【Cultivate Vol27 特集◎アメリカのチルドレンズ・ミュージアム事情】より
(財)つくば科学万博記念財団理事 倉本昌昭 (財)つくば科学万博記念財団参事 許斐修輔
プロフィール
インタビュー/高橋信裕
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| 化石発掘を体験できるコーナー(シカゴCM) (※チルドレンズ・ミュージアムはCMと略記) |
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| スクリーン上の自分の影に蝶がとまる(シカゴCM) |
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| 未就学児のためのコーナー(インディアナポリスCM) |
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| 科学展示のコーナー(インディアナポリスCM) |
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| 寄付をした篤志家や企業の名前が書かれたベンチ (インディアナポリスCM) |
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| 火災体験コーナーに展示された消防服(シカゴCM) |
高橋―アメリカのチルドレンズ・ミュージアムの事情について、お二方からお話しをお聞きしたいと思います。倉本先生は海外の科学館、なかでもチルドレンズ・ミュージアムに関して調査・研究をされていますが、その特色をどのように捉えられていますか。
倉本―1957年にソ連が世界初の人工衛星スプートニク一号をアメリカに先んじて打ち上げました。このスプートニク・ショックと言われる事件以降、アメリカは科学教育に力を入れ、アメリカ全土で約400の科学館がつくられました。ところが1980年代に入ってからは、チルドレンズ・ミュージアムが急に増えてきました(図1参照)。
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| 図1:米国チルドレンズ・ミュージアム開館件数及び拡張件数推移 |
どうしてそういうことになったのか。アメリカはそれまで科学館の方に重点を置いていましたが、それがある程度行き渡ってきた。科学館を中心としたいわゆるインフォーマル・サイエンス・エデュケーション(学校外教育)がだんだん定着してきたときに、ちょうど脳科学の研究が進歩してきた。すると、子どもの知能は、もっと若い時期から教育していかないと成長しないということがわかってきたのです。そのこともあってアメリカでは、プレ・スクール・エデュケーション(就学前教育)の環境としてチルドレンズ・ミュージアムに注目し始めたと思われます。
アメリカでは、1980年代に入ってから現在まで、約200近くのチルドレンズ・ミュージアムができました。この状況を見て日本でも、チルドレンズ・ミュージアムに対する関心が高まりつつあるというのが現在の状況です。
高橋―そうした就学前の子どもたちの教育環境を構築していくべきだというムーブメントは、地域あるいは市民から起こっているのでしょうか。それとも行政のひとつの施策として出てきたのでしょうか。
倉本―日本の教育は主としてトップダウン、すなわち国が国民の教育を考えます。アメリカは、スプートニク・ショック以降、科学分野でソ連に追い抜かれ、そのあと日本、ドイツにも追い抜かれた。そこで、特に科学教育と数学教育に力を入れ始め、それが60年代、70年代と続きました。国の方針として科学と数学に力を入れ、アメリカを世界一に戻すべきだというのが教育の5大方針のひとつとして挙げられたのです。
しかし、実際にお金を出すのは、地域の企業や篤志家の方々です。これは特に教育の分野で顕著ですが、美術館や博物館、科学館、チルドレンズ・ミュージアムも同じような状況です。国は掛け声をかけるが、実際のアクションは地域や国民からボトムアップで上がってくる。そして、国はNSF(National
Science Foundation)などが補助金という形でそれを支援しています。
高橋―許斐先生は先日、実際にアメリカのチルドレンズ・ミュージアム事情の視察に行かれましたが、どのように感じられましたか。
許斐―ACM(全米子ども博物館協会)やAAM(全米博物館協会)の関係者の話では、チルドレンズ・ミュージアムが増えてきた理由のひとつには、施設設立のハードルが低いということが認識されてきたことにあるようです。通常、ミュージアムの設立には収蔵品の収集など非常にお金がかかりますが、チルドレンズ・ミュージアムの場合は参加・体験型の展示が多いので、コレクションがなくても運営できますし、それほど大きい施設でなくても倉庫などを改修して、比較的安い予算で展開できる。もうひとつは、現在アメリカでは親と子どもの関係についていろんな問題が出てきていて、そうしたことへの働きかけの必要性が社会的に認識されてきた。その結果として、チルドレンズ・ミュージアムへの一般のニーズが高まってきたというお話でした。
高橋―特にチルドレンズ・ミュージアムの場合は、プレ・スクール・エデュケーションの子どもたちを対象としています。そうした場として、チルドレンズ・ミュージアムはどのように活かされているのでしょうか。
許斐―アメリカのチルドレンズ・ミュージアムが意識していることのひとつに、子どもの発達への働きかけということがあります。子どもは生まれてから成長する過程で、家族、さらには外の社会というふうに社会化のステップをたどります。それに上手く働きかけることで子どもの感受性を高め、ポテンシャルを高めていく。
それと同時に、まだ日本ではなじみのない言葉ですが、「ペアレンティング」つまり子育てをする親ということに対する意識が非常に大きい。親が子どもを育てるということに関してどう機能するか。そういうことを非常に意識していると感じました。
高橋―チルドレンズ・ミュージアムのもうひとつのターゲットとしては、幼稚園や小学校の先生方を考えているという話も聞きました。子どもと親、そしてそれと関わる教師という関係性をターゲットとして考えているということです。もう少し社会的な枠組みのなかでチルドレンズ・ミュージアムの果たす役割というものを捉えるといかがでしょうか。
倉本―アメリカでチルドレンズ・ミュージアムがつくられたのは、1899年のブルックリン・チルドレンズ・ミュージアムが最初です。次いで1913年にはボストン・チルドレンズ・ミュージアムができて、1926年にはインディアナポリス・チルドレンズ・ミュージアムができました。第二次世界大戦が終わる1945年までは、全米で5館しかありませんでした。
1946年以降10年くらいのあいだには、四館くらいしかできていない。ですから実際にチルドレンズ・ミュージアムが増え始めたのは、1970年代になってからなんですね。70年代には12、3館ができました。そして1980年代以降になると爆発的に増えて、現在まで100以上の館がつくられているのです。
アメリカのチルドレンズ・ミュージアムは、いわゆる住民対策であるとよく言われます。お金持ちやある程度収入がある家は家庭で育てるからいいのですが、所得が少ない家庭の人たちが仕事をするときに子どもの面倒をどこかで見なくてはいけない。そうした社会的な強い要望があって、それに対してチルドレンズ・ミュージアムは非常に役立っている。それがチルドレンズ・ミュージアムの役割だという考え方がずっとありました。チルドレンズ・ミュージアムは、貧しい家庭の子どもが行くところだよと。それが世の中が徐々に変わってきて、80年代以降はいまのような状況になったのです。