【Cultivate Vol23 特集◎観光再生の時代と文化環境】より
千葉商科大学政策情報学部長 井関利明
プロフィール
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| 図-11 |
ではつぎに、ミュージアム・マーケティングの戦術課題についてお話しします。
「図11」をご覧下さい。頭文字が“P”となる8つの戦術課題を掲げました。この3番目に「プライシング/料金設定」があります。ところで、わが国では料金設定は、なぜ一律なのでしょうか。
スミソニアン博物館のメンバーシップの例を引きましょう。スミソニアンの顧客差別化戦略は徹底していまして、ランキングごとに顧客の扱い方がはっきり分けられています。メンバーシップの一番上のランクの人たち、たとえば年間1万ドル以上寄付するような顧客は、いつでも博物館に来館できるだけではなく、年に2回は館長との夕食会があります。夕食会では、新しいイベントに関する説明があり、新しいイベントのオープンに際しては最優先で観ることができます。そのつぎのランクの人は、休館日でも見ることができますし、3番目の人は、普通の日であれば何度出入りをしてもいいし、1年に何回も来ることができます。その下のランクで、初めて回数券があったり、料金割引があったりします。顧客というのは、博物館にとっての貢献度に応じて異なったサービスをされるべきである、ということです。
それを、わが国では“みんな平等”としてしまうので、したがって何も特別なことができない。日本の教育のまちがいは、あらゆる人が平等だとすることです。日常生活の中で、仕事の中で、それぞれ能力も性格もみんな違うのですから、平等はあり得るはずがない。にもかかわらず、みんなを平等に扱おうとすることが、日本が活性化しない最大の理由だ、と私は思っています。
貢献度の高い人はそれなりに扱う、これをカスタマー・リレーションシップ・マネジメントと言います。1回だけ来て登録した人にも、毎月毎月ダイレクトメールや割引券を出すというような無意味なことはしません。何度も来てくれた人に割引をするのです。年に1回しか来ない人に割引をしたりパンフレットを送る必要があるでしょうか。
逆に、いつもは来ることができないけれども、関心が高く、インターネットでアクセスをしてくれたり、FAXや電話をかけてきたりする人には、ちゃんと対応すべきです。はっきりと顧客を差別化するのです。カスタマー・リレーションシップ・マネジメントというのは、顧客を差別化することが前提です。顧客を、その特徴に応じて、わが社への貢献度に応じて異なった扱い方をすることです。では、なぜ日本はみんな平等にしたと思いますか。簡単です。相手がわからないからです。相手がわからないと、平等にするしかないのです。人びとを平等に扱うのではないのです。公平に扱うのです。顧客を差別化し、異なった扱いをすることをカスタマー・リレーションシップ・マネジメントというのであって、みんな同じに扱うのであればマネジメントを考えることはない。マネジメントというのは、顧客の違いを理解し、違いに応じて対応することです。
オーディエンスをどういうふうに獲得し、メンバーシップをつくっていくか。最近は“メンバーシップ・フィー”という言葉が盛んに使われるようになりました。お分かりだと思いますが、今は企業サイドで価格を決めることができなくなっている時代です。今まで価格は、生産コスト+利益でしたが、今はその価格では商品が売れません。したがって、どこの製品でも“オープン・プライス”といいます。オープン・プライスというのは、企業が価格を決めることを諦めたということ、価格の決定要因は生産コストだけではないということです。そんな単純な時代はもう終わってしまいました。
どんなにコストをかけても、全く売れないことがあり、反対にコストもかけていないのにみんなが喜んでお金を払うものがあります。今は、価格は、供給サイドが決めるのではなく、需要サイドが決めるのです。それが当たり前の時代が来てしまいました。
顧客との関係を考えるうえで、まず第1番目に大事なことは、観客とはだれであって、その期待は何であって、どういう経験を求めてやって来るのか。それにはどう対応すべきか、日本の社会はどう動いているか、文化の新しい風潮は、ということを知らなければなりません。これは普通、“マーケティング・リサーチ”と言っています。マーケティング・リサーチには量的なものだけではなく、質的なものもあります。
大事なことは、際立った人間の意見が必要だということです。平均を取ってはいけません。平均は無意味、ナンセンスです。際立った人間をつかまえて、その人間の影響力を見ることが一番大事なことになってきました。今、市場調査の形が変わってきました。計量的平均値でものを言う時代は終わってしまいました。統計はグループ特性を見るものです。西欧近代産業社会の成立があって初めて、あの統計という考え方は意味を持ちました。しかし現在は、集団特性を見ることではなく、個人特性に焦点を当てることが重要です。個人特性に焦点を当てるときには、残念ながら統計学はそれほど役に立つものではなく、あくまでもトレンズと時系列の変化、そしてある集団の中の傾向を見るために必要となりますが、個別の違いを見るためにはあまり役に立ちません。
