【Cultivate Vol28 特集◎21世紀、ミュージアム・タウンの創造と展望】より

ミュージアム・マーケティング時代の創客と財的サステナビリティ

Kotler Cultural and Museum Marketing Consultants代表 ニール・コトラー プロフィール



ミュージアムの事業使命

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国際スパイ・ミュージアム *
(以下*の写真は栗原祐司氏提供)

 現在、ミュージアムは過去に例を見ないほど、激しい競争にさらされています。レジャーや教育活動の機会は、需要を大きく上回るほど溢れており、ミュージアム事業者は収支を支えるに十分な顧客を確保するため、激しい競争を勝ち抜かなくてはなりません。

 今日のミュージアムは、お互いに競争しています。最近では専門領域に特化したミュージアムが増えており、伝統的に確立されたミュージアムに較べて世間の注目を集めています。ワシントンDCの「国際スパイ・ミュージアム」(米国の数少ない営利ミュージアムのひとつ)は非常に人気があります。また、ミュージアム業界以外のライバルとしては、テーマパークやフィットネスセンター、スポーツ・イベント、お祭り、ショッピング、外食、劇場、アウトドア活動などがあげられます。テレビ番組やインターネットも余暇の時間を侵食します。ラジオや新聞、テレビなどのメディアも、今やウエブサイトやメール、チャット・ルーム、ブログ、パーム・コンピュータ、携帯電話、ウエブキャスト、ゲーム機、iPodなどと余暇の時間をめぐり争っています。ミュージアムはこうした激しい競争のなか、誘客し収入を増加させるため、戦略的な計画立案、顧客とのコミュニケーション、そしてマーケティングを導入し始めています。

 ミュージアムは、通常ミュージアムに足を向けない顧客層(ヤングアダルト層、低所得者層、ファミリー層、ラテン・アメリカン層、アフリカン・アメリカン層など)へ、アプローチしています。米国ではほとんどの私的な非営利のミュージアムが免税措置を受けており、これはミュージアムに寄付をする法人や個人も同じです。ミュージアムは教育施設として予算を国税庁に報告する義務があり、公的なサービスを怠るようなことがあれば、ミュージアム自身の免税措置だけでなく、寄付者たちの免税も白紙になるのです。人種的、経済的に多様な米国社会において、ミュージアムは大衆に広く受け入れられており、社会的価値を広めて多様な来館者を啓発するよう、期待されているのです。

 一方、マーケティング担当者は、ミュージアムのような文化施設にまったく興味を示さない層がいることも承知しています。文化教育活動に関心を寄せる人の大半は、生活の一部として文化活動を楽しむ余裕のある裕福な人が多いのです。ファミリー層は子どもたちを連れてミュージアムに行き、教育の場として活用していますが、「つまらない」「時代遅れ」とミュージアムに見向きもしない人たちもいます。こうした古典的なイメージが一部の人をミュージアムから遠ざけているので、ミュージアムをファッショナブルに刷新することも重要な課題です。

 より広い顧客にアピールするためにも、顧客や会員を特別イベントでもてなすことは重要です。大人には講演会や講座、イベント、ミュージアム・ツアーなど、子どもにはインタラクティブ展示や語り聞かせ、体験学習などが有効です。ミュージアムによっては、最低毎月1日をファミリー層の開拓にあてる館もあります。子どもたちに衣装を着せたり、工作をさせたり、科学の展示を見せたり、人形劇やコンサートなどを開催するなど、さまざまな工夫をしています。IMAXやオムニMAXのシアターがある館では、映画上映や演劇をすることもあるようです。他のレジャー施設にない、想い出に残る学習体験を提供することで、幅広い顧客の集客をめざしているのです。ミュージアムはマーケット志向へと変化しつつあり、従来ののんびり構えた展示よりも、動きの早い体験型のサービスが求められているのです。

 誘客の方法は、それぞれの館の使命に沿って決定されます。人材は充実しているか、競争相手がどんなプロモーションで誘客を図っているかなど、あらゆる点をチェックしなければならないのです。方針決定には長期的なビジョンが必要で、「専門知識中心の展示にするのか、マーケット志向の展示にするのか、その両方を組み合わせるのか」「その時の優先順位はどうするのか」「目的を達するために必要な施設は」といった項目を細かく確認することが、創客や財政の活性化へ向けた戦略的マーケティングの最初のステップなのです。

