【Cultivate Vol28 特集◎21世紀、ミュージアム・タウンの創造と展望】より
株式会社資生堂名誉会長、東京都写真美術館館長、社団法人企業メセナ協議会会長 福原義春
プロフィール
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| 図1 |
2006年10月14日の日本経済新聞の朝刊に、全国主要公立美術館の実力調査「ミュージアムを拓く」という記事が掲載されました。この種の全国調査は今までに例がなく、日本経済新聞が大変力を入れた調査です。全国134館のうち評価が「AAA」の美術館は、「横浜美術館」「愛知県美術館」「東京都写真美術館」「静岡県立美術館」「神奈川県立近代美術館」「東京都現代美術館」の6つで、当館は第3位でした。ただ、残りの5館はすべて大規模館で、8000m以下の中規模館で「AAA」に評価されたのは当館だけです。
その5館の平均の入館者増減率は開館初年度比でマイナス11・9%ですが、当館はプラス230%です。総事業費は平均7億円に対して5億9000万円、自己収入は1億4000万円に対して2億300万円、自主企画展は4・2本に対して12本、購入した作品は2700点に対して5190点、寄託品は150点に対して77点、貸し出した作品は158点に対して254点、修復した作品は1100点に対して20点です。そして、学芸員執筆の刊行物は23点に対して10点、病院などの公的施設との連携は17件に対して7件、ボランティアの延べ活動日数は126日に対して43日です。公的機関との連携やボランティアの活動などについては、まだまだ足りないところがあるので、随時改善を進めています。
開館以来の「予算額と年間来館者数」(図1)を見ると、開館当時は20・4億円を必要としましたが、現在東京都からの予算額は6・7億円になりました。東京都の財政難でマイナスシーリングが長く続いた影響です。一方、入館者数を見ると、開館時は19万6000人でしたが、昨年は44万1700人まで増え、私が館長になった 2001年度から急増しています。
私が就任してからは毎年、館の活動テーマを設定しています。最初の年は「静かな賑わい」でしたが、これは当時、写真美術館は空いているから瞑想にいいというお客さんがたくさんいて、あまり混雑すると落ち着かないということで「静かな賑わい」としました。2002年度には、写真とは絵ではないし、芸術なのか、あるいは報道なのかということを含めて、「写真とは何か」ということを考えていただく展示をしました。 2003年度は、「写真美術館で見たものは一生忘れない」という展覧会をしたいということで、「感動を与える美術館」がテーマでした。2004年度はホスピタリティを考え、守衛や切符売り場の受付なども含めスタッフ全員が、どなたがいらしても明るくニコニコとお迎えする美術館にしたいと思い、「明るく迎える美術館」をテーマとし、2005年度は「信頼される美術館」としました。
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| 2階展示室 |
2006年度のテーマは、「判りやすく説明する美術館」です。これは、「キャプションが見にくい」「字が細かい」「なぜこんなに寒いのか」という意見があったからです。寒いのは冷房を効かせ過ぎているわけではなく、作品保存のために室温20度を目安にしているからですが、どこにもその説明はありません。「なぜこんなに暗いのか」という意見もありましたが、これも作品保存のためです。そうしたことをスタッフにいちいち聞かなくてもいいように、わかりやすく示そうということになり、現在取り組みを進めています。また、棒グラフの橙色の部分は、プライベートセクターからご支援いただいている額で、順調に増えています。企業や個人の皆様のおかげで成長してきているわけです。
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| 図2 |
図2は、入館者数に基づいて、2001年度から年度ごとにマーケティングの手段の一部を示しています。このなかで当館が非常に重視しているもののひとつが、2002年度から始めた記者懇談会です。現在、約20人の芸術関係各誌の記者に来ていただいていますが、全国のミュージアムで定例の記者懇談会を開いているところは他にはないと思います。また、当館はお客様にアンケートを書いていただいていますが、そのアンケートは学芸員だけでなくスタッフ全員で、1票1票を原票で見ます。数字はつけますが、100票集めて70%が良かったなどという判断はしません。ひとつずつ何が問題だったのか、何が本当に楽しかったのかというところを確認して館の改善に活かしています。
東京都の予算が毎年減るなかで、当館はいかに収入を確保してきたのか。東京都の予算は、ここ10年間ぐらいはマイナスシーリングで、収蔵予算は7年間凍結されていましたが、2006年から復活しました。なぜ復活したかというと、当館は独立の外部評価委員会を持っており、事務局がお手伝いはしますが、ほとんど自主的に運営されています。その委員の方々から、都の方に収蔵予算もないミュージアムはおかしいのではないか、という意見が出されたからです。
