【Cultivate Vol26 特集◎都市と文化環境】より

文化政策を組み込んだ地域経済モデルづくりが、新しい都市像を創る

長崎県政策調整局都市再整備推進課長(参事監) 藤 泉 プロフィール
インタビュー/編集部



文化と観光の一体化でミュージアム・シティをつくる

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長崎県美術館正面外観
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ギャラリー棟と運河に架かる美術館棟への橋の回廊

―――観光というお客さんの視点と、市民の視点の両方を統合してまちづくりを展開するという難しい仕組みにチャレンジされていますが、実際にはどういうイメージで進められたのでしょうか。

― ひとつには、私の所属する都市再整備推進課というのは、課自体は実は美術館と博物館をつくる仕事しかありません。ただそこには、まちづくりの視点で両館をつくるというひとつの哲学的な意味合いがあって、そういう視点で取り組むということを明確にした課名だと思います。
 では、まちづくりのなかでどうやってつくっていくのか。構想段階では、周辺地域と一体化した建物にしたいということがひとつありました。それと観光の拠点となる施設にする。いわゆる観光施設、集客施設になるようなものにしようと。それと長崎に来た人たちが美術なり、歴史に親しむような館づくりをしようと。
 ここの館に来てもらって勉強してもらったら、まちのなかに出ていきたい、県内をまわりたい、というふうに思えるような館にしたい。それがミュージアムがまちに息づいていくことになるのではないか。そのような視点をどう構想、設計、運営のなかに入れていくか、ということで取り組んできました。ですから都市再整備推進課というストレートな名前が、我々の館づくりの基本的なコンセプトだと思います。
 それは、極端に言いますとミュージアム・シティみたいな発想だと思います。運営についてもそうですし、ここの展示を見ていただくと長崎のまちのいろんなことがわかってくるという仕組みにしております。そういう意味では新しい視点の博物館だと言えると思います。
 美術館のほうは開かれた美術館と称して、建物自体にみなさんが気軽に来れる。そのなかでなにかやっているので見ていこうか、という形にできるようにしたいということで、美術館のなかでいろんなイベントもやっていますし、コンサートも定期的にやっています。まちのなかの都市機能のひとつとして、美術館、博物館を位置づけている。それによって地域経済のフレームのなかにきちんと入っていくということが、新しい視点の美術館、博物館ということになると思います。

―――文化が地域経済に活力をあたえるということですね。

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ギャラリー棟エントランスロビー
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美術館棟側から橋の回廊とカフェを見る

― 大事なのは、美術館、博物館を単なる文化施設という位置づけではなく、地域経済モデルのなかにきちんと組み込んでいくことだと思います。そこにいろんな仕掛けがでてくるんじゃないかと思います。私は「我々は地域経済モデルのなかにどう組み込むかという視点で、この博物館を考えますよ」「乃村工藝社さんは、新しいビジネスモデルとして、博物館運営をどう組み立てるか考えてください」と指定管理者に話してます。このふたつの視点でやることによって新しい博物館像というのが出来上がってくる。これはいままでの日本にはないシステムだと思います。

―――そのちょうど要のところに藤さんがいる。そういうポジション自体新しいですね。

― 大事なことは政策の意思決定が明確であるということです。金子原二郎知事が知事部局で、美術館、博物館をふたつ一緒につくれという指示をした。まちづくりの視点で短期間に、しかもコストを縮減してつくれと。指示は非常に明確だと思います。それに対して具体的な方法をつくりあげるのが我々の仕事です。
 我々は行政マンですから、行政施策の大きな視点から取り組んでいます。学芸員の重要性は認識していますが、それは一分野という視点でやっています。そういう意味では、いままでの学芸員も殻を外さなければいけないので、きついところがあったと思います。
 2001年4月に課が発足し、1ヶ月間で他県の情報を全部調べました。法律がどういう経過をたどってきたのかなど、かなり勉強しました。当時、日本博物館協会が博物館の在り方という検討をしますが、そういう資料も手に入れて勉強いたしました。そのなかで非常に気になったのは、私立の美術館、特にデパート系がどんどん廃館になっている。企業もコレクションをしてつくった博物館をどんどん廃止している。私は日本の博物館や美術館が宝物を展示することに主眼を置いているから、そうなっていくんじゃないかなと感じています。それをどうやったら博物館が生き延びていくのかということを考えると、やはり例えばデパートや駅、病院、図書館、公民館などと同じようにまちの機能として活かしていく発想にしていかないと、なかなか難しいんじゃないかという危機感を抱きました。  私はそれに果敢に挑戦したい。なにか長崎で新しいモデルができないかと。それからいろんな議論や辛いこと、厳しいこともありましたが、ようやく姿になりつつあるのかな、と思ってます。

ミュージアムが地域の新たな産業を興す

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ギャラリー棟屋上庭園
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屋上庭園の眼下に広がる長崎水辺の森公園
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広域避難所を兼ねる水辺の森公園

―――地域の経済もそうですが、ミュージアムを使ってどのように人材づくりに活用していくのかという点でもなにか新しいことができそうですね。

― 人とモノですよね。私たちが、この博物館、美術館に期待してるのは、ここから新しい産業が興ってくるようなことが考えられないだろうか、ということです。切り口のひとつはデザインだと思います。博物館も歴史といえども、やはりデザインというのが流れとしてありますので、そういうデザインを中心として、ここからモノができていかないかな、と。というのは、県内の人たちがここからヒントを得たり、勉強をしながら産業としていろんなものを起こしていけないかという視点があります。それと人的には、長崎大学には文学部がないんです。経済学部と教育学部、環境科学部、医学部、歯学部、薬学部、水産学部、工学部です。文学部がないということで、ひとつはこの地域の歴史というものがきちんと検証されず研究が薄くなっているんじゃないかと思っています。地域学として「長崎学」というのがあるんですが、これを勉強しようとしている人は多分、地域学のなかでは日本全国でも一番多いんじゃないかと思います。
 そのギャップを補い、コーディネートする機能がこの館に必要ではないのかと思っています。そういう意味では、指定管理者のなかにいろんな優秀なスタッフが入ってきましたので、この人たちがコーディネート、調査、研究することで、県内の研究している人たちのバック・アップにもなるし、全国で研究している人たちがここに目を向ける要素にもなっていくんじゃないか。そのなかで人材も自ずと育っていくシステムになるんじゃないかと思っています。そういう意味では、長崎歴史文化研究所を立ち上げていただいたので、それに大いに期待しています。

―――来年開催される「さるく博」の主体はどちらになりますか。

― 長崎市が事業主体です。今年4月23日に美術館がオープンし、博物館は11月3日にオープンしました。そして、出島の復元の全体像が出てくるのが、来年の3月です。もうひとつは、港の入り口に女神大橋というベイブリッジみたいな橋が架かっていまして、これが今年12月に開通します。そのような素材が揃うので、改めて長崎のまちを見直して、歩いて回ろうじゃないかというイベントです。それを「さるく博」という形でやって、みなさんにまちを楽しんでもらう。それによってまちをもう一度見直すという仕掛けなんです。これは非常に大事なことではないかと思います。  博覧会という名前がついてますから、みなさんほかの博覧会のようになにかパビリオンがあってと思うかもしれませんが、まち自体がすべて博覧会会場だという位置づけで、そのなかで核になるポイントがいくつかある。そこでみなさんに長崎を楽しんでいただくというのが今度の狙いだと思います。そういうものが連動していくことによって、まさにミュージアム・シティ長崎というのが、形づくられていくんじゃないかと思います。

―――ありがとうございました。




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