【Cultivate Vol26 特集◎都市と文化環境】より
金沢市助役・金沢芸術創造財団理事長 蓑 豊
プロフィール
インタビュー/編集部
江戸時代には加賀百万国と謳われた北陸の城下町・金沢。加賀友禅や九谷焼、加賀蒔絵などの伝統工芸、そして加賀宝生や狂言、加賀素囃子などの伝統芸能が盛んなまちとしても知られている。このまちで昨年話題を呼んだのが「金沢21世紀美術館」だ。2004年10月のオープン以来、1年間の入場者数は一五〇万人を突破。現代アートではお客は呼べないという美術界の常識を完全に覆した。
金沢21世紀美術館館長の蓑氏は、ほかに「金沢卯辰山工芸工房」「金沢市民芸術村」「金沢湯涌創作の森」など、多くの市の文化施設を運営する「金沢芸術創造財団」の理事長、そして金沢市助役として市の都市・文化政策全般に深く関わられている。
「まちがミュージアムをつくるのではなく、ミュージアムがまちをつくる」と蓑氏は言う。文化施設による都市活性化の画期的な挑戦として、金沢には、都市と芸術・文化の新たな関わりを見ることができる。日本の美術界の第一線に立ち、つねに「芸術・文化振興は未来の社会のための投資だ」と訴えてきた蓑氏に、金沢のグランド・デザインとその可能性について伺った。
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| 金沢21世紀美術館 東口ホワイエ |
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| 美術館ホワイエ |
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| 南側外観 左は託児室 |
―――初めに蓑さんが金沢というまちに関わることになった経緯からお聞かせください。
蓑― 私はたまたま金沢生まれで、実際に住んだことはなかったんですが、小さいときから金沢というまちがすごく身近だったんです。そこに、金沢市が現代美術の美術館をつくるということで、市長が直々に大阪へいらしてお話しする機会がありました。
そのときに、これは私の夢ですが、これからの美術館というのは子どもがいる美術館にしなければいけない、ということをお話しました。日本では、子どもは騒がしいから、どうしても美術館ではあまり歓迎されない。私は外国に26年いましたから、日本の美術館に子どもがいないということに違和感がありましたし、危機感がありました。
もうひとつは、美術館と地域の問題です。私は金沢21世紀美術館に来る前に、大阪市立美術館の館長を10年間務めていました。現在も兼務していますが、美術館が面白い展覧会を企画して、たくさんのお客さんに来てもらい、美術館周辺の商店街ともタイアップして集客に努めると、美術館だけでなく、まち全体の賑わいをつくることもできるということを大阪で実践してわかってきたわけです。文化がまちの経済にも影響をあたえるんですね。いままではまちが美術館をつくって、経済が文化を支えるというのが一般的な認識でした。それを私は全部、逆にお話しました。美術館がまちをつくり、文化が経済をつくるんですよ、と。
市長も私の言うことに賛同してくれて、応援団になって、金沢でいろいろな方に話す機会をいただきました。例えば、市の商工会議所、医師会、ロータリークラブ、ライオンズクラブなど、一〇〇回以上お話しまして、たくさんの人が賛同してくれました。
そして、プレ・イベントもたくさんやり、ようやく昨年10月にオープンしたわけです。開館に併せた特別プログラム「ミュージアム・クルーズ・プロジェクト」では、6ヶ月間で市内の全小中学生4万1000人を美術館に招待しました。すると今度は、子どもたちが親を連れてきてくれるんです。親が子どもを連れてくるんじゃなく、子どもが親を連れてくる。そういう新しいパターンが生まれたんです。
大阪市立美術館では、私は本当に頑張ったんですが、年間入場者は最高で99万人でした。70年の美術館の歴史のなかでも一度も一〇〇万人を超したことがないんです。大阪は人口三〇〇万人の大都市です。金沢は人口46万人なんですが、来てくれたのは観光客じゃないんですね。そこが強いんです。いままでの観光客だと、兼六園、金沢城、武家屋敷などを周って、温泉に泊まるというのがお決まりのコースでした。私が最初に来たころは、市内中心部に泊まるのはビジネスマンだけでした。いまではみんなここに泊まります。新しいホテルもどんどんできています。金沢の美味しい食事を食べて、泊まって、美術館で半日楽しむというコースが新しい金沢の楽しみ方として定着しつつあります。
いままでは、兼六園に行って、時間があればどこかに寄るというのが普通の流れでしたが、美術館に行って、時間があれば兼六園にも寄るというようにパターンを変えていったわけです。21世紀美術館に来るのが第一の目的になったんです。まだ概算ですが、70億から一〇〇億近い経済効果があったようですね。
初年度の入場者は一五七万人だったんですが、その40%が市民の方々です。あとの60%は、外国も含めた県外の方々なんです。オープン以来、全国的にどんどん話題になっていって、五〇〇以上の新聞、雑誌の取材を受けました。開館以来、入場者は右肩上がりで、一度も下がったことがないんです。
