【Cultivate Vol24 特集◎博物館の情報戦略】より

デジタルによる文化の集積が新たな 「引力」を創造する

京都市観光政策監 清水宏一 プロフィール
インタビュー/吉岡 伸



デジタルアーカイブが広げる新たな世界

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吉岡 伸 Shin YOSHIOKA

吉岡――一般の市民が持っている知識やデータのアーカイブ化については、いかがでしょうか。

清水――人文というのは、特殊な一部の学者のものではなく、人々の集合体です。我々の社会は、常に安心・安全を考えなくてはなりませんが、それに対してデジタルアーカイブの果たす役割は大きいのです。文化財はともすれば焼失することもありますから、今ある文物をきちんと記録保存することもそのひとつです。ちゃんとした記録があれば、また修復や復元するのも可能です。しかも、デジタルアーカイブされたものは、コピーではなくて本物、すなわちクローンなのです。それも重要な点ですね。

吉岡――京都の博物館では、デジタルアーカイブの整備によって何か具体的な効果はありましたか?

清水――私たちの根本は、美術館や博物館と同じく文化の保存の思想です。実態保存に対して、我々はデジタルで保存するだけの違いです。我々がやったのは、博物館や美術館に収蔵されているものが、いかに人類にとって重要であるのかを世の中に知らしめすことでした。今後の博物館や美術館に対し、このような方法で記録保存していくことが可能であるという道筋を示し、方策を示したに過ぎません。
  今、京都では博物館や美術館の連合体ができています。そこを中心にデジタルアーカイブ化することが、いよいよ検討されています。美術館や博物館で元となるものを作り、それを全てデジタル化しようとしています。 その大掛かりな仕掛けが、総務省と文化庁で始めた文化遺産オンライン構想です。そのような動きも、我々がやってきた活動が実を結んだことと思っています。
  また、今までの学芸員は、どちらかというと現物保存には関心がありましたが、デジタルに関しては消極的でした。ですが、今後はデジタルに関しても強くなっておかなければいけないということを知らしめたのも、我々の活動の大きな成果でした。

吉岡――デジタルアーカイブは収蔵品の二次的な利活用を拡大しますし、ITは博物館の活動やメッセージを遠くに飛ばせ、とても効果的です。

清水――デジタル化することで、今まで現物を見ても分からなかったことが読み取れるようになるのです。他のものと簡単に対比できますから、考古学において新しい分野を開くと思います。それをオンライン化すれば、さらに面白いことが起きると思います。デジタルの一番すごいところは、実は、検索機能なのです。デジタル化すると、巨大なデータベースからでも、正確にピンポイントで見つけることができるようになる。これは、今後の博物館を変えていくでしょう。これまで何十人もの専門家を一堂に集めて議論していたのが、担当者ひとりで可能になる。これは、博物学においてセンセーションを引き起こすでしょう。

吉岡――データベースの基礎的な情報の入力は、今後も学芸員が担うべき役割です。一般の人が使いやすいインターフェイスの構築が重要ですね。

清水――デジタルアーカイブで一番難しいのは、メタデータの付与なのです。これの上手下手で、検索が全然違う。ですから、作成にはベテランの学芸員の力が必要です。京都の場合、一番役に立ったのは、実は老人力でした。例えば、応仁の乱以来、全市焼失がない京都の家々には、かなり古い写真が残っていて、それらを集めた時に一番大事な仕事は、いつ頃、どこで撮られた何の写真なのかを判定することでした。それが出来るのは、老人だけなのです。京都は特に老人が多いですから、その力をうまく結集した例としては、大成功だったと思います。ですから、これからは博物館や美術館のベテラン学芸員こそが、デジタルアーカイブの主体となり得るのです。デジタル化は、そのような人々に対して敵対するものではなく、魅力を生かす最大の方法なのです。機器の操作は若手にやってもらえばよいのです。