当館は、もともとバブルの絶頂の時につくられたミュージアムなので、館の維持に大きなお金がかかります。入口は2カ所あり、軒高が高いので空調費や人件費も余計にかかるのです。それをしのいできたのはアウトソーシングです。館のメンテナンスは都が行いますが、それ以外の受付や警備はアウトソーシングの入札によってコストを下げてきました。一般に、入札にすると質が悪くなることがありますが、そうした点については間違いなく質を高めていくという前提のもとに入札を行ったので、かえって良くなってきたところも少なくありません。先ほど入館者が230%増加し、予算は半分くらいになったと申し上げましたが、つまりお客様一人当たりに必要な経費は1/4〜1/5へ減ったことになります。
収蔵予算も復活させたいし、年間の企画展も少なくとも年12本位は実施したい。そして、企画展の補助もしたいということで、民間企業や個人の方にも寄付をお願いしました。現在、法人数で約180法人からご支援をいただいています。そこで一番の問題が、そうした支援者の方々にどのようにお返しするかということです。寄付をお願いする際には、なぜ企業が文化振興事業に関わることが必要なのか、そしてそのメリットは何なのかということを充分に説明し、関わっていただいた場合にはクレジットの表示を含め、あらゆる方向でお返しをするように努めています。また、支援していただいた企業には当館の会場を使っていただいたり、あるいは社員の方々にできるだけ格安で入館をしていただけるような特典も設けています。
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| 東京都写真美術館外観 |
ミュージアムの使命とは、いかに昔からの文化を継承する装置になるか、それをいかにわかりやすく展示するか、そしていかに未来社会の人たちの知恵が活発になるよう貢献するかということだと思います。要するに、ミュージアムの使命とはマネージメントをきちんとしてビジョンをあたえ、マーケティングと企画力の2本柱を使ってミッションに到達することではないかと考えています。
フィリップ・コトラー博士に『非営利組織のマーケティング戦略』という著書がありますが、私は民間企業の社長時代から非営利組織のマーケティング戦略を営利組織に応用してきました。そしてミュージアムとは非営利組織そのものですから、まさにフィリップ・コトラー博士のお考えになっていることを少しずつ実現してきたというのが、私のこれまでの経験です。では、非営利組織と営利組織はどこが違うのか。最近は営利組織でありながら営利を目的としないような定款が認められていますし、非営利組織でありながら一方では収入を高めるような措置を取り、きちんと税金を払っている組織もたくさんあります。ですから、歴然とした差はなく、その差はだんだん薄められて境界は曖昧になると考えています。
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| 「地球の旅人」展での、新春フロアレクチャーの様子 |
また、ミュージアムの収入を増やすためには、マーケティングとの関わりは非常に重要だと思います。ミュージアムを運営するうえで、プライベートセクターから支援をいただくのも、実はマーケティングなのです。決して使うだけがマーケティングなのではありません。ご支援をいただいて、寄付が立派に社会に役に立っているということを明確にし、支援者に喜んでいただく。それが次のミュージアムの収入につながるのです。そうして得た収入を新たな作品の収蔵や大きな展覧会の補助に使い、新たな集客へとつなげる。そうした健全な循環を生み出していくことが大切なのです。
当館では、昼間には仕事があって来館できない方のために、木曜と金曜は夜8時まで開館しています。現在、昼間の時間帯は非常にたくさんのお客さんに利用いただき、日によってはキャパシティがほぼ一杯になってしまう時があります。ですから、今後さらに40万人の壁を超えて50万人へと入館者を増やしていくためには、できるだけ開館時間を延ばし、お客様を集めるという取り組みも必要ではないかと考えています。絶対に夜でなければ来られないお客様はいますから、そうした方々にいかに夜に来て良かったと思っていただけるようにしていくか。例えば、夜間に学芸員のレクチャーを行ったり、夜間の来館時にスタンプを差し上げ、何回分かが貯まると半額や無料の券を差し上げる。そうした試みについても、検討を進めています。昼と夜で異なった層のお客様を集客できれば、まだ入館者数を増やしていけるのではないかと考えています。
これは当館だけの問題ではないのですが、実はどこの美術館へ行っても、展覧会を見ると非常にくたびれて困るという声を耳にします。これは設計者の方にお願いしなければいけませんが、所々にさりげなく休憩できる場所を設けるなど、なんとか工夫していただかなければいけません。あくまでも利用する側の立場に立って、いかに作品に感動し、ミュージアムで快適な時間を過ごしていただくか。予算がないと不平を言うだけでなく、知恵を使えば入館者数を増やしていく余地はあると思います。