【Cultivate Vol24 特集◎博物館の情報戦略】より
情報政策・情報戦略コンサルタント エリザベス・オルナ Elizabeth ORNA
プロフィール
インタビュー/高橋信裕
![]() |
| エリザベス・オルナ Elizabeth ORNA |
高橋――日本の「博物館」は、封建社会から市民社会に移行した1 9世紀後半に、欧米の制度や文物とともに導入されたものといわれています。もともと、日本人にはモノを収集し、得意がるという気風は、一部の好事家を除いてなかった文化で、伊達政宗という有名な大名の逸話にも、大切にしていた茶器を思わず落としそうになって、胆を冷やしてしまい、その心のあり様が、疎ましく思われ、大切な茶器を庭石に投げつけて、自ら壊してしまった、という話が残されています。 「マテリアル・カルチャー」 (物質文化)を精神文化より、一段低い位置に置くという日本人固有の考え方が、その底流にあると思われますが、2 1世紀の成熟した市民社会にあって、 「博物館の情報化」が世界的な規模のもとでなされつつある現在、遅れをとっている日本社会に対して、改めて西欧から博物館の情報力と有効性について、お話を伺いたいと思います。
オルナ――これには深い哲学的な違いがあると思います。物質的なものや文化より、 むしろ精神的なものに大きな価値をおくのは、賞賛すべきことだと思います。一方、社会には物質的な文化がありますから、その中では、ものを集めることが社会を反映した形としてスタディされています。そこからアイデアが発見され、いろいろな国の文化の中で重要な位置を占めてきており、知識の進歩を進める上での可能性を持っていると思います。国の文化の精神的な志向性と物質的な文化は、互いに相反するものではなく、同じ価値に根ざし、補完的な意味を持つものであってほしいと願っています。そこにこそ、日本において博物館が果たす役割があるのではないでしょうか。
イギリスと比べて興味深く思ったのは、他のコンピュータ技術の開発や発展においては、日本はリーダーシップを発揮しているのにもかかわらず、博物館で使われるデジタル技術はイギリスより遅れていることでした。イギリスの博物館には、デジタル技術の革新的な開発を経てきた経過があります。まだ準備段階にあるため、それらが実際、どのようになされているかの具体例はまだ示すことはできませんが、現在、情報技術を博物館の文脈の中でどのように位置付け、どのように活用するのかという問題と、IT技術にどのような意味を持たせ、活用するのかという点とが、統合されつつあります。すなわち、どのように技術や情報を博物館の文脈のように使うことで博物館のコレクションを最大限に活用できるのかという問題が、統合されつつあります。つまり、博物館以外にいる人たちがアクセスして知識を充実させていく上で役に立つ情報技術のあり方と、そのような情報技術に対して博物館のコレクションをいかにうまく活用するのかという問題が、別々のことではなく捉えられ始めているのです。
高橋――博物館の情報化は、世界的な潮流ですが、イギリスでは、博物館組織が、図書館や文書館といった隣接する機関とともに、情報戦略を共有化し、連携するなど、横断的な協力体制を敷いていると伺っています。ややもすれば、組織運営がそれぞれのグループ(機関)ごとに分立し縦割で行われがちな世界で、こうした実際的な連携がスムーズにいった背景と理由をお聞かせください。イギリスで博物館の情報化が進展していっている最大の理由の一つは、この連携とネットワーク体制にあると思います。
オルナ――理由として、縦割りの境界に対して、それを超えるものを作ろうというパイオニアのような人々が存在することが上げられます。それは、私がこれまで3
0年ほど博物館を観察してきた中でも、興味深いことです。博物館という文化の枠を超え、他の分野にも着目した先見の明のあった人々がいたのです。その人々が考えたのは、図書館やビジネスインフォメーションの世界においても、 お互いにインターアクションをすることの必要性でした。それを通じ、時間はかかりましたが、博物館や図書館といった枠組みを超えた理解を育むことができたのです。
それはまた、一方にいるシステムやテクノロジーの管理者と、他方にいる情報を管理する人たちとが、互いに協力しあわなくてはならないという認識に至ることでもありました。 それにはまず、組織として目的を成功させるために、情報をどのように活用するかを考えること。そうすれば、技術や情報を使ってどのように展開するかという戦略もうまくいくことでしょう。そこで大事なことは、必ず互いに理解をすることなのです。私たちの場合は、それが非常にうまく博物館の世界において展開することができ、結果として、博物館、図書館、情報システム、アーカイブなどが、将来、連携するよい基盤ができたのです。
