【Cultivate Vol24 特集◎博物館の情報戦略】より

デジタルによる文化の集積が新たな 「引力」を創造する

京都市観光政策監 清水宏一 プロフィール
インタビュー/吉岡 伸



新たなビジネスを生むデジタルアーカイブ

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清水 宏一 Hirokazu SHIMIZU

吉岡――京都では、文化遺産に関するデジタルアーカイブの推進が、他の地域に先駆けて定着しています。清水さんは、この推進に深く関っていらっしゃいました。地域文化のデジタル化は、その地域に対してどのような効果を生み出すのでしょうか。

清水――我々がデジタルアーカイブの試みを始めたのは、今ある文化財や歴史、人々の記憶をデジタルで完全に保存できれば、百年後に役立つのではないかと思ったからでした。始めてみて分かったのは、今やっておかないと大変なことになる、ということです。戦後、我々の生活が大きく変わり、価値観のダイナミズムも変容し、昔から持っていた日本人の精神や歴史、伝統の重み、民族の誇りのようなものが、軽視され始めたことに気付いたのです。そのような文物をきちんと保存することが必要だと思いました。
  最初は、ハイビジョンなどの仕組みを使っての保存を考えましたが、 たいへんなコストがかかる。そこで知ったのが、デジタルアーカイブという仕組みでした。いざ始めてみると、装置はもちろんのこと、著作権のクリア、メタデータ作成など、やはり費用が多くかかり大変なことが分かりました。京都では、寺社仏閣が三〇〇〇余りあります。これを一つひとつやっていたのでは、とても追い付かない。そこで、これをひとつの運動として盛り上げようと考えるようになりました。
  それにはまず、自分たちが今までに貯めてきたものを発信して皆さんに見てもらい、 「これはすごい」という評価をいただくことが重要だと思ったのです。そこで、一生懸命、発信を始めましたが、そこでもまた、お金は誰が出すのか、場所はどこを使うのか、労力は誰が提供するのか、などの問題にぶつかりました。これは国や自治体にとっても重要な問題だから、そのようなところが負担すれば良いと思ったものの、国にも自治体にもお金はありません。それで、我々としては民間の志の良い資金を使ってやってみようと考えたのです。ただし、単なるメセナでは簡単にお金は集まりません。そこで「儲かる」 、 「儲ける」ということを言い始めました。もちろん、最初は儲かる自信はありませんでしたが、皆さんが応募して下さり、いろんなお金が集まってくると、本格的に儲かる事業をやらざるをえない状況になったのです。それで、無理やり始めたというのが正直なところです。
  そこではいくつか、 重大なことを発見しました。ひとつは、デジタル化すると、 「デジタル化権」という権利ができるということ。これはたいへん大きな権利として我々が手に入れることのできるものでした。もうひとつは、文化の集積が行われると、そこにいろいろな情報が集まってくることです。始めのうちは我々の方から文物を探しましたが、そのうち向こうから「こんなのはどうか」という提案が来るようになりました。物質が集まると重力が生じますが、重力は引力に結びつくからです。
 アーカイブは、まずは我々の手の内にあるものから始めようと、二条城の襖絵をデジタル化することから始まりました。 二条城は京都市の所有で、著作権の問題も簡単であり、重要文化財ということで大いにインパクトがありますが、インタラプション、すなわち阻害要因が無いからで、デジタルアーカイブの模範例としてプロジェクトを進めました。それをやるうち、多くの若い人たちが興味を持ち、やりたがっていることにも気付きました。また伝統産業の技術者たちも「これは面白い」と、関心を持つようになったのです。そして、大学、放送会社も一斉に同じような取り組みを始めました。
  すると、今度は、著作権で儲けることができると考える人たちが現れました。ひとつは、寺社仏閣にある古い彫刻や絵画の模擬作を作って儲けようとするビジネス、さらにはそれを建物の装飾等に転換するビジネス。もうひとつが、京都に昔からあったデザインに注目し、たとえば西陣織や友禅などのデザインを他に転用して新しい商品を作るビジネスなどです。プリンターの性能も目覚しく向上し、どんなものにも印刷できる技術も開発されていましたから、その中で新しい商品が生まれていきました。

