【Cultivate Vol28 特集◎21世紀、ミュージアム・タウンの創造と展望】より

ミュージアム・マーケティング時代の創客と財的サステナビリティ

Kotler Cultural and Museum Marketing Consultants代表 ニール・コトラー プロフィール



顧客の創造と継続的な関係の構築

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図2

 ミュージアムは、顧客ニーズを充たすために何をすべきなのでしょうか。図2は戦略的マーケティングのプロセス、顧客を創造し、そのニーズを充たし、財政的サステナビリティを確保するための最短距離を示しています。このプロセスは非常に包括的で、システマティックな動きを表しています。

 図1では顧客側からマーケティングの交換プロセスを見ましたが、図2は事業者側、ミュージアム側から見たマーケティングを表しています。このプロセスは、事業使命の定義から始まります。かつての美術館は、作品を収集・保存し、展示することで来館者にその価値を伝えるという、非常に限定されたミッションを掲げていました。しかし、ここ20年のあいだに、ミュージアムは事業領域を拡大し、公的サービスを行う責任を認識した結果、一部の人ではなく、社会全体に奉仕するようになりました。

 次は、調査と情報収集です。調査にはさまざまな形態がありますが、まずは外部環境に焦点をあて、競合相手や政府の方針、勝機などを分析することが大切です。次には内部環境にも焦点をあて、スタッフのモラルや意欲、資源の有効活用、予算、組織的な強みと弱みなどについて、客観的な視点から分析するのです。それでも顧客のニーズが明確に見えない時には、さらなる調査が不可欠です。

 次が戦略的マーケティングで、顧客拡大のための具体的な方法や、優先順位、ターゲットとする潜在顧客層を定めます。顧客との関係を構築、維持するためには、どの顧客層を狙うべきで、どの顧客層が取り込み済みなのかをきちんと整理し、理解しなければなりません。居住地域調査や年齢、教育レベル、収入などのデモグラフィック分析、心理や思考、信仰の分析、ライフスタイルや雑誌・本、レストランの趣向などの行動分析などにより、潜在顧客を絞り込めば、新規顧客が見えてきます。絞り込みは手間がかかるようですが、確実な手段ですから速やかに実行すべきです。青年・若者層は、ミュージアムにあまり関心がありませんから、将来的には必ず取り込まなければなりません。若い層を取り込まなければ、会員制度や寄付金制度のリニューアルは難しくなります。

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アメリカ自然史博物館 *

 ターゲットとなるグループが決まれば、次にはそのグループのニーズに合った企画やサービスを開発しなければなりません。若い層は何を欲し、必要としているのか。出会いやイベント、音楽なのか、それともミュージアムのアドバイザリー・グループへの参加なのか。自館には、競合他館が提供しない独自の価値があることをターゲットにアピールするのです。魅力あるブランディングを行えば、確実に顧客の心理に影響します。たとえば、ある家族がどのミュージアムに行こうか迷った時に、A館のブランディングに魅力があれば記憶に残り、A館に行こうとなります。ニューヨークの「アメリカ自然史博物館」が開催した若者向けのイベントは夕方に開催して、ドリンクとジャズで来館者をもてなしました。これは米国でも、社会的にブランディングを図った先駆的なイベントと言えます。ワシントンDCの「コルコラン・ギャラリー」は、毎週日曜日にゴスペル音楽と食事の会を開催し、あまりミュージアムには足を運ばない人の誘客に成功しました。

 創客と顧客の維持は、中期と長期の両面から検討しなければなりません。一見客を常連客へと引き上げ、常連客を会員に引き上げること。さらには会員をボランティアやネット参加者、寄付者へと引き上げ、寄付者は理事会員へとレベルアップすることが、ミュージアムの課題です。会員のなかでも差別化を図るべきで、より高い会員費を払う人は将来的に寄付者になるかもしれませんから、低価格会員よりも充実した特典を提供すべきです。ミュージアムの最終目標は、来館者や会員、寄付者、その他顧客のコミュニティを形成することであり、関係性の構築が重要なのです。

 ミュージアム・マーケティングの各ステップは、顧客とミュージアムの深化する関係性を表しています。顧客にとってはより大きな特典を享受するためのプロセスであり、館にとっては大きな収入を得るためのプロセスです。しかし、会員制度の運営には相応の資源と経費が必要です。会員は会員限定の特別企画を期待しますし、寄付者との関係づくりには長い年月が必要です。館側は、コストと期待できる成果ついて、冷静に判断しなければなりません。

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ボルティモア・ミュージアム・オブ・ファイン・アーツ *

 次は具体的なプランニングで、目標に向けて中長期戦略、計画、スケジュールを設定しますが、この時にマーケティング・ミクスが重要な役割を果たします。マーケティング・ミクスとは、戦略目標を達成するための戦術ツールで、提供財やプロモーション、流通、価格、人材のそれぞれが戦略的枠組みを持ち、目標や競争相手の出方に応じて、柔軟に変更・修正することができます。

