【Cultivate Vol26 特集◎都市と文化環境】より

ミュージアム・マーケティング講座 第3回
マーケティング発想によるミュージアムの活性化

千葉商科大学政策情報学部長 井関利明 プロフィール
 



ミュージアムに対する需要イノベーションをいかに起こすか

図−1
図−1

1.関係づくりの重要性

 マーケティングの変遷における第1カーブ、第2カーブ時代は、イノベーションというと、もっぱら供給する企業サイドのことでした。つまり、イノベーションといえば、技術革新をともなった新製品開発のことだと思われていました。それは、ミュージアムでいえば、いかにしてコンテンツ、つまり展示物や収蔵物を増やし、いかにして他所にはないようなものを展示するかに限られていたようです。

 それが第3カーブの21世紀になると、むしろ需要サイドにイノベーションを起こそうというのが課題になります。今までのイノベーションは、ともすれば技術開発や商品開発のように考えられてきましたが、実は、人びとの生活にどんな「新しい経験」をもたらすか、というふうに考えなければならないのです。新しい製品や技術がイノベーションであるという意味は、それが人びとにまったく新しい生活経験を与えるからなのです。たとえば、自動車や飛行機やテレビなどがそうでした。最近のi-Podなども、「新しい経験」を約束しています。それらがイノベーションである最大の理由は、人びとの生活になんらかの革新をもたらし、新しい価値を産みだし、それが「新しい経験」という形になってきたからです。それなのに、今までは供給サイド、そして技術サイドからだけ考えてきたのです。

 ミュージアムの場合も同じように、どのような形で「新しい経験」を産みだせるかが課題になってきます。今までにないような新しい意味づけや価値づけをいかにしてやれるかどうかが、とても大事なことになります。つまり、需要サイドにイノベーションを起こすことなのです。

 資料「需要イノベーションの3戦略」(図-1)をご覧ください。まず大事なことは、イノベーションを起こすためには顧客や潜在顧客、つまりはオーディエンスとの間にどんな関係をつくっていくかです。オーディエンスといっても、来館者だけを考えるのではありません。潜在的なオーディエンスはたくさんあります。したがって、館外に出て、どんな形でそれを獲得できるかが重要です。「オフ・ザ・サイト」活動です。それを繰り広げることで、距離的に遠い人たちや関心のない人たちのところにも、ミュージアムから近づいていくことができます。

 もうひとつは、インターネット上での「関係づくり」です。世界中がリアルタイムでつながり、画像も文字もサウンドも、組み合わせて提示することができます。デジタル・ネットワークの持つ力は、非常に大きいのです。これからは、地上だけではない「関係づくり」が可能になったということです。マスメディアを通じて一方向的に情報メッセージを提供したからといって、需要イノベーションが起こるとはとても思えないのです。相手が反応してそれに応えるという双方向型のコミュニケーションができてはじめて、需要イノベーションが生じるのです。「顧客関係づくり」は、プレイス(地上)においてもスペース(インターネット上)においてもいろんな形で行われることで、イノベーションを起こすための「場づくり」であり、ネットワークづくりになっているのです。

 需要イノベーションが起こる基盤が、「関係づくり」です。いろいろな「関係づくり」のひとつに、メンバーシップがあります。メンバーにすれば、いろんな個人情報も提供していただけるわけです。もうひとつは、日々来館するビジターをつかまえて情報を取得することです。最近は、とくに個人情報に関して出したがらない傾向がありますから、それを提供することがいかにプラスになるかを納得してもらわなくてはなりません。また、オフ・ザ・サイト活動先でいろんな関係をつくりながら個人情報を集めていくことも重要でしょう。もうひとつは、インターネットです。アクセスしてくれれば、当然そのアドレスが残りますから、こちらからもアクセスできるというわけです。