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| 美術館北西側アプローチ |
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| 東口ホワイエ |
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| 地下から見るスイミング・プール |
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| 光庭とスイミング・プール |
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| 金沢駅の巨大なアトリウム |
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| 美術館受付と車いす貸し出しコーナー |
―――この美術館が多くの市民を惹きつける理由はなんでしょうか。
蓑― 一度来た人がリピーターになる。これが一番大きいですね。そして、話題になるきっかけをあたえてくれたのは子どもたちです。最初に来た子どもたちが、今度は親、家族を一緒に連れてくる。若い人もたくさん来ます。休みの日には平均5000〜6000人の人が来るんです。館内に入場無料のフリー・ゾーンをつくったことがすごく大きいですね。普通は美術館に入ったら、すぐに入場料を払うんですが、21世紀美術館では美術館ゾーンの周りのスペースは入場無料です。しかも円形の建物の4カ所から館内に入ることができます。ガラス張りの透明な建物ですから、外からどんな展覧会をやっているのか覗くこともできます。外から見てみて、なんかたくさん人がいるから入ってみようという人も多いんですね。
それから「市民ギャラリー」という貸しギャラリーのスペースをつくりました。これもフリー・ゾーンにあるんですが、そこに来たお客さんが、なにをやってるかわからないけど、人が入っているからというので見にきたりするんですね。
実際に、美術館の入場料を払うのは、総入場者一六〇万人のうちの約4分の1の40万人くらいです。地元の新聞などでは、一六〇万人入っても実際に金を払ったのは40万人ということで、否定的に書かれたこともありましたが、普通は美術館で年間40万人も入るだけでも大変なことです。よく展覧会で40万人、50万人入ったと言いますが、実際にお金を払って入っている人はそのうちの50%ほどです。それが普通なんです。40万人が払ったということは、入場料収入が数億円入るわけですから、みんな驚いていいはずなんですね。
―――内部のフリー・ゾーンだけじゃなくて、外部空間も通学路や休憩に使ったりされていますね。
蓑― 僕のモットーは、まず美術館が子どもと一緒に成長する。そして、美術館に来るということが、市民の生活の一部になって欲しいんです。水がないと生きられないように、美術館がないとまちは栄えないということをわかっていただきたいですね。今日はちょっと時間があるから、寄ってこようと。カフェやライブラリー、ショップもありますし、フリーのギャラリーもあります。美術館に行くというのが特別なことではなく、生活の一部になればいいと思ってるんです。
―――蓑さんは金沢市の助役も務められるという極めてユニークなお立場ですが、文化施策とまちづくりの連動あるいは統合についての構想をお聞かせください。
蓑― 助役という立場になると、ただ美術館だけをやるんじゃなくて、いわゆるまちづくりにも係わることができるんですね。そこで僕は、これまでの「城下町・金沢」を「ミュージアムのまち・金沢」にしたいわけです。お城があって城下町、お寺があって門前町、それと同じようにミュージアムのまちをつくりたい。
そして、パリの凱旋門からルーブルのあいだのシャンゼリゼ通りみたいに、すごく長いけど楽しいから退屈しない、そういう道をつくりたいですね。ガラスのドームの金沢駅とガラス張りの21世紀美術館を結ぶ道を「アート・アベニュー」にしようということで、いま整備をしています。ここにちゃんとしたアベニューができて、みなさんにここにもう一晩泊まってもらって、美味しい食事をして、美術館も周ってもらうようになれば、と。
「アート・アベニュー」に設置する彫刻を公募して、すでに4点が決まりました。あともう1回公募しようと思っています。通り沿いにブティックやカフェなど洒落たお店が入れば、金沢の新しい魅力になると思いますよ。将来的に僕は、その道を駅を挟んで金沢港まで伸ばしたいと思っています。金沢に港があるなんて誰も知らないでしょ。夕日が最高なんですね。そこに洒落たシーフード・レストランとかホテル、そういうものをつくっていきたいですね。近くには大きな工場もできます。運搬船も入ってくるので、港ももっと大きくしないといけません。そうすれば、これからは船のお客さんも美術館に呼び込むことができるんです。海と駅、そして美術館を一本の道で結ぶという大構想です。そういう大きな夢が助役だと描けるんですね。