競争の激しい外部環境が及ぼす影響

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テート・ギャラリー *
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テート・モダン *
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アート・インスティテュート・オブ・シカゴ *
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ミネアポリス・インスティテュート・オブ・アーツ *
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メリーランド・サイエンス・センター *
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国立自然史博物館のホープダイヤ *

 マーケティングの核になるのは、顧客であり、そのニーズや欲望、嗜好性です。ノース・ウエスタン大学のフィリップ・コトラー博士は、「マーケティングの最も重要な課題は、価格が許す最大の価値を顧客に提供することである」と記しています。顧客のあり様が多様で、そのニーズも異なることから、ミュージアム自体のあり方も非常に複雑になります。大人の一見客、リピーター、ヤングアダルト、児童、ファミリー層、ミュージアム会員、寄付者、理事会、観光客、ボランティア、教育関係者、周辺地域の住民、学生、基金団体、企業法人、政府省庁など、ミュージアムには非常にたくさんの顧客がいます。

 近年、新たに生まれた顧客層には、ミュージアムのネット活動の参加者があげられます。ネット活動は、時間と場所、料金の制限なしで、潜在顧客に情報を提供できますから、非常に有効です。ウエブサイトでは最新の展示情報などで、ミュージアムを体験することができます。会員向け特別企画や講演会、スタジオ・アート、学芸員や理事とのミーティングなどの特典とともに、メンバーシップについても紹介していますし、アーティスト・イン・レジデンスの進行状況を見ることもできます。ウエブサイトは、頻繁に来館できない人とミュージアムを結ぶ貴重なツールなのです。

 オンライン・ミュージアムの広がりとともに、オンライン参加者は増加し、今では新しい顧客として、ウエブ上で活発にミュージアム活動に参加しています。Eメールやディスカッション・グループ、ヴァーチャル・リアリティなど、彼らの関心は多様です。招待情報の送付、意見やアドバイスの募集には敏感に反応します。彼らの意見や批評が、影響を及ぼすかもしれないからです。営利、非営利を問わず、多くの企業は商品開発や企業のあり方を検討する際、メンバーや一般の人の意見を収集しています。意見を採用された人は、コンテスト入賞者として商品開発に参加することもあります。ロンドンの「テート・ギャラリー」は、ウエブ上でコンテストを行っており、サイトの訪問者は絵画の展示方法について自由にアイデアを出し合います。選考で選ばれたアイデアは絵画の横にきちんと表記されるのです。

 ミュージアムの顧客のニーズはさまざまです。一見客は、大型企画展にしか興味を示しません。1995年に「アート・インスティテュート・オブ・シカゴ」で開催されたモネの回顧展の来館者数は前代未聞で、約96万5000人もの人がモネの作品を観に来ました。売上げは約500万ドルで、かかった460万ドルのコストを優に超えました。加えて同館は、5万5000人の新規会員を獲得しましたが、これは開催前の会員数の53%にあたり、驚異的な数字です。

 一般来館者は、会員特典についてあまり知りませんから、人気の高い企画展はミュージアムを紹介し、会員を増やす絶好の機会です。会員はミュージアムに協力的なので、将来的には寄付者やボランティアになるかもしれません。スミソニアン協会には3500人以上のボランティアが登録されており、ミュージアム・ツアーのガイドをしたり、調査に来た人を助けたり、特別企画のサポートをしていますし、彼らが活躍すれば人件費の抑制にもつながります。

 数年前、私はミネソタ州の「ミネアポリス・インスティテュート・オブ・アーツ」で働くあるボランティアの女性に会いました。彼女はかなりの年配で、家族がありません。彼女は、「若い時には美術の授業を受け、その後はミュージアムの会員になって寄付をし、今はボランティアです。ミュージアムは、私の人生を素晴らしいものにしてくれたから、死ぬ時にはすべての土地をミュージアムに寄付しようと思っています」と話してくれました。