2.連携と協働

 2番目に大事なことは、連携・協働が他のミュージアムや関連する業種との間に生じることです。これこそ、需要イノベーションのとても重要な点です。メンバーを確保し、「関係づくり」を強化するためにも大事です。今までは限られた専門家だけが参加していましたが、これからは新しいタイプの専門家も入ってこなければなりません。

 最近の事例では、ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』が世界的なベストセラーとなり、ルーブルの奥の奥までがあぶり出され、世界中があらためてルーブルにものすごい関心を持つようになった事例があります。面白いことに、ルーブルで「ダヴィンチ・ツアー」というのが組まれたのです。小説に出てくる作品と通路をガイドが案内します。今まではとくに美術品に関心もなく、ルーブルに行ったこともないような人が、あの小説を読んだがために、ルーブルに足を運ぶのです。この動きのなかでは、計画をもっと進めて、版元やいくつかのメディアとルーブルとがきちんとした連携を組み、旅行代理業も参加して「新しい経験」を組み立てることも可能です。そういうことがあるたびに、新しいタイプのビジターやオーディエンスが増えてくるのです。そのようにしてつかまえられた新しい顧客が、ルーブルの固定した客になっていくのかどうかを、興味をもって見ています。旅行代理業が間に入っているとすれば、そこが顧客のアドレスなど個人情報をきちんとつかんでいるはずですから、それがどんな形で共有され、今後に生かされていくのか、とても大事なことです。

 そのような例は他にもたくさんあり、いろんなメディアが関ってくるはずです。ミュージアムは、ものすごい量のコンテンツを持っています。運送会社や物流会社までをメディアととらえたら、関連するメディアはたいへんな数になるでしょう。それらとの連携・協働は、従来あまり開発されてきませんでした。ミュージアムの所蔵品は、どんな角度からどんな光を当てるかによって、実にさまざまな姿形を見せてくれる可能性を持っています。博物館の所蔵品は、単品管理をしたらどうしようもないですが、どんな組み合わせをとるかによって、まったく別の意味や価値が出てくるのです。そこが、面白い。

 たとえば、美術館に化学者が行ってみればいい。あるいは建築家や特別なビジネスをしている人が行ってみればいい。天文学者なら、天体にまつわる品物だけを括りだしてみる。すると、コンテンツを眺めながら、どれとどれを組み合わせたらどういう意味や価値を見出すことができるかで、予想外の新しいものができるのです。連携とは、そういう意味で新しいコンテンツの組み合わせを見つけることで、新しい意味を見出すことにつながります。

 知人である東大の原島教授は、顔の専門家です。コンピュータで顔を創るだけではなく、顔の診断をしたりパタン分けをしたりします。たとえば彼に、時代毎に肖像画を分析させてみたら、とても面白いのではないでしょうか。かつてハプスブルク家が婚姻によってヨーロッパ中に広まりましたが、ひとつの特徴である受け口の肖像が、いろんなところに出てくる。「お宅の祖先は、ハプスブルクですね」なんていえてしまうんです。

 このように、新しい組み合わせを見つけ、新しい意味や価値をつくりだすために連携・協働があるのです。他の業種や産業との組み合わせがあって、はじめて従来の収蔵物が、今までミュージアムに行ったことのない人にも興味を抱かせるような、新しい価値や経験を約束することができるのです。

 そのように、今まではミュージアムに行ったことがなかった人たちが、自分たちの職業や生活と結びつけて「新しい経験」をするために行くようになると、ストーリーやナレーションが必要になってきます。博物館のナレーションは、大体が時代で分けた歴史です。それはそれでよいですが、もっと小さな物語をたくさんつくっていかなければなりません。それが、現代社会で生活をしている人びととも結びついていくことになるのです。新しい連携・協働作業が進めば進むほど、今までにない新しい意味づけができて、今までは関心がなかった人びとの生活やニーズに関ってくることになるのです。