あらためて、「図11」をご覧下さい。最初に、「予見・先取性」を持たなければなりません。これをプロアクティビティー(Proactivity))と言います。つねに明日に向かって考え発想しなければなりません。当然、つぎには「提供物の開発」が必要です。提供物というのは決して単独のものではなく、組み合わせです。「料金設定」の話は、すでに述べました。
4番目に「流通・配給・接点開発」。これは、オフ・ザ・サイト活動を展開して、たとえば専門家が出向いていって、小さな催しものをいろいろな所でやってあげなさい、ということでもあります。これを地方でおやりになると、「おもしろいなあ。今度の休みには必ず行きますね。上野のどこですか。」と必ず聞くはずです。われわれは今、出張講義をしながら大学の受験生をふやそうと一生懸命です。大学教師のプライドはかなぐり捨てています。それが当たり前ですから、これからはオフ・ザ・サイトで頑張らなければなりません。
5番目の「宣伝・広告・PR」は従来のマーケティングにもありますが、これも必要です。6番目は、「オーディエンス・マネージャー、ヴォランティア・支援者参加」です。支援者はたえず顧客サイド(需要サイド)から見た代弁者でなければいけない。この代弁者はいるのか、ということです。案内係や説明者はいるけれども、顧客の立場に立っている者はいるのか。それが、ヴォランティアの協力者です。なぜヴォランティアが良いかというと、彼らは「なぜ私がここでヴォランティアをやっていると思いますか。私はこの絵(催しもの)を見たときに感動し、これを毎日見たいから、やって来るのです。 」と、自らすすんで行動するのです。こうした人が自分の感動や経験を説明するのですから、すばらしいのです。
ヴォランティアをどれだけ持つことができるかということが、その博物館の大きな力になります。給料を払わなくてもいいのです。熱烈なるファン、代弁者です。休みの日にヴォランティアをやる人をどれだけ持っているか、ということが非常に大事なことになります。これは、人員開発・人員確保の問題でもあります。
7番目の「展示・表現方式とスタイル」は、科学博物館らしいというスタイル、この中で最近大事なことは、ディジタル・メディアをどう使うかということです。そして何よりも大事なのは「相互交流の場づくり」です。
それが、“コンテンツ・マーケティングからコンテクスト・マーケティングへ”という概念です。コンテンツ・マーケティングというのは、商品があり、サービスがあり、1つひとつの商品やサービスを、いかにして上手に相手に納得させながら売って、満足してもらうかという話です。その時代が終わりました。コンテンツはどこからでも出てきます。ミュージアムにはもともと、ものすごいコンテンツが収蔵されています。それらを組み合わせながら、テーマやコンセプトによって新しい経験を提供します。観客がやって来て、ミュージアム・サイドが出て行って、そこで新しいどういう輪ができるかが重要なのです。
本来は、社会や生活の中で結びついていた知識や知恵が、近代社会のなかで分断され、細分化され、そしてそれぞれが勝手に肥大していったのです。それが、今の科学への不信を呼ぶことになり、そして科学への無関心を生むことになりました。もう一度コンテクスト、つまり本来の場面に返してやらなければいけない。生活や社会のあるいは自然の場面こそが、そういう知識を新しく組み合わせ、新しい価値と意義とを生み出す文脈(コンテクスト)なのです。
「マーケティングとは?」と問われた私は、“関係づくりの社会的作法”だと言いました。もうひとつの定義をお話しましょう。マーケティングとは、新しいコンテクストをつくり、新しい意味と価値とを生み出すの働きのことです。それがマーケティングだと、あえて申し上げたい。
博物館とは何か。まさにそれこそコンテクストです。さまざまなものが組み合わされて、時間と空間の歴史的状況の中では決して一緒ではなかったかもしれないものを、組み合わせながら、まったく新しい意味づけや価値づけをしながら、人びとに驚きと楽しみを与えることができるのです。つまり、未来というのも、またそういうものです。だれもが知らない世界を、イメージとして汲み上げながら見せてやれるのです。それを、この科学博物館以外ではできないようなコンテクストとして創りだす。しかも、コンテクストに参加してくる人たちがいる、語り合う相手としてミュージアム側にも人材がいる。需要と供給とが、そこで結ばれます。
