【Cultivate Vol28 特集◎21世紀、ミュージアム・タウンの創造と展望】より

ミュージアムを広く開放し豊かで美しいまちづくりに活かす

デザイナー、NPO法人「間」代表 コシノジュンコ プロフィール


ミュージアムとの融合で新たな価値を創造する

写真
メトロポリタン・ミュージアムで行われた
「JUNKO KOSHINO ART FUTURE」の
レセプション会場風景
写真
「JUNKO KOSHINO ART FUTURE」のディナー
写真
ファッションショーのコスチューム

 私はファッションデザイナーで、美術館関係者ではありませんが、ミュージアムに大変関係ある経験をいたしました。1990年当時、私のお店とアパートがニューヨークのパーク・アベニューにあったのですが、その時に「メトロポリタン・ミュージアム」にふと立ち寄りました。ちょうど、パリのアベニュー・モンテーニュにブティックができたばかりで、そのカタログを持っていました。ミュージアムの受付のあたりにはボランティアの中年女性がたくさんいたので、そのなかの一人の方に、ここでファッションショーができないかと尋ねてみました。ただ言ってもわからないと思い、持っていたパリのブティックのカタログを見せると、彼女は驚いたようで「ワオー」と言って本当にアメリカンぽく楽しんでいました。そして「ちょっと待って」と言って、パンフレットを持ってどこかに行ってしまったのです。20分くらい待っていると、キュレーターの女性がいらして、「検討して2週間後にお返事します」ということでした。

 美術館ではアートを中心にいろいろな展示をしていますが、ファッションは産業の一分野ですから、そのファッションにどの程度のアート性があるのかというキュレーターの判断は大変重要だと思います。私もたくさん資料を渡したのですが、メトロポリタン・ミュージアムは過去にファッションショーを行ったことはないようでした。過去にサン・ローランの展覧会は行っていますが、ファッションショーは経験がなかったのです。どんな分野でも、経験のないことをやるかやらないかという判断は非常に難しいものです。経験があればスムーズに判断ができますが、美術館で展示ではなく、ファッションショーをするという企画でしたから、さまざまな視点から検討されたのだと思います。

 メトロポリタン・ミュージアムのオーディトリアムホールは、普段、講演会やコンサートに使われる会場です。実は、ホールの設備について詳しくは知らなかったのですが、そこでファッションショーをしたいという希望を伝えると、幸いなことにOKが出て、具体的な話をすることになりました。内容については、お互いにいろいろ案を出し合ったのですが、最終的にオーディトリアムホールでファッションショーをして、「Temple of Dendur(デンドゥール神殿)」というエジプトの遺跡があるガラス張りのとても大きなスペースでディナーパーティーをするという案に落ち着きました。私は丸と四角、曲線と直線、光と影などの「対極」にこだわって創作活動を行っていますが、その時は、赤と黒の「対極」をコンセプトにしてショーとディナーパーティーをすることに決めました。ミュージアムとファッションという異分野の融合で新しい美を生み出したいと考えたのです。

 しかし、いざやるとなると、普段ファッションショーで使うような貸し会場ではないので、具体的な運営方法についての知識が私にはまったくなかったのです。私と主人は、ミュージアムの担当者との打ち合わせでも、躊躇するよりも言ってダメもとという感じで無鉄砲な言い方をしましたが、アメリカというところは逆に率直に言った方が良いようです。

 私はパリコレクションなどでショーをしていますが、会場費や設営などさまざまなところで大きなお金がかかります。しかし、ミュージアムでは、それが寄付で成り立っているということが初めてわかりました。というのは、貸し会場ではないので、運営のためにいくらかの寄付をお願いしたいというのです。寄付の額については私に任せるというのですが、その程度がわからないわけです。結局、自分で判断して、パリでファッションショーをする場合にかかるのに近い、それ相応の額を寄付しました。ミュージアム側はあくまでもショーの中身が大切であり、寄付の額はいくらでもいいということではありませんが、キュレーターがいろいろな角度で判断してOKとなりました。また、メトロポリタン・ミュージアムは毎週月曜日が休みなので、休館日を利用して開催することになりました。

アートとのふれ合いが子どもの感性を育む

写真
写真
ミラノ美術館で行われた
「URUSHI EXHIBITION」の展示

 当日は、入口のホールでアペリティフにシャンパンをいただき、会場でファッションショーを見て、その後はディナーという具合でした。そのディナーが大変で、お客様はすべてミュージアムからの招待客ですから、チケットを売るわけではありません。招待状も日本でいうお習字のように、特別な文字できちんと書かなくてはいけません。ディナーは「グロリアスフーズ」という一流ケータリング会社でなければいけないということで、そこにお願いしました。

 メトロポリタン・ミュージアムでファッションショーをやるということで、パリに住む私の友人で彫刻家のセザールや、ヤコブ・アガムも、この機会にニューヨークに来たいということでした。ニューヨーク側からも大勢のアーティストが来てくれました。やはり、ミュージアムでファッションショーを開催するという珍しさもあったのか、この際にニューヨークに行こうと、パリや日本からもたくさんの方が来てくれました。そういう意味で、本当に特別なイベントになったと思います。

 私は漆の仕事もやっておりますので、漆器を日本から600kg持ち込んで、ショーの前日に予行練習をしました。というのは、当日のリハーサルとお料理の盛り付けが同じ時間でしたから、両方を同時にチェックすることができなかったのです。テーブルコーディネーションでは、「余白の美」で日本の美意識を表現しました。「美味しい」という言葉は美しい味と書きますが、見て美しく、食べておいしいということを表現したかったのです。日本的な食文化の特徴は、ただお腹がいっぱいになればいいというのではなく、目や舌で楽しむことを大切にします。前日に盛りつけのイメージを絵で描いて、何度もリハーサルしました。当日は、ショーのリハーサルが終わるとすぐにディナーの準備に移るという忙しさでした。ボーイさんのユニフォームも赤と黒でデザインし、その甲斐あって大成功のイベントになりました。