3.情報公開・透明化

 もうひとつは、情報公開、そして透明化です。従来は公式の情報しか出ていませんでしたが、そうではなく、『ダヴィンチ・コード』のような裏話の情報です。収蔵品にまつわる話だけではなく、ミュージアムの建物自体がどのような構造になっているか、地下の収蔵室の様子なども、興味深い情報なのです。

 映画を観てもテレビを観ても、それがどうつくられたか、どこで俳優が失敗して監督が怒ったかなど、失敗の記録されているものが一番面白いものです。野球の珍プレー特集のようなものです。ここでいう透明化の情報公開は、そういうものも含まれています。

 情報を開示すれば、新しい関心を呼ぶだけではなく、新しい小さなストーリーができます。従来は、立派なものを立派に見せようとしていました。できるだけ収蔵品のマイナス面は見せないようにしていました。そうではなく、たとえば絵画をX線で撮ってみれば、その下に別の絵があったり、キズがあることまでわかるのです。今までは、肉眼で見えなければ現物を破壊するしか手段がなかったのが、現在の技術では中身まで三六〇度きちんと見えます。そういうものをどんどん公開していくのは、たいへん興味深いことです。すると、きれいに並べられた収蔵品を見ればそれで終わりと思っていた人たちが、新たな関心を持つようになり、「あのミュージアムに関わると、もっと面白いものが出てくる」というふうな噂になるのです。

 そうなると、次には必ず「こういうのはどうですか」というような提案が出てくるようになります。それが、イノベーションの一番大事なところなのです。「関係づくり」がうまくいっていれば、顧客サイドから次から次へと新しい可能性が生み出されていくのです。たとえば、その人がすでに見たことのある青森や岩手の博物館に「こんなものがあるから、組み合わせてみれば、今までにない面白いものになりますよ」と教えてくれるかもしれない。それは、「関係づくり」ができているからこそなのです。

 私が関っているNPOに中延商店街の例があります。企業サイドができないこと、行政サービスの限界であるところに、いつの間にか生まれて関わる人たちみんなが活性化していきました。ボランティアがIDカードをぶら下げて詰め所にいると、お年寄りが「電球が切れてしまったけれど、届かないから取替えに来て」などと、電話がかかってくるのです。行ってみると、単に電球が切れたのではなくブレーカーが飛んでいたりする。が、そのブレーカーも旧式だと、学生ボランティアには修理の仕方もわからないのです。そこで責任者に電話をして、プロの電気屋さんに来てもらうことになる。電気屋さんは、最初はブツブツいったりしますが、ボランティア活動の証明ノートに点数(一種の地域通貨)をもらいながら、「やっぱり素人では直せなかったな」などと、満足しながら帰って行きます。すると、直してもらったお年寄りが、次の日には、孫を連れてその電気屋さんに買い物に行くのです。そのような場からは、趣味を教えたり逆に教えてもらったりという関係が広がり、サービスをした側がサービスをされる側になる立場の行き来が起こります。新しい需要と供給が、「関係づくり」のなかで発生するのです。

 この例はNPOですが、同じようなことは、企業と顧客との間でもどんどん生まれてきています。「関係づくり」のなかで、相手の問題をなんとか自分の問題にしていこうとしているうちに、いつの間にか需要が生まれる。自分独りで対応できなくても、そこはネットワークを生かせばよいのです。

 第3カーブ時代が、第1カーブ時代や第2カーブ時代と違うのは、需要が誰の目にも見える形で客観的には存在しなくなったということなのです。需要が物理的に存在していた時代は、黙っていてもビジネスが成立しました。ところが、現在のように明らかな需要がない時代には、相手と関わることによって需要をつくりだし、気が付いたら供給サイドも自ら見つけ出し、自らが仲立ちになりながら新しいものを創っていくしかないのです。需要イノベーションとは、そういうことです。

