【Cultivate Vol28 特集◎21世紀、ミュージアム・タウンの創造と展望】より
文部科学省大臣官房政策課企画官 栗原祐司
プロフィール
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| スミソニアン協会 |
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| ミネソタ科学博物館 |
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| サンディエゴ・シーワールド |
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| まんが美術館 |
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| いがらしゆみこ美術館 |
私は日本国内では約4000館、米国でも約1500館のミュージアムを周りました。実際、私は米国のミュージアムにはかなり貢献していると自負しています。私はスミソニアンのメンバーでしたが、メンバーシップは金額によって階層があり、特典も違います。一旦入会すると、ある日突然、「今、特典キャンペーン期間中で、通常はアップグレードに500ドルかかるが、今なら300ドルでできるがどうか」という電話がかかってくるのです。また、しばらくすると、「いつも寄付をいただいて感謝している。今、ドネーション(寄付)・キャンペーンをしているのだが、いくらか寄付してくれるか」と言うので、「 100ドル寄付する」と言うと、すぐに請求書が送られてきます。後で、サービスし過ぎたかなと後悔していると、とても立派な感謝状が送られて来るので、悪い気はしません。それで、次もまんまと寄付をさせられてしまうというわけで、非常にお金集めが上手いと感じました。
なぜ、私がこれほどミュージアムを好きなのかというと、ひとつには知的好奇心を非常に満足させてくれるからです。地方の小さな郷土資料館などにも、必ずそこだけにしかないものがあるのです。展示品をよく見ていくと、「ここで豊臣秀吉が戦をしていたのか」「松尾芭蕉がここにきていたのか」といった、その地域ならではの発見があるのです。そうした小さな発見は、「東京国立博物館」では味わえない、地域のミュージアム独特のおもしろさです。これは郷土資料館だけでなく、美術館や科学館、動物園、水族館、植物園などについても同じで、ひとつとして同じものはありません。いろいろなものを見るなかで、多様性を感じることがミュージアムのおもしろさなのだと思います。
博物館学の領域は非常に広範です。理学、考古学、民俗学、史学、文学、医学など、あらゆる分野のミュージアムがありますから、その領域は哲学と同じくらい広範です。4000館も見たのですから哲学者の領域に近づいてもいいはずですが、実際は余計な雑学ばかりが増えています。しかし、それもミュージアムの楽しさのひとつです。米国でもたくさんのミュージアムを周りましたが、あらためて米国と日本のミュージアムを較べると、米国の方が圧倒的に勝っている点に気がつきます。日本のミュージアムには、来館者が楽しむという視点が少ないのです。逆に言えば、ミュージアム側に来館者を楽しませるという視点が少ないと感じるのです。
ある日、米国のある科学館に入る時に、「エンジョイ」と声を掛けられたのですが、最初は少し違和感がありました。別の水族館でも、やはり「エンジョイ」と言われたのですが、今度はなるほどと思いました。日本語だと「楽しんでね」という意味ですが、日本のミュージアムや水族館で「楽しんでね」と言われたことがあるかというと、あまり記憶にありません。その時に、実はエンジョイという感覚そのものが非常に大事なのではないかと感じたのです。現にICOM(国際博物館会議)でも、「エンジョイメント」という言葉はきちんと定義されていますし、日本の「博物館法」のなかにも「レクリエーション等に資するために必要な事業」という言葉が入っています。日本のミュージアムにもそうした意識はあるのですが、「エンジョイ」と言うにはまだ不十分なのです。
ただ近年は、日本でも楽しむという要素が拡充しつつあるように思います。例えば、地域にあるマンガ美術館やアニメ美術館などは非常に頑張っていると思います。つい先日も秋田県増田町の「まんが美術館」に行ってきました。また、倉敷市の「いがらしゆみこ美術館」にも行きましたが、あまりに乙女チックで一人では恥ずかしくて入れませんでした。このように近年は、日本でもテーマパークに近いミュージアムが増え、多くの来館者が訪れており、彼らの表情を見ると非常にエンジョイしているのを感じます。行政的な視点では、こうした施設は博物館や社会教育施設などには入らないのかもしれません。しかし、ミュージアムというものをもう少し幅広く考えれば、日本のミュージアムもだんだん楽しくなってくるのではないでしょうか。