高橋――日本も同じように博物館と図書館がそれぞれ協会を持っており、互いの連携が難しいという問題があります。それがスムーズに進むようなアドバイスはありませんか。
オルナ――私たちも、まさに同じような状況にあったのです。イギリスには図書館協会があり、それから勅許されたライブラリー・インフォメーション・プロフェッションという情報関係の専門家の協会があり、さらに博物館協会があります。公式なレベルでは、それらの間でまだ十分な交流はありません。トレーニングや専門教育においても、今はまだ、ライブラリーとインフォメーション、あるいはミュージアム相互の間で情報を入手するのが難しいのが現状です。
実は、来日の前にもそれに関る情報入手を試みたのですが、なかなか難しいものがありました。大学によっては教科コースでインフォメーション・サイエンスやインフォメーション・マネージメントの分野が得意なところもありますが、そこでもまたミュージアムの情報管理に対する情報の入手は、困難です。情報管理の原則について、ミュージアムの人たちについてインタビューすることすら、なかなか難しいものがあるのです。しかし、だからこそ、その現状を打破することに大きなチャンスがあると思うのです。
すでにいろいろな形での展開が始まっています。実際に、博物館や図書館、情報の専門家たちが、現場である職場において、互いにそのような展開を試みようとする動きが見られます。ですから、私からのアドバイスは、何か実際の行動を起こすことが大切だということです。ただ「こうやれ」といってもうまくいくことではありませんから、まずはいろんな組織やいろんな人々の協力をあおぎ、そこから始めるということが考えられると思います。
高橋――博物館には、一連の事業や活動を内部で支える専門職員としての「学芸員」がいます。彼等は、その職域の特殊性ゆえに、社会とはかけ離れた特別な存在と見られがちでした。しかし、博物館の情報化は、そうした博物館専門職員の成果を一般に普及させる役割をもつもので、その意味で今日、博物館の仕事は、社会性を高めるいい機会と状況に恵まれていると思います。では、博物館が提供する情報と現代社会が博物館に求めるニーズとの間にミスマッチは存在しないのでしょうか。あるとすれば、どこをどのように改善すればいいのでしょうか。
オルナ――確かに、指摘されるようなミスマッチはあるでしょう。歴史的にみても、学芸員というのは博物館の中で最もパワフルな人たちです。しかし実際には、自分の仕事の一部として、社会における博物館のニーズを検討したり、博物館にいらっしゃる人々が何を求めて来るのかを知るのは、自分の仕事であるとは考えていなかった人が大部分だと思います。多くの学芸員が、自分たちは専門的な知識を生かした仕事をしていればそれでよい、と思っていたことでしょう。ですから、学芸員が来館者のニーズを知ることの重要性に気付き、横断的な試みがなされるようになったのは、イギリスでも新しいアイデアなのです。
ここでひとつ、具体的な例をお話しましょう。私が講演の中でもお話した実際のプロジェクトであるヴィクトリア・アルバート・ミュージアムでのことです。たいへん規模の大きなプロジェクトで、進める過程で、ミュージアムにいるいろいろな種類の専門家、例えば情報分野や学芸員、システムや教育、広報などの関係者を、一堂に集めることが必要だということになりました。それに加え、専門知識を持っている外部のエキスパートや、ミュージアムやギャラリーを実際に利用している人たちの代表者の協力も仰ぎました。このようにして、関係各位の持っている強みを結集することで、新しいギャラリーのデザインをしていったのです。もちろん、最初は難しい作業でした。が、なぜ協力をしなくてはならないのか、だんだんと理解が生まれ、協力することの重要性に対しての理解も深まりました。それと同時に実際に利用する人々のニーズに対しても敏感になり、それを糧として、将来のさらなる活動を展開していこうとしています。今後は、この成果を、他のミュージアムにも反映できればよいと考えています。
高橋――ヴィクトリア・アルバート・ミュージアム(V&A Museum)のお話は、新館のことですか? は、イギリスのなかでも伝統と格式を誇る博物館でよく知られていますね。
オルナ――既存部分で、コレクションの中からディスプレイをしました。イギリスのアートやマテリアル・コレクションなど、全ての時代のものを展示する、インターアクティブなものにしようと試みたのです。来館者にいろいろな展示物を通して情報を示すことで、それらの情報の中から来館者が自分の知りたいことをインターアクティブに知っていただく場を設け、従来は受身的なものでありがちだった展示の場を、来館者がアクティブに関る場にしました。
そうした中で、ヴィクトリア・アルバート・ミュージアムの教育担当者や解説者とITの関係者との間で、興味深く生産的な闘争がありました。ITの関係者は、来館者に対して技術を提供することでインターアクティブなエキジビションをしようとする人たちです。