 ミュージアムの提供財とは、展示やギャラリー、サービス、施設などを指します。顧客は施設内のトイレなどの設備の手入れが悪いと、不満を持ちます。また、館内は感覚的な刺激に溢れ、徒歩の移動や立ったままの鑑賞は疲れますから、リラックスするスペースが必要ですが、ほとんどの館ではベンチなどの設備が充分ではありません。メリーランド州の「ボルティモア・ミュージアム・オブ・ファイン・アーツ」は来館者がくつろいでアートを楽しめるように、アルミの折りたたみイスを貸し出し、館内で自由に使ってもらっています。同館のショップやレストランも、質の高い品揃えで好評です。

参加型展示と非日常体験の演出

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カーネギー・サイエンス・センター *

 最近では多くのミュージアムが、教育とエンターテイメントを融合したエデュテイメントを実践しています。また、メディアの影響で大衆文化が浸透したこともあり、来館者は非日常的で忘れがたい体験を求めています。私自身、ピッツバーグの「カーネギー・サイエンス・センター」で強烈な体験をしました。館内を案内する学生の一人が大きなヘビを手にして、「ヘビをもってみませんか」と声を掛けてきたのです。あま気が進まなかったのですがヘビを手にしたところ、これが忘れられない経験になりました。実際にヘビにふれたことで、単なるヘビの知識が滑らかなうろこの感触を伴うリアルな体験へと変化したのです。

 1995年にスミソニアンで開催された久保田一竹の「KIMONO展」は、非常に格調高く、素晴らしい展覧会でした。この展示に感動した妻と私は、人々を連れて何度も観に行きました。すぐれた展示デザインは、顧客の体験にとって大変重要なエッセンスなのです。今は、どの美術館でも体験演出を取り入れています。歴史博物館などでは、来館者に史実をより深く理解してもらうために、ロールプレイングなどのシミュレーション演出を取り入れている館もあります。

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ウォーカー・アート・センター * ミネソタ・ヒストリー・センター *

 かつて、経験は社会階層や文化芸術などの共通項を持つコミュニティ内で共有されましたが、今は個人的かつ個性豊かなものへと変化しています。経験とは参加型であり、顧客各人が非常に個人的でインタラクティブな活動や行動と結びつけて記憶します。ミネアポリスにある「ミネソタ・ヒストリー・センター」は人生のそれぞれのステージに関する展示をしています。小劇場のステージには人生の困難を描写する作品が展示され、過去と現在の家族や人生について深く考えさせられるつくりになっています。同州の「ウォーカー・アート・センター」は、顧客から常に強い支持を集めており、毎月開催されるファミリー・デーは非常に人気があります。10代の若者向けのプログラムにも力を入れており、ティーンエイジャーが、小説や写真、マルチメディアなどの先端技術を駆使して芸術作品を解説するプログラムを開発し、ティーンの心を掴みました。学生に「アーティスト・イン・レジデンス」を体験させたり、演劇ワークショップを開く試みも実践しています。

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フィールド・ミュージアム *

 ミュージアムにあまり関心のないグループに向けた企画づくりに、力を入れる館もあります。歴史展示で定評のあるシカゴの「フィールド・ミュージアム」は数年前に、奴隷貿易に関する大規模展を開催して、これまでミュージアムに来たことのなかったアフリカ系米国人たちを誘客し、新規顧客を開拓しました。バルセロナの「シティ・ミュージアム」は4館で構成されていますが、そのうちの1館は18世紀のローマ帝国後期に掘られた旧リベラ地区の地下にあります。地下の広大な面積に、古代の遺跡や遺産を避けて縫うように通路を配置し、至る所にビデオスクリーンで眼前に広がる遺産を見せる工夫をしています。遺跡のかつての姿を再構築して現在と比較する映像は、強烈なイメージで見る者を圧倒します。

 イリノイ州ウィートンのコロネル・ロバート・マコーミック邸にある「第1歩兵師団博物館」の周辺には、戦車や軍事機器が並べられています。マコーミック氏は第1次世界大戦中に活躍した高名な軍人で、ヨーロッパにおける戦争の歴史を時系列に沿って展示するギャラリーもありますが、一番の見ものは戦争の疑似体験スペースです。来館者はフランス戦線最前線の戦闘部員となり、戦渦の騒音を聞き、臭いをかぎ、戦闘後の無残な廃墟を目にします。戦争の歴史を概観するだけでなく、戦闘の当事者として疑似体験するのです。これは意識的に制御できないほど強烈な体験です。




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