「Being」時代のデジタルアーカイブ活用法

吉岡――博物館のデジタル化は、これからの京都の観光にどのように寄与するのでしょうか。

清水――私は現在、観光政策監として京都観光振興の任を負う立場にあります。デジタルアーカイブの活用で今まで残されていたのが、観光に対する部分でした。ですが、京都はすでにデジタルアーカイブを使っての観光振興に成功しています。昨年NHKで放映された『新選組』のせいもあって京都がブームになっていますが、その前に、東京の出版社が刊行物のネタに困っていた時、こぞって京都の特集を組みました。その時に、私たちのアーカイブ手法を活用して、若手が写真の配信を行ったのです。アマチュアの写真や著作権をクリアしたものなどで、一括で使用料をもらう仕組みです。すると、編集者は京都まで取材に来る必要がなくなり、京都から送られたワンソースをマルチユースすることになりました。それは我々の大きなビジネスになったとともに、京都ブームをも生み出したのです。 『新選組』の時もそうでしたが、来年の『義経』のフォトCDも作っています。 これは一定の制限の元で自由に使えますから、許可さえとれば出版物にも使えます。これは、デジタルだからこそできる京都の何よりの宣伝なのです。もっと進めれば、ホームページから全部取れるようになるでしょう。
  また、その過程で、観光にとって博物館や美術館がたいへん大きな存在だということにも気づきました。海外に行けば、まず博物館や美術館に行きますよね。京都でも同様なのです。それと、もうひとつ、観光の質が変わってきているということにも気付きました。今までの物見遊山から、これからは「3T」がキーワードになる。滞在型、体験型、着地型という意味です。まず、観光客には何日も滞在してもらってあちらこちらに行っていただき、清水焼や西陣織を体験して楽しんでいただく。そして着地点として、受けいれる地域が自分たちの良さに気付いて進んでアピールし、観光客に来ていただくことです。
  これらの変化は、戦後、先進国の人々の生活観が、お金やものを持つことをひたすらに求めていた「Having」を価値観とする時代から、高度成長期を経て生活が豊かになり、旅行やスポーツ、趣味などを自分の体験として積極的に行なう「Doing」の時代を経て、二〇〇〇年以降は、自分の生き方に疑問を持ち始め、自らの存在意義を問う「Being」の時代になってきているからです。心の世紀や教育の世紀と言われるのも、その現れです。観光も、それと全く同じ価値観の変遷を辿っていますし、少し前から取り沙汰されている「スローライフ」とか「スローフード」という運動もその現われです。
  今後の観光は、ひとつのものに対する「こだわり」を示すようになるでしょう。良いもの、美味しいものを識別するため、そこでまた目利きが大切になります。京都には古い寺社仏閣や、本山、家元などがあり、人々は昔から「しつらい」と「格式」、「作法」を大切にしてきました。しつらいは時宜に適った設定で、格式は定められた順番、作法はその場に合ったもてなしでしょうか。それらの大事さが今、あらためて問われるようになっています。

吉岡――しつらいや格式、作法、わび・さびなどは抽象的な部分が大きくて、デジタルアーカイブではなかなか残しにくいものでもありますね。

清水――デジタルの世界は、ちょっと渇いていますね。ですから、そこに何とか湿り気を与えたいというのが、私の夢です。侘び・さびなどは時節とその場の雰囲気とが重要ですし、何よりそこで誰に会うかが大事です。人間が介在しないと、意味がないものが多いのです。ですから、最終的には、人間を中心とするアナログの世界に帰って来るような気がしています。そして、原典に帰って来るための素材をたくさん残しておくことが、博物館や美術館の役割なのです。
  デジタルアーカイブでも同様ですが、文物の収集や保存にあたっては、その時々の価値観でものを見たり、判断してはなりません。今撮った写真は、我々にとっては大した価値がないかもしれませんが、一〇〇年後には、とても大事な記録として大きな価値を持つようになるでしょう。学芸員は、ユニバーサルというか、長くもつ価値観、言い換えればサスティナブルな視点で文物を把握することが必要だと思います。それには、今はとにかく何でもデジタルアーカイブしておくことが、必要だと考えています。




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