ビジネスも同じです。一つひとつの商品あるいはサービスというコンテンツだけで勝負をしようとするのは、もう既に終わってしまったのです。コンテンツだけで勝負をするというのは、単品だけでする勝負です。これは価格競争しかない。値段を下げるしかない。愚かなことです。いろいろな組み合わせ、新しい経験を約束するような、相乗的効用を持つような、どういう組み合わせができるだろうか、それが新しいマーケティングの課題です。今やマーケティングはコンテンツ・マーケティングからコンテクスト・マーケティングに代わろうとしているのです。
われわれは、コンテクストの中で生きているのです。社会と文化と生活というコンテクストの中で生きているのであって、真空状態で生きているのではありません。したがってコンテクストの中で生きているものは、コンテクストの中で組み合わされた知識と方法を必要としているのです。その学問が、まだ日本にはない。
とすると、博物館ならば、それこそがまさに学習する場、生活をする者、一般の人にとってのすばらしい経験の場であってほしいのです。本当にすばらしかったら終身会員になり、土曜日ごと、日曜日ごとに来る。奥さんを連れ、子どもを連れ、孫を連れてやって来るようになるでしょう。そのとき、ここは一種の教会です。
単に展示物の時代ではない。知識と情報ではない。いろいろなものが総合されたすばらしい場、経験の場づくりがコンテクスト・マーケティングということであって、単一の商品、単一のサービスで勝負しようとするのは、ビジネスの世界ですら今は成功しない。単一の商品、単一のサービスで勝負しようとすれば、当然のことながら価格競争になって、より安くしていって、売れば売るほど赤字にしかならない。それを補っていくのは何かというと、複合化され、あるいはシステム化され、新しい意味づけのできるような組み合わせができて、人にどんな喜びと楽しみと感動を与えるか、つまり経験提供へと移っていかなければなりません。今、マーケティングが教えるのはそういうことです。
何よりもまず、オーディエンスとのかかわり合いづくりから始めていただきたいのです。たぶんファン・クラブやメンバーシップ・クラブがあるだろうと思います。それをいろいろなふうに階層化し、差別化して、分けていかなければいけない。貢献度が違うのです。ある部分については、展示物やイベントなどに関する意見をいただくような集まりでなければなりません。
また私は、基礎研究をしなくていい、と言っているのではありません。日本に根本的に欠けていることは、まさに今科学が行われているところ、つまり科学的創造の場を見せることと、その科学が人々と結びつくところ、つまり社会生活との接点、ここが全くすっぽりと欠け落ちてしまっていることなのです。この分野を埋めようとする人こそ偉大なる科学者であり、偉大なる知識人であると私は思っています。
私は、科学啓蒙書で科学を学んできました。日本のものはほとんど読みません。専門的すぎて、難しいからです。プロとしてのストーリーテリングができておりません。プロとしての専門の理解ができておりません。反対に海外の科学ジャーナリストや評論家は、なぜ、あんなにすばらしいのだろうといつも思います。みんなPhDを持って、すばらしい。日本では、こうした科学の最先端についてストーリーテリングを行えるような専門家は、研究者のなり損ないだと思われている。そうではない。研究者では決してできないことを、社会に向かってやるのです。私たちにとって、研究者は、単にコンテンツ提供者にすぎない。
正直言って、ミュージアムの専従者は並な意味での専門家であられては困るのです。もっとすばらしい、人びとの科学的情報、知識、さまざまな体験への需要に対して、供給サイドをまとめながら新しいコンテクストをつくり、そこに新しい意味と価値を見いだしてやれる、その中から日本の未来が生まれていくもの、それがミュージアム専従者の仕事です。コツコツと朝から晩まで実験だけをしている者に日本の未来はつくれない。しかし、ミュージアムの専従者ならつくれる。ミュージアムの専従者が日本の人びとのサイエンス・マインドを高めることができるのです。
マーケティングは、一方で戦略があり、他方に戦術があるということをお話ししました。戦略こそ大事です。なぜなら、それは組織の未来を決めるからです。
(次号・最終回へつづく)
| 今回の掲載内容は、独立行政法人国立科学博物館(以下、科博)と(株)乃村工藝社による共同研究「博物館運営改善のためのマーケティング調査の方法論に関する研究」の一環として、平成16年1月に行われた井関氏のご講演を元に作成しております。この共同研究では、科博におけるターゲット・オーディエンスを把握することを目的としたインターネット調査・分析を行いました。 この研究結果についてのご意見・ご質問は、こちらまで。 (株)乃村工藝社:森 美樹 (miki_mori@nomurakougei.co.jp) 鈴木 和博 (kazuhiro_suzuki@nomurakougei.co.jp) |