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| ハードロックカフェ |
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| レインフォレストカフェ |
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| Barnes & Noble |
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| メンフィス・グレースランド (プレスリー旧宅) |
3年ほど前のAAM(米国博物館協会)の総会で、ある方が「これからの博物館はいろいろな競合相手がいなくてはならない」と言って、意外な例をあげていました。ひとつは、日本にもある「ハードロックカフェ」です。ハードロックカフェは、ロックに関するコスチュームや楽器等を展示してあり、音楽がガンガン流れていますが、ひとつのエンターテイメント施設として競合相手と考えられるということです。もうひとつは「レインフォレストカフェ」で、入口には水族館のような巨大な水槽があり、なかに入るとトラやゾウなどの張りぼてが置いてあります。時間になると店内がピカッと光ってジャングルで突然雨が降り出したような雰囲気になり、トラやゾウが動き出すというエンターテイメント性があるレストランで、米国では非常に人気があります。ある人に聞くと、動物園は市街地から離れた場所にある場合が多く、車で出掛けなければいけませんが、レインフォレストカフェはダウンタウンのモールのなかなど、比較的近い場所にあるので簡単に行けて便利なのだそうです。食事をしながら手軽に動物や魚を見て、熱帯雨林の雰囲気を味わえるのです。
「Barnes & Noble」という大きな書店も、ミュージアムの競合相手にあげられていました。最近は「スターバックス」と提携して店内に喫茶店を置いており、そうした形で知的好奇心を満たすことができるのであれば、ミュージアムに行く必要はないと考える人もいるに違いないという発想です。ミュージアム業界以外のいろいろな施設を競合相手として捉えているところに、米国の先見性、マーケティング的思想があると実感しました。
先日、小泉前総理が訪問して話題になったメンフィスのプレスリーの家へ行くと、プレスリーと一緒にプリクラのような記念写真を撮ることができます。私もプレスリーと写真を撮りましたし、「ケネディ宇宙センター」では宇宙服を着て写真を撮りました。実は日本にもこうした施設はたくさんあって、私は「石原裕次郎記念館」で石原裕次郎と乾杯した写真や「寅さん記念館」で寅さんと一緒の写真、閉館した「美空ひばり記念館」でもひばりさんと一緒の写真を撮りました。日本でそうした楽しい要素を前面に出したミュージアムは、大体がエンターテイメントやテーマパーク系の私立館ですが、公立館でも試みてみる価値はあると思います。
では、日本でそうしたマーケティングが根付くかというと、米国の場合は6〜7割が私立館ですが、逆に日本では7〜8割が公立館であるという違いがあります。公立館の場合は、どうしてもお上の施設という感覚があり、たとえ市立博物館であっても、市民が自分たちの博物館だという意識を持ちにくいのだと思います。ところが、米国の場合は概して政府の役割が低いので、基本的には地域の住民がミュージアムをつくりあげています。米国は歴史が浅いですから、いろいろな国からの移民が集まって自分たちの町をつくりあげてきました。自分たちの町を大切に守っていくために歴史協会ができ、半ばボランティア的に博物館をつくったという歴史的な経緯があるのです。
こうした小さな歴史博物館は観光ガイドブックなどにはあまり紹介されませんが、職員が非常に熱心です。日本で地域の郷土資料館などへ行くと、校長先生などを退職した嘱託の館長さんがやってきて、にわかに電気をつけて「どうぞご自由に」という無愛想な対応が多いですが、米国ではもっとフレンドリーで、地元のおじいさんやおばあさんがやってきて「ウェルカム」と歓迎され、他愛のない世間話を1時間ほど聞かされる羽目になります。どこでも似たような話が多いのですが、彼らの郷土愛が伝わってくるのです。そうした話を聞きながらミュージアムを見学すると、たいしたことのない展示物でも、開拓時代からの地域の歴史を実感できるのです。彼らのような地域に誇りを持つボランティアがいるからこそ地域のミュージアムは成立するのですから、日本でも特に市町村立のミュージアムは、地域の施設だという気持ちをもっと強く持たなければいけないと思います。