【Cultivate Vol25 特集◎博覧会の意味】より

地域を見つめるミクロな視点が豊かな文化をつくる

名古屋大学文学研究科教授 社会学博士 和崎春日 プロフィール
インタビュー/高橋信裕



市民主導が変える地球環境

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アフリカ共同館の展示風景
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パビリオン前広場のライブ風景

高橋―今回の「愛・地球博」では、環境が大きなテーマになっていて、展示も先端技術をメインにしたものと、「アフリカ館」のように人間的な触れ合いや文化といったことを前面に出しているものとの両極端になっているように思います。和崎さんは計画段階から今回の博覧会に関わられていますが、今回の特徴をどのようにご覧になっていますか。

和崎―今回の博覧会では、地元の人々が非常にアクティブに活動に参加しています。また、ローカルでなければ本当の意味での普遍性は出て来ないわけです。地元の人々がローカル性を出して、文化は違っていても通じ合えるものを見出していく。そういうことがないと、万たる国々や民族性を繋ぐユニバーサルな意識や感覚は出ないと思います。そういう意味では、今回は全国のNGOやNPO、市民団体もたくさん関わっていますが、地元の名古屋周辺の人たちが随分博覧会を盛り上げていると思います。最初は、盛り上がり方も名古屋中心でしたが、徐々に「愛・地球博」も全国的に浸透して、中部圏に住んでいない人が足を運ぶ頻度も増えているようで安心しています。博覧会協会としても予想を上回る入場者があり、喜んでいるようですね。

高橋―計画当初は地元からの反対もあったようですが、地元が盛り上がる気運の転機になった出来事はありますか。

和崎―反対が多かったのは、やはり自然破壊のためです。今回の博覧会は、これまでの20世紀型の博覧会のように、大量の資本を導入して森を開拓し、パビリオンをつくるというのではないということが、NGO、NPO、市民団体の方々と対話をしていくなかで、だんだんと認められたんだと思います。それに、自分たちの意見が反映されて、形として見えてくるということも大きかったと思います。博覧会とはひとつの舞台で、その舞台に自分も登れるということが見えてくるのは大事です。いままでの博覧会のように閉じているのではなく、いろんな地域のエネルギーと結びつこうと努力をしてきたことが、いまの盛り上がりに繋がったのだと思います。

高橋―和崎さんは、先日行われた「地球平和フォーラム」にも関わられたということですが、これはどのような内容なのでしょうか。

和崎―フォーラムのちょうど50年前の7月9日に「ラッセル・アインシュタイン宣言」が発表されました。当時は、米ソの冷戦構造のもと、世界の全ての問題が二大国の意向によって決められていました。これに対し、湯川博士を含めた当時のノーベル賞受賞者が集まり、こうした状況に警鐘を鳴らしたのが「ラッセル・アインシュタイン宣言」で、これが核戦争を回避する大きな力になりました。その50年後に、市民が中心になってもう一度、地球の環境や平和を考えようということでフォーラムを計画したんです。市民主導ということで、全国からもたくさんのNGO、NPO、市民団体に協力頂いて、市民エネルギーでフォーラムは大変盛り上がりました。

高橋―市民の力で地球の環境や平和の問題を変えていくということですね。

和崎―最初に、名古屋の経済界、政治界、学会などの代表者と市民の代表が集まって、誰を呼ぶかということについて議論がありました。国連からは、緒方貞子さんと前の国連の環境部会長で環境問題の世界的権威であるモーリス・ストロングさん。アジアの代表は、中国の全国人民代表者会議の環境委員長の曲格平さん。そして日本の世界宗教者会議の代表であり、カトリックの枢機卿の白柳誠一さん。彼には世界の様々な宗教とヨーロッパの視点を代表していただきました。もう一人がアフリカを代表して、AUの委員長であるウマール・コナレさんです。残念ながら、彼は今回G8のスケジュールの関係で参加出来ませんでした。
 僕は実行委員として参加したんですが、企画の段階から市民に情報を発信し、意見を採り入れて起草文をつくりました。今回は全国から二〇〇くらいの市民団体が万博の運営に参加していますが、彼らとも一年も前から、準備のための勉強会を行いました。フォーラムは、名古屋の地場性が出て、非常に有意義なものになったと思います。やはり人間のエネルギーを集約して新しいものをつくるためには、場所性、地域への愛着が大きな力になります。そうしないと本当の意味で、インターナショナルやインターエスニックなものは出来ないんです。いまはインターネットを利用して、世界中の市民団体に情報を発信する準備を進めています。

ミクロの視点から世界をみる

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アフリカ共同館の展示風景

高橋―今年は「アフリカ零年」とも言われ、先日のG8でもアフリカの問題が主要な議題になるなど、アフリカ的なものに全世界の関心が集まっていますね。

和崎―経済、政治的には、西アフリカのナイジェリアを中心とした海岸沿いの油田が発見されてから、その採掘権をめぐって世界的に関心が高まっています。パリから旧仏領のカメルーンに入るエール・フランスに乗っても、昔はほとんどフランス語しか聞こえませんでしたが、いまはアメリカの石油関係の技術者の姿をよく見かけます。イスラム、アラブ地域の政治状況がこれだけ厳しいですから、エネルギー確保のために各国がアフリカに注目しています。アフリカを植民地化した歴史のあるヨーロッパの国にとっては、植民地時代からの太いパイプもあるので進出し易いんですね。
 日本との関係で言えば、日本はいま国連の常任理事国入りを目指していますが、AU(アフリカン・ユニオン)の加盟国が50カ国あって、ここがキャスティング・ボードを握っていますので、アフリカに対する政治的な関心が高まっています。貿易では、コーヒーやカカオの他にも、いまは日本で消費されるタコの大部分はアフリカから輸入しています。貿易量が増えるに従って、電車に乗ってもアフリカ英語がしょっちゅう聞こえますし、肌の黒い人がフランス語を話しているのもよく見かけます。彼らはみんなアフリカから来ている人です。日本からも、観光やビジネスでアフリカを訪れる人が増えているようです。