 ミュージアムを考えれば、誰しもが週末にミュージアムに行くことを楽しみにしているとは、とても思えません。楽しく時間を過ごす事や場所はたくさんあります。そのなかで、ミュージアムとは何なのか、やはり「関係づくり」を通じて、新しい需要をつくりださなくてはならないでしょう。人びとが楽しいことをして過ごしたいと思っている気持ちを、ミュージアム需要という形に焦点を当ててあげなければならないのです。それが、これからどうしたら可能になるかというのが、連携・協働の話であり、そこから生じてくるさまざまな情報をいかに公開するか、ということなのです。

 以上の3つの戦略がうまくいけば、需要イノベーションにつながります。

需要イノベーションを支えるエクスペリエンス、その基盤がヴァリュー・チェーンである

図−2
図−2

 資料「需要イノベーションとは何か」(図-2)を見てください。需要イノベーションは、コア・プロダクト・ビジネス、少なくとも自分が担当している仕事が何であるか把握し、その成長や利益を得るために高付加価値をもたらす機会を相手と関り合ってつくることなのです。今までは、供給サイドが独りよがりで製造してきました。これからは、関り合いのなかで相手と共に見出していく。これが、需要イノベーションの大事なところです。さまざまなプロダクトやサービスも、単品ではなく組み合わされることによって、価値の高い統合サービスになりますが、そのためには他の部署や他の企業との関り合いも生じてくるでしょう。

 このとき、顧客サイドのヴァリュー・チェーン(価値連鎖)という考え方が重要になります。需要サイドである顧客が、何と何を組み合わせると単品の時より喜んでくれるのか、より満足してくれるのか、ということです。第3カーブで企業が提供する最も大事なものは、単品ではなくエクスペリエンス(経験)であることはすでにお話ししましたが、顧客にひとつのまとまりあるエクスペリエンスを与えるためには、どんな製品の組み合わせとどんなサービスとどんな情報をつけたらよいかを、つねに考えるのです。

 かつてのヴァリュー・チェーンは、供給サイドのものとして考えられてきました。原材料からデザインを決めて製品にし、顧客に届くまでの間に、流通を通じてどのようにどれくらいの付加価値がついていったか、という付加価値連鎖の話でした。需要サイドのヴァリュー・チェーンとはそうではなく、顧客サイドが何と何を組み合わせたときに、単品よりも大きな満足を生み、まとまった経験としてそれを受け止めることができるか、という話なのです。

 たとえば、学童は夏休みの宿題をやるために博物館に行くかもしれません。が、大人たちは必ずしもそうではない。あらためて行ってみたいと思うためには、新しいエクスペリエンスが必要なのです。ひょっとしたらレストランかもしれないし、美味しいコーヒーが飲めることかもしれません。あるいはちょっとしたセミナーが併設されたことや、目指していた収蔵品にITの情報が付されて、より良く理解できることかもしれません。そのように深さと広さが出てくると、それがエクスペリエンスになるのです。それを、「顧客サイド・需要サイドのヴァリュー・チェーン」と呼んでいます。

 ヴァリュー・チェーンを勘案し、「新しい経験」を与えることは、供給サイドから見ると新たな収益源を創造したことになります。今までのように原料代と手間賃でいくら、というのではなく、顧客が持っているさまざまなビジネス上、あるいは生活上の課題解決をすっかり請け負えば、もっと大きな利益を生むことになるのです。

 ここでいう需要イノベーションとは、顧客が抱えている緊急課題や潜在課題、関連課題の優先順位を理解し、未来を見越して問題解決を支援し、良い結果を残せるように応対することです。そのためには、顧客が日々悩んでいる問題、あるいは特定のサービスやプロダクトを、時間やエネルギー、その他の経営資源、生活資源とどのように関連させて使用し活用させていくか。これが需要サイドのヴァリュー・チェーンです。ですから、そこにまつわる課題を明かにすることが最重要で、図にある四角形のなかは、別の言い方をしますと、顧客サイドの日々の生活の場、ビジネスの場面における彼らの課題解決を可能にするヴァリュー・チェーンとは何なのかを考えることなのです。




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