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京都デジタルアーカイブ事業 公式サイト
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京の街頭風俗 荘陽(京都市歴史資料館)
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京の街頭風俗 荘陽(京都市歴史資料館)
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京の街頭風俗 荘陽(京都市歴史資料館)

吉岡――具体的には、地下鉄の車体にデジタルアーカイブの文様が使われたり、水着に昔の京都の衣装や文様のデザインが使われたりといったことをお聞きしています。

清水――今では、あらゆることに使われています。本山が持っておられるような縁起絵巻の模写を末寺全部に配布したりするというのも、大きなビジネスです。国宝の源氏物語絵巻を模写して、本物の表具師に表具させて一巻の巻物にしたり、昔のたった一枚の絵ハガキから大きな天井画を復元するなど、ひとつの技術がまた次の技術を生み、どんどん再生産されていきました。特に博物館や美術館が所蔵していて、ただ見るだけだった画像そのものに価値があるということが分かったのは、たいへん大きなことでした。その啓発を、我々がやったのです。 
  もうひとつは、それらをネットで配信して見せるビジネスも成立させました。そうした中で、これはとてつもなく大きな働きをしたのではないか、と最近になって気付いたことがあります。それは、京モノというブランドづくりです。今まで清水焼や西陣織、友禅は、そのものが有名な陶磁器と染織品でしたが、デジタルアーカイブすることにより、「京都の生産物」であること自体に大きな魅力とエネルギーを秘めていることが分かってきたのです。それは、京都が持つクリエイティブなコーディネート力で、仕掛人やプロデューサーの目利きに適うものでありえたということです。こういうものが美しい、こういうものがすごい、という目利きの鋭さが、このデジタルアーカイブを通して分かるようになり、美意識やこだわりといった人格形成にまで至る価値評価の面白みが分かりました。それが、ある種の輝きや雅び、そしてその対極のような「わび・さび」といったものにまで展開していくのです。
  目利き力は、数多くの文物を見比べることにより徐々に養われる地味な能力です。今までも美術館や博物館はたくさんの価値ある文物を収蔵していますが、誰もがその全てを見る機会はありませんでした。本物はなかなか表に出せなくても、画像でなら外に出せますし、長い時間に渡って多くの人々の目に触れさせることも可能です。今までは一日に十枚程度しか見ることができなかった絵画も、数百枚単位で見比べることが可能になりますから、短期間ですばらしい目利き能力を身につけることができます。またそれは、京都という地にかかわらず、どこでも出来ることです。人間が住み、自然があれば、その地に文化が育たぬはずはありません。どのような地域にも、必ず宝物があるのです。例えば地元の人々にとっては見なれた朽ちた根っこでも、 目利きのできる人が見れば、そこに新しい価値が発見されるかも知れません。
  今、国や地方自治体が、EガバメントとかEジャパンなどと言い出しています。電脳技術による行政改革です。しかし、電子申請や電子調達、電子投票、電子納税などとして進められつつある現在のIT活用方策は、従来から行なってきた事務処理をそのまま電算化するだけのことで、単なるコンピュータ処理でしかありません。企業活動にE−ビジネスが加わったために起きたのは、仲卸業が消える「中抜き現象」でした。それまでのピラミッド型のヒエラルキーが消えて、円盤状の世界となり、モノとカネが、上から下へ、下から上への階層的流れから、中心から外へ、外から中心への直接的流れに変わったからです。社会の仕組みがこのような流れを辿ったのですから、 行政の仕組みが変わらないわけがありません。国があって都道府県があり市町村があるという現在の枠組みは、やがて「中抜き現象」が起きて都道府県が消え去り、国と市町村の直接関係になるのは目に見えています。
  そうなると、中央はともかく、地域は何をやるのか、という問題が出てきます。各地域が持つ魅力をいつまでも光り輝かせるには、地域が独自のコンテンツを持たなくてはなりません。それを成し遂げるのが、 デジタル革命の本質だと思います。

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源氏物語車争図屏風1 作者不詳(京都市歴史資料館)



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