高橋―日本でも、NGOやNPOなどが飢餓に苦しむアフリカの国々に、食料援助するなど、市民レベルでもアフリカが抱える問題への関心が高まっています。

和崎―いまアフリカが直面している、環境破壊や飢饉、HIVを初めとする病疫、そして宗教や内戦の問題などは、アフリカだけの問題ではなく、地球規模で取り組まなければならない問題です。こうした問題を放置すれば、世界中にその影響が及びます。そして犠牲になるのは、いつも老人や子ども、女性などの弱者です。
 いまの問題の原因はアフリカだけにあるのかというと、そうじゃない。もともとはアフリカを植民地化したヨーロッパの国々が自国の経済利益のためだけに、勝手に国境を線引きして決めたことにも大きな原因があります。国境をまたいで生活していた民族が国境で分断され民族のパワー・バランスが崩れたために、起こった紛争も多いんです。そして、民族や宗教問題だけでなく、アフリカ内の南北間の経済格差も紛争の原因になっています。例えば、スーダンの紛争は、一般的にはアラブ系の北スーダンと南のアフリカ系黒人のスーダン人の対立と言われていますが、実は違います。それは民族や宗教というよりは、北と南の経済格差の問題なんです。北スーダンはイギリスの植民地だった関係もあり、昔から綿花の栽培が盛んで経済的にも発展しましたが、南スーダンは取り残されたままになっていました。その不満が紛争の引き金になっている。アフリカの問題はアフリカだけの問題ではなく、原因も影響も全て世界と繋がっているんです。

高橋―先日のサミットやG8でも、アフリカの問題が主要な議題になっていました。

和崎―今回のG8では、いわゆる先進国がアフリカの債務を帳消しにするかどうかが大きな議題でした。しかし、もとはと言えばそれらの国がアフリカに押しつけた植民地化や奴隷制などの矛盾がいまのアフリカの債務を生み出している。奴隷貿易では、アフリカの全労働者人口の4分の1が失われたんです。それを考えると、むしろ債権を持っているのはアフリカの社会で、北半球の国々が債務を負っているとも言えるんです。そうした構造がいまのアフリカの問題を起こしているということを我々はどこかで知ってないといけない。そのためには全体をマクロの視点で見るのではなく、人間の生きるローカルな地点から、ミクロの視点から見るということが大切なんです。

高橋―我々もアフリカの話題というとニュースで見るくらいで、あまり現実の問題としては考えていませんし、本当のところはなにも分かっていないのかもしれません。

和崎―ちょうど僕がアフリカ共同館にいる時にも、どうしてアフリカは飢饉が多いかということをアフリカ人スタッフが質問されて、通訳をしました。いまから三代くらい前の牧畜民は、乾季と雨季のあいだに数千キロ、国を三つまたぐくらいの距離を移動していたんです。ところが植民地化以降、ヨーロッパ諸国の論理で国境が決められると、移動が制限されるようになりました。大きな空間を移動することで環境破壊や飢饉を防いできた乾燥社会のローカルな知恵があったのに、それを無視して、一方的な国家の論理でお金を援助するから定住しろと言っても生きてはいけないんです。地域には地域にあった生き方があるわけです。植民地化と国民国家という近代の論理を押しつけて移動が出来なくなれば、生態系が壊れて、飢饉が起こるのが当たり前なんです。乾燥地を生きる論理とは、北半球の定住社会が考えているようなものとは違うということを知らない。それを一方的に押しつけた悪影響が、いま出ているんです。

高橋―今回の博覧会は、ある意味本当のローカルなアフリカを知ってもらういいきっかけにはなりますね。

和崎―そうですね。一般にアフリカと言っても、例えばカメルーンのなかだけでも65の民族と言語があって、65の全く違った文化があるわけです。我々は遠いアフリカ全体をひとつのラベルとしてしか認識していないけど、人間が生きているのはラベルなどとは関係のない、非常にローカルな現実世界です。そして、そのローカルな現実世界を生きる力がないと、人とは繋がり得ないんです。エゴとは人間が生ききる力で、人と人が繋がるためにはエゴが前面に出るんです。しかし、決してエゴイズムになってはいけない。イズムにならないように、エゴとエゴをすり合わせて、なんとか繋がるものを見出していかないといけない。自分が立っている場所、そのローカル性やトポス性、場所性がなければ普遍性は生まれないんです。
 そのためには、一対一の人と人として、ピープル・トゥ・ピープルの民衆的なコミュニケーションの在り方が大事になります。アフリカ館で働くスーダンから来ているおじさんが、昔はもっと移動出来たが、植民地化で国境が出来たためにいまは出来なくなったということを説明するわけです。すると地元のおじちゃん、おばちゃんも日本は特にアフリカには悪いことをしてないけど、北側の国のひとつだからどこか責任はあるかもしれない、と自分の問題として感じる。そういった人と人の交流、ローカル・レベルのコミュニケーションが今回の博覧会では行われていると感じます。




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