 このイベントは、私とメトロポリタン・ミュージアムのお互いにとって初めての経験でしたが、そのお陰でミュージアムでファッションショーができるという可能性を身をもって体験できたわけです。その後、同じ会場で日本の天皇皇后両陛下の歓迎ディナーが行われました。あれから16年ほど経ちますが、日本でもようやく民と官が一緒になった取り組みが見られるようになりましたから、これからの新たな展開に期待しています。

 メトロポリタンには年間約600万人の入館者が訪れますが、いつも子どもたちがたくさんいて本当ににぎやかです。外国から日本を訪れる人が年間600万人ですから、ひとつのミュージアムがそれと同じ数の人を集客できるというのは本当に驚きです。子どもたちにとっても、小さい頃からメトロポリタンに慣れ親しんだ経験や体験は、将来的に大変貴重だと思います。

写真
「ちびっこデザイナー育成講座」で
講師を務めるコシノ氏

 これはパリの例ですが、ある時、ルーブル美術館の近くにあるチュイルリー公園で彫刻の展覧会を行っていました。私も見に行ったのですが、学校の先生が小学生を連れて案内していました。それも小学校1、2年生のとても小さい子どもたちです。あっちを向いたり、こっちを向いたり、彫刻の上に登ったり、子どもが自由に、自然にアート作品にふれるチャンスが学校教育の課外授業のなかにあるのです。これは非常に良いことで、日本も見習っていかなければいけないと思います。

 私の息子はロンドンにいましたが、大学の課外授業で週1回、ギャラリーや美術館などを先生と一緒に周る授業があるのです。日本では美術の授業というと、教室のなかで写真を見るだけということが多いですが、子どもたちが本物のアートにふれるという体験は大切で、私たち大人はそれができる環境をつくっていかなければいけないのです。子どもの頃に近所の素晴らしい美術館に行き、そこで感動した体験は一生忘れないと思います。全国にはいろいろな美術館がありますが、子どもたちに良い影響をあたえ、感性を育むようなミュージアムがどんどん出てきて欲しいと思います。

異分野との交流でミュージアムを活性化する

写真
写真
ショーの会場風景
NPO間の活動の一環として、中高生や子どもたちをファッションショーに招待した  

 2005年、ファッションやデザイン、アートを軸に、子どもたちを中心に市民とさまざまなジャンルの方々との交流を進め、より豊かで美しい社会環境づくりと生活文化の向上をめざすNPO法人「間」を有志とともに設立しました。事業の一環として、東京でファッションショーをする時には、リハーサルに子どもたちを無料で招待しています。ショーのスタッフたちも、リハーサルに人が入っている方が緊張感を持ってきちんと仕事をするようです。また、日本ばかりでなく、北京でショーをやる時にも、子どもたちや滅多に入れない人たちを招待しています。

 同じ年の11月には、国立博物館で三島由紀夫さんの『サド侯爵夫人』を2週間にわたって公演し、私は衣装を担当しました。舞台の評判は良かったのですが、国立博物館で演劇を上演するのは初めてのことで、劇場ではないので楽屋もなく、実際は大変使いにくい施設でした。実際に使ってみて、貸し出しの体制が充分ではないのでお客様にとっても、使う側にとっても大変無理があると感じました。そうした点を博物館のスタッフも理解して、今後の改善に活かしていただきたいと思います。

 これも国立博物館では初めての試みでしたが、2004年にチョン・ミョンフンさんの指揮による室内楽のコンサートが行われ、私はプロデュースを担当しました。クラシックな博物館にクラシックな音楽では当たり前ですから、ライティングとステージをつくり、正面玄関にはアートオブジェを展示しました。ミョンフンさんは世界的に有名な指揮者、ピアニストですが、その時にはボランティアで300人の学生さんと一緒に演奏されました。これもミュージアムにまつわる私の経験のなかで忘れがたく、貴重な思い出です。

 私はパリコレクションに22年間参加しましたが、この4〜5年のあいだに、ようやくルーヴル美術館のなかにファッションショーの会場ができました。それまではチュイルリー公園のなかにテントを建ててファッションショーを行っていましたが、屋外の公園ですから風や雨になると大変です。ルーヴル美術館のなかに4カ所ぐらい会場をつくり、1日10件ほどのコレクションをするのですが、パリでは美術館がファッションなどの異分野に解放され、市民にとってとても身近で親しみのある存在なのだと実感しました。特にルーヴル美術館は、隣接した「装飾美術館」で過去のデザイナーの回顧展やさまざまな歴史の展覧会なども行われますから、ファッションとミュージアムがお互いに良い影響をあたえ合っています。

 昨年1月には、「東京国立近代美術館」のエントランスホールでファッションショーとディナーを行いました。大変細長くて狭いスペースでしたが、約170人もの観客が集まり、とてもフレッシュなイベントで本当に大成功でした。日本には立派なミュージアムがたくさんありますが、これまではどうしてもお堅いイメージが強くて、あまり親しみの持てる存在ではありませんでした。これからは、NPOなどの市民の力を活かしてミュージアムとさまざまな異分野の交流を進め、ミュージアムを豊かで美しいまちづくりに活かしていければと思います。



ページトップへ

© 2000-2004 Institute of Cultural Environments