一方、教育担当者やインタープリターとしての解説者たちは、来館者に対して彼ら自身が決定できるように最大限の自由度を与えて利用していただこうと考え、それによって自分たちがどのようにインターアクティブなエキジビションをやっていくことができるかをIT関係者に考えて欲しいと思っています。ところがIT人たちは、技術を、ユーザーである来館者の経験をコントロールするものとして考えており、その二者の間にある種の闘いのようなものがありました。が、それも有益な経験だったと思います。そこから将来に対して得た教訓は、もっと来館者に対して自由な裁量を与えることと、何かを決定する一場面に来館者を巻きこむことの重要性です。その結果として、来館者の知りたいことや学びたいことに関っていきたいという考えに至ったことが、大きな教訓となっています。
![]() |
| 高橋信裕 Nobuhiro TAKAHASHI |
高橋――博物館が他の機関と異なる最大の特色は、そのコレクションの存在と運用にあると思われます。一般利用者にとって、博物館コレクションとの出会いは、展示の場以外に保障されていないのが実情でした。一般市民は、関心をもったコレクションの展示期間中にあわせて、博物館に足を運ぶという、受身の関係が普通であったと思います。今後、博物館がコレクションをデータベース化し、そのアーカイブスの成果をインターネット上で公開していくとすれば、博物館の存在は、ますます利用者にとって実体のないバーチャルな存在でよい、ということにもなりかねないように思われますが、どのようにお考えでしょうか。また、その一方で、バーチャルな環境では満足できない専門研究者らの実物へのアクセスを含めたアーカイブス利用のあり方については、どのように考え、取り組まれているでしょうか。
オルナ――それは二律背反するものだと思います。ただし、完全にペーパーレスなオフィスがないのと同じく、完全にバーチャルな博物館や図書館もないと考えています。これからは、博物館や図書館が現に持っている利点をどのように生かすかを考える必要があると思います。すばらしいテクノロジーや、人々が望む時に望む場所にアクセスできるということ、実際にミュージアムのいろんな場所にアクセスできることも大切でしょう。しかしながら、そのようにバーチャルな世界でアクセスできることも重要である一方で、博物館が根本的に成立しているのは、物理的な所蔵物や資料が存在することですから、それを破壊してはなりません。そこにこそ、存在意義があるのですから。技術によって、それらが侵されることがあってはならないのです。
これからは、その両者をどのようにまとめてベストの形で生かせるかを考えなくてはならないと思います。実際のミュージアムやギャラリーという場で技術を使っていく上で、どのようにしたら整合がとれるのかを考えなくてはならないと思います。 そして、時間や場所といった制約をも克服していきたいと思いますが、技術の使用をもって、博物館以外の外部の人たちに対しても、知識の集積庫としての博物館を生かしていただくことで、貢献していきたいと考えています。すでにある博物館で、実際のコレクションをデジタル化する前に、外部の人の専門知識を活用してやっているところもあり、それは有益な展開だと思います。ですから、将来は従来の博物館の役割と新たな技術の展開の二者が、ハーモニーをもってやっていって欲しいと思っています。
高橋――最後に、情報化社会の進展にともない、博物館に関わるコレクションのマネジメントが、今後ますます重要性を帯びてくるものと思われます。日本でも、政府主導のもとに「文化遺産オンライン構想」等が立ち上げられ、ブロードバンドを通じて国内の文化遺産の体系化と公開が進められつつありますが、その背景には、新しい情報ビジネスの創出によって市場経済が活性化することへの期待があります。イギリスでも国家規模のプロジェクトが進められていると聞いていますが、その内容と、これらの施策が、新しいビジネス市場とどのように有効に結びつき、市場を活性化させ、新たな社会を築いていくのか、そのビジョンをお聞かせください。
オルナ――イギリスでは、24時間ミュージアムやウェブサイトで国立博物館や国家的な資産の情報を流し、アクセスすることができるような新しい試みが行われつつあります。それがどのように市場経済に関連していくかは、まだ定かではありません。これによって新しい企業やビジネスの創出につながることもあるかもしれませんが、私はそのような抽象的なことではなく、むしろもっと実際的な問題にこそ関心をもって臨みたいと考えています。
高橋――ヨーロッパの事情がよく分かりました。オルナ先生のご活躍とご発展をお祈りし、インタビューを終わらせていただきます。ありがとうございました。
(通訳/重松美保)