、収集品がどれだけ増え、それをどう保存・修復するかということに力点がありましたが、これからは来館者(そして潜在顧客たち)との関わり合い、つまり何を提供し、いかに交流するかに焦点が移ってきています。そして、展示内容についても、単なる展示・ディスプレーではなく、来館者との関わりの中で、「どういう経験を約束できるか」が重要になってきました。その経験の中身については後ほどお話しします。

 つぎに、従来は常に「教育的立場」ということが強調されました。私は、4 0年間の教師経験で、 「教育しようとするところに人は集まらない。教育者、教師と言われたくない。教育は成功しなかった」とつくづく思っています。これからは、どんなエンターテインメントを通じて、どう学習を支援できたのか、ということが決め手になってきます。楽しみと喜びのないところに学習は起こりません。

 また、「貴重品と本物」も強調されてきましたが、これからは映像でもコピーでもヴァーチャルなものを活用して、組み合わせて見せてやればいい。これは、どのようにしてできていて、他のものとどう組み合わさって何になっているのか、という大きなコンテクストを語っているわけですから。そこに新しいエンターテインメントをつくっていかなければなりません。

 そして今までは、「知識と情報の提供」と言われました。これも教育的立場の裏返しです。知識・情報を与えよう、教育してやろうとするのではなく、驚きと喜びと楽しみを提供しなければならないのです。

 つぎは、「プロフェッショナル・スタンダード」です。大学の大失敗は、大学教師が勝手に考えたためでした。社会の期待や学生たちの願望はほとんど省みられませんでした。今後、大学の3分の1がなくなります。独断的な専門家集団は存続を許されなくなるでしょう。これからは、 「コミュニティ・スタンダード」あるいは「ステイクホルダー・スタンダード」といいます。関わり合う外部の世界の、あるいは異質な立場のスタンダードをいかに取り入れていくか、ということがマーケティングの基本になるのです。 

 また、今までのやり方を「オン・ザ・サイト活動」と言います。 「ここへいらっしゃい、こんなにすばらしい博物館だよ」と自分の場所に呼び込むぶのがオン・ザ・サイトです。それに対して、これからは「オフ・ザ・サイト」が大事です。諸所方々に出かけて出張展示やイベントをし、地域社会に出て、外部社会と提携していきます。上野の科学博物館は、全国がマーケットです。全国あらゆるところにオフ・ザ・サイトのイベントや展示をつくることができます。さらに、世界中がマーケットと考えれば、もっと広がることになります。

 「教えよう」というのはだめだ、と思ってください。自分はこんないいことをやっている、最先端だ、とつい思ってしまう。みんなに知らせたいのはわかりますが、その気持ちが人を遠ざけるのです。マーケティングとは、相手の立場に立って自分を考え直すことです。

 今までの博物館は、 「すばらしい殿堂だ、宮殿だ。ここには、すばらしい貴重な収集品がたくさんある『宮殿たれ!殿堂たれ!』 」と言っていました。もう、そうではないのです。異質な人たちが異質な期待とニーズをもってやってくるマーケット、広場です。どなたでもいらっしゃい、語り合いましょう、ここで新しいものをつくりましょう、と。異なる立場の人たちが、集まって来て対話をし、新しい価値やストーリーをつくりだしていくのです。

 したがって、博物館は完成された展示をするところではありません。見事な展示物だと、圧倒されて帰っていくだけというのではなく、準備しているところや創っているところを見せるべきです。プロセスを見せて、時には参加させる、あるいは一緒になってイベントをやることです。なぜ専門家は自分だけでやろうとするのでしょうか。くり返しますが、左の特徴がなくなればいい、とは言いません。なくなると博物館の性格そのものがなくなってしまうかもしれません。それらをどれだけ考慮しながら右側の諸要素とバランスを取っていくか、ということが大事なのです。

ミュージアム・オーディエンスの6つのモチベーション

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図-10

 では、ミュージアム・オーディエンスは一体何を求めてくるのか。

 それはアウトカム(Outcome)です。アウトカムとは、人びとにどういう経験と意味と価値を与えるかということであって、展示物を見せたり、情報や知識を与えたりすることだけではありません。人々が求めている経験は、実に多様です。みんなが、同じ意識で来るのではありません。ミュージアム・オーディエンスの求める経験、つまり動機・目的は、大きく分けると6つあると考えています。(図10)

  一つ目は【学習経験】です。小学生、中学生が夏休みの宿題のために来る。何か勉強をしてみたいという定年退職後の方たちがやって来る。最近中年の女性たちは、知識欲が非常に盛んです。学習したいのです。ここで“教育”と言ってはいけません。教育というのは、与える側の言い方です。“学習”は受ける側の言い方なのです。あくまでも受ける側の立場に立って話しをしなければなりません。【学習経験】には、知識・情報の習得、知的好奇心の満足、発見・驚きの感覚、過去・現在・未来についてのさまざまな事柄などがあります。これらの新しい解釈や、こうした知識を通じて、新しい意味を発見したり、科学の最先端の傾向が何であるかを学習したりして、喜びを見出すのです。

 つぎに【審美的経験】。とくに美術館がこのタイプです。感覚的覚醒、美的感動、視覚的・触覚的な新しい体験など、いろいろなタイプ・様式があります。今日では、現物だけではなく、マルチメディア表現でもディジタル表現でも実体験できます。視覚だけではなく、さまざまな複数感覚がお互いに交差しながら、新しい経験を創りだすことができるのです。これは新しい感動を与えます。

 3番目は、【気晴らし、楽しみ】です。「たまたま時間つぶしでね」ということがよくあります。気楽な楽しみ、自由時間の活用、遊び心、気分転換、レストランやカフェの利用などです。博物館はいろんな場面を持った、緩やかな、多面的な楽しみ方をされるべきです。

 4番目は、【グループ参加と社交】です。ゲーム感覚やショッピングも大事です。ミュージアム・ショップでいろんな品物を見ると、つい買ってしまいます。博物館のすばらしさは、消費心をどれだけそそることができるか、というところにもあります。また、ぼんやりと人びとの動きを見ている。こんなに楽しいことはない。来る人たちがみんな展示物を見に来ると思ってはいけません。そうではなく、多様な経験を楽しみにくるのです。

 5番目は、【儀礼的・儀式的な経験】であり、記念や祝賀の経験を楽しもうというものです。これをセレブレイティブ・エクスペリアンスといいます。組織・団体の周年記念や祝典、歴史的記念物の観賞、祝祭への参加、栄誉感の共有。アメリカでは宇宙関係の博覧会などで、多く見受けられます。そして礼拝・崇拝の感情、尊敬と称賛、経験と憧憬といったものが、実はこれらを見ることによって、心の中にわききあがっていきます。

 最後に、【非日常的陶酔と神秘体験】です。エンチャンティング・エクスペリアンスと言います。精神の高揚、想像力・空想力、魔法の気分、変身体験、オカルト的体験、彼岸体験、宇宙体験、魅惑のめまい、などがあります。今はビジネスですらも、単なる商品やサービスを超えて、どんな経験を約束できるかということが一番大事なことだと言われます。エクスペリエンシャル・マーケティング(経験マーケティング)です。博物館も同じで、経験を与えるのです。それがアウトカムという意味です。アウトプットとは、展示物を見せる、商品を売ることです。そして来館者の数を数えることです。しかし、それを超えて来館者がどういう経験をしたか、どのような感情の揺り動かしをおぼえたかが重要です。今、お話ししたようなことが、戦略的マーケティングの、とりわけミュージアムの使命とのかかわりにおいて大事なことです。




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