 ミュージアムの課題のひとつは、異なる顧客ニーズをいかに把握するかということです。大口の寄付者は、建物やギャラリーに名前を冠する社会的名誉と引き換えに、ミュージアムをサポートするかもしれません。基金団体は高等教育を支援する意味で、寄付をするかもしれません。法人会員は企画展に協賛するなどして、社会貢献の姿勢をアピールします。トヨタ自動車は「メリーランド・サイエンス・センター」のパートナーで、館内の至る所にそのことが表示されています。魅力的なミュージアムは、地域に観光客や大規模事業主を呼び込みますから、地域経済の発展にもつながるのです。

 大規模館を訪れる人は、たとえばスミソニアン協会「国立自然史博物館」の呪いの宝石「ホープダイヤ」のように有名なものを観に来ます。また、観光客はお土産を買いますから、ミュージアム・ショップにも関心があります。つまり、顧客は視覚・感覚的なニーズ、審美のニーズ、社会性、ミュージアムならではの体験、祭事や記念式典への参加、安全性、リラクゼーションなどさまざまなニーズの充足を求めています。

 ミュージアムは来館者数をコントロールできないことも、ミュージアム運営を複雑にしています。週末は満員かもしれませんが、平日はがらがらになるかもしれません。また、夕方には若年層が来館しますが、ほかの時間帯はさっぱりだったりしますから、若年層を狙ったイベントでは、ドリンクを提供するなどひと味違ったサービスが求められます。また、たとえ館内が来館者で溢れていても、突然の団体客には一定のサービスを提供しなければなりません。満員であろうが、空いていようが、コストは変わらないのです。こうした事情は顧客には関係ありません。落ち着いて鑑賞できないという理由で、満員の客を嫌がる人もいるでしょう。逆に、満員の客を楽しむ人もいるかもしれません。短時間しか滞在しない観光客を受け入れ、満足させるのは、通常の応対とはまったく勝手が異なります。つまり、ミュージアムは静かに瞑想する時空間と、群集の賑わいの両方のバランスを上手にとらなければならないのです。

顧客にとってのミュージアムの価値

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図1
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ニューヨーク近代美術館(MOMA)*

 マーケティング的な視点から言えば、顧客のニーズや意思決定と売り手のそれとは、深く関わり合っています。図1からわかる通り、マーケティングとは、顧客、価値の生産者(ミュージアム)、競合相手の三者間の価値交換のプロセスです。ミュージアムは顧客を引き付け、競合相手に勝たなくてはなりません。顧客は充たしたいニーズや知りたい情報があるからミュージアムに来るのですから、ミュージアム側はそれに応え、他のミュージアムやレジャー施設では得られない独自の価値を提供しなければなりません。来館者にとっての価値とは複雑で、利益やサービス、価格などが来館の決め手になります。価値が価格を大きく上回れば、顧客は満足するはずです。

 顧客側には、2つのコストが発生します。ひとつは価格で、生産者側はそれに相応しい製品やサービスの質を保証しなければなりません。もうひとつは目に見えないコストで、これにはミュージアムへ行くための時間消費や他のレジャーと比較検討する労力、ミュージアムまで車を運転するストレスや愛想の悪いスタッフへの不満などが、あげられます。「カスタマー・バリュー(顧客価値)」、つまりコストと価格の関係は、来館の度に顧客によって決定されます。

 ミュージアムの顧客は多様なニーズを持っていますから、館はそれを一度に充たすことはできません。知識階級や富裕層、キャリア志向の青年層など、特定の顧客に焦点をあてた戦略を考える館もあるでしょうし、既存の顧客を維持・拡大しつつ、見込み客の取り込みに力を注ぐ館もあるでしょう。新規顧客を取り込む際には、ミュージアムは慎重に戦略を練らなければならないのです。ひとつのミュージアムが社会を構成するすべての人のニーズを充たすことは、不可能です。一般客よりも会員のニーズを優先すべき場合もありますし、寄付者の潜在的なニーズが会員ニーズより優先する場合もあります。最低限のサービスを維持するには、このような優先順位づけが重要なのです。

 来館者や会員、寄付者のほとんどは、館をリニューアルしたり、増改築すると喜びます。常設展は新鮮味が薄れてきますから、目新しさを加えるために展示を定期的にリニューアルするのは良い試みです。「ニューヨーク近代美術館(MOMA)」は、新しいものを取り入れるのが非常にうまく、いつも先鋭的な視点を持っていますし、一般に歴史博物館よりも、科学博物館のほうが新鮮な活動をしているように思います。




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