【Cultivate Vol25 特集◎博覧会の意味】より

地域を見つめるミクロな視点が豊かな文化をつくる

名古屋大学文学研究科教授 社会学博士 和崎春日 プロフィール
インタビュー/高橋信裕



質の高いモノづくりが豊かな社会をつくる

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ケニア共和国展示ブース
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ガボン共和国展示ブース
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アンゴラ国展示ブース

高橋―日本にとってはまだアフリカは遠い国々という印象が強いですが、そのアフリカから次の時代のために学ぶべきものとはなんでしょうか。

和崎―必ず繋がっているということです。現在のアフリカの飢饉や砂漠化にしても、歴史的にたどれば欧米の植民地化の結果です。国民国家の構造が移動・牧畜社会が守ってきた環境・自然との共生関係を壊してしまった。これはヨーロッパの文化がアフリカの文化の良い点を壊してしまったという悪い例です。文化とはひとつの地域に限定されるものでなく、常に他の地域と結びついている。豊かな文化ほど別の地域の文化に影響を与え、形を変えて広がっていきます。
 例えば、カメルーン中部のバムーンという民族が着るジュンバという刺繍をした白い服があります。日本に帰って、北アフリカの衣服文化を調べてみると、北アフリカにはジュッバというアラブの服があるんです。すると、この服は北アフリカからサハラを経由して伝播したということが分かるんです。ヨーロッパ近代が生まれる前は、天文学、数学もそうですが、イスラム・アラブ世界の方が先進国だったんです。当時はヨーロッパの国も、みんなアラブ世界から学んだわけです。
 この衣服はヨーロッパにも伝わっています。ジュッバがイベリア半島のスペイン、ポルトガルに入るともう少し形態が変わりジュバングという衣装になる。それが南蛮渡来で日本に来て襦袢になりました。フランスに入ると、それがジュボンという下に履くものになって、日本に来てズボンになる。そういうふうに地球上の文化は全部繋がっているという感覚が大切です。アフリカにも中国や台湾の陶磁器文化の影響がたくさん見られます。マダガスカル島の言語は、台湾の言語に最も近いと言われます。これは台湾、フィリピンから海洋ルートを経由してアジア系の言語が伝播したんです。実際に人々が生きているのは、ひとつのローカルでオリジナルな地域性のなかですが、それは常に他者によって支えられているということを認識することが大切です。それが新しい連帯や連携を生み出すのだと思います。

高橋―僕らは豊かな社会に生きていると思っていますが、アフリカの人たちを見ていると、実はある意味貧困のなかにいるのではないかと感じることがあります。経済的には貧しいのに、なぜあれだけ明るく生きられるのか。本当の豊かさとはなにかということを考えさせられます。

和崎―日本では、ティッシュペーパーを遊びで、無駄使いしている子どもを眼にすることがあります。僕らの世代はちり紙も新聞と交換していた時代で、紙が比較的高価でした。いまの日本は物量は増えましたが、モノの意味や価値がなくなっているのだと思います。モノの意味が全部漂白されて、ただ消費されるという意味しかない。モノが横に流通するだけでは、モノは土地に根づかないし、土地の意味をすくえないんです。
 アフリカにはいろんな牧畜民がいて、彼らは牛と共に生活しています。肉や乳は食料になりますし、牛の血を牛乳と混ぜてヨーグルトのように発酵させて飲めばビタミンも補給出来ます。キャンプは牛糞と枝を混ぜてつくりますし、牛糞は燃料としても使われます。牛の皮からは、衣服や袋などがつくられます。日常の経済的な生活の価値は、全て牛から生まれているんです。社会的な関係をつくるためにも、牛は使われます。例えば牧畜生活をしている家族が、自然環境が変わり生活が厳しくなった時は、他の一族や他の民族とも交流しなければいけないんです。そういう時にはどうするかというと、お互いに相手の牛の血を飲み合うわけです。そうして血の繋がらないもの同士が血盟関係をつくって、協力して厳しい自然環境を乗り越えていく。牛は、他者性を自己に転換する装置になっているんです。結婚でも牛の交換がなければ成り立ちません。
 家族集団の関係に歪みや葛藤が生じた時にも牛は使われます。例えば一家の主が遠くへ牛を買いに出掛ける時には、一年間家族のもとに戻らないこともあります。そうした時には奥さんは、心理的、性的な不満をどうやって解消するかというと、それはご主人の未婚の弟がそれを癒していいんです。それは決して公言されませんし、奨励はされませんが、それは致し方ないとされているんです。しかし慰める時は、ご主人の牛の皮を夜の褥に敷かなければならない。そうすることで弟は、主人の人格に替わって家族の葛藤を鎮めるわけです。牛は生まれたらすぐに名前がつけられますが、人間は生まれてから一年は名前がつかないで、一年後の命名式の時に牛から名前をもらうんです。人間に命を吹き込むのも牛なんですね。

高橋―牛と人間の名前が同じなんですか。

和崎―牛から命をもらったんですから、当然その牛には愛着が生まれます。しかし、牛の方が早く死にますから、これは自分の死をも意味します。すると、死んだ牛と同じ模様の牛をどこからか持ってくるわけです。すると牛を盗られた方は、自分の命を失うことになるので、取り返しに行く。そうして争いが始まるんです。調停するのにはどうするかというと、部族のなかの戦士が自分の牛を殺して、その皮をなめした平和の旗を持って相手の部族と交渉に行く。平和をつくり出すのにも牛が使われるんです。ひとつのモノが地域の社会、経済、政治、法、倫理、アイデンティティの全てをつくり出すんです。だからモノは貴いし、もったいないのです。豊かさとはそういうことで、モノには文化をつくり出す力があるんです。牧畜民はそういう創造力を持っているんですね。
 いまはモノの価値がすべてお金に換算されていますが、大事なのはいかにモノが意味や文化をつくり出しているかということです。それが社会の豊かさの指標なのです。モノの量の豊かさではなく、モノの質の豊かさ。アフリカ共同館は、それを発見するいい機会になると思います。

高橋―ありがとうございました。




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