【Cultivate Vol28 特集◎21世紀、ミュージアム・タウンの創造と展望】より
日本ミュージアム・マネージメント学会会長、長崎歴史文化博物館館長 大堀 哲
プロフィール
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| 長崎歴史文化博物館外観 |
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| 復元された長崎奉行所立山役所 |
私が館長を務める「長崎歴史文化博物館」は2005年11月に開館して1周年を迎え、ようやく本格的な経営の形づくりに取り組み始めたところです。12年前に日本ミュージアム・マネージメント学会を立ち上げた時には、ミュージアムのマネージメントといっても聞き慣れない言葉で、博物館関係者にさえ冷ややかな反応もあったように思います。学会のパンフレットには、当時からマーケティングという言葉が出てはいましたが、そのことについての理解はありませんでした。今日、ミュージアムのマネージメントを考えるうえで、マーケティングが重要な役割を担うという認識がされるまでに至ったのは大変な進展だと思います。
まず、当館の特色を申し上げますと、ひとつは長崎県と長崎市が共同で、一体となってつくった博物館であり、これはわが国では初めてのことです。そして、長崎学、つまり長崎の学術文化の継承発展も当然ミッションのひとつです。もうひとつが、地域の活性化で、当館は長崎の地域経済の活性化に寄与することを大きなミッションとして掲げており、県はこれを文化政策の一環として明確に位置づけています。当館にとってもこれはある意味、大変取り組みやすい状況です。
また、当館はいち早く運営に指定管理者制度を取り入れたことも大きな特色で、それをいかに成功に導くかということも重要な使命です。施設管理のみならず、学芸員研究部門まで含め、全面的、本格的な指定管理者制度の趣旨を活かしたミュージアムをめざし、当館は実践に移っているところです。ですから、今の段階で、私がこの制度について大変に良いものであるとか、適切でないと結論づけることはできません。しかし、1年間館長として運営し、とかく懸念されていることは克服できることですし、大変やりがいを感じていますから、もっと長い目で見た方が良いのではないかと思います。今後も課題はたくさん出てくるでしょうが、順次解決していきたいと考えています。
マーケティングの考え方の重要なポイントは、いかに顧客との関係をつくっていくのかということです。つまり、顧客との信頼関係づくりが大切で、利用者の意見にきちんと耳を傾け、応えていかないと、信頼関係は築けません。関係づくりのひとつの例をあげましょう。ミュージアムには、若い人がなかなか来ないという問題があります。当館の利用者の大部分は40〜50代以上の高齢の方で、高校生や大学生、社会人などの若い人たちの入館は比較的少ないですから、この問題については絶えず対策を考えています。
昨年5月18日の国際博物館の日には、若いスタッフの発案で、「博物館と若者」をテーマにしたイベントを開催しました。市内県内には若い人の音楽やダンスなどのグループがたくさんありますが、彼らは普段、博物館に来ることはありません。博物館の存在さえ知ろうとしない層と言った方がいいかもしれません。それでモダンダンスをしているグループなどに働きかけ、「ダンシング・イン・ミュージアム」というイベントを非常に短期間に計画し、実施しました。当館は通常、開館時間が朝8時半から夜7時までですが、このイベントは夜7時以降に開催しました。これが大変な盛況で、DJとヒップホップの大音響のなか、約200人の若者、それに見物人も含めて大変な熱気でエントランスホールが揺れ、夜9時過ぎまで盛り上がりました。こうした機会に若者たちに博物館の存在を認知させ、いかに博物館利用者に結びつけるかということを追求していけば、彼らは将来的に必ず博物館に来る層になると思います。
当館は民間の乃村工藝社が指定管理者として運営を行っていますが、このなかに広報営業グループがあり、旅行代理店のJTBなどと業務契約をしてスタッフを派遣していただいています。通常、ミュージアムにマーケティングの担当者が配置されることは少ないのですが、彼らは経験がありますので、自分たちで計画して昨年7月8日に市内で市場動向調査を行いました。来館者へのアンケート調査などは一般的によく行われますが、実際に市場に出て聞き取り調査をしました。博物館に対する関心度を深める調査には大変なエネルギーが必要です。しかし、当館はマーケティングを博物館活動の重要な要素として位置づけており、今後は市場動向調査のみならず、もっと細かいところまで分析を進め、運営に反映していきたいと考えています。東京国立博物館でも営業開発グループがつくられているようですが、今は国立の博物館であってもマーケティングを模索し、実践していかなければいけない時代なのだと思います。
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| 長崎歴史文化博物館外観 |
私は長崎に住んでまだ日が浅いのですが、長崎には企業やNPO、商工会議所、青年会議所を初めとする非常に多様なグループがあります。さまざまな異業種のグループの交流があり、私は「関係づくり」の観点から、そうしたグループに多い時は3日に一度くらいは出かけてお話をしています。もちろん、普段は博物館の常勤館長としてフル回転の状況ですが、それ以外にできるだけ県内各地のいろいろなところに出かけ、お寺や神社など地域の人々の考えを聞くという試みをしています。そうした人たちとの関係性をいかにつくるかということは、ミュージアムの集客、創客という意味でも大変重要です。そうした小さな努力も積み重ねれば必ず結果として現れますから、今は館長自らが先頭に立って取り組みを進めているところです。
当館では「海外交流史」というテーマを掲げ、とりわけ鎖国時代の近世長崎の海外交流史にテーマを絞った展示等を行なっています。これは展示の手法そのものもおもしろく工夫していますが、豊富な実物資料がありますから、本物を見たり、ふれることでいろいろな新しい体験ができるようにしています。マーケティングの考え方には価値の交換という要素がありますが、来館者が感動や楽しみ、新しい経験に出会う機会が非常に多いということについては、当館はそれにある程度は、お応えしていると言えるかと思います。
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| 長崎奉行所展示風景 |
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| 歴史文化ゾーン展示風景 |
長崎は幕府の直轄地でしたので、かつてこの地には長崎奉行立山役所(長崎奉行所)が置かれました。当館は黒川紀章先生の設計で長崎奉行所の公的な部分が復元・整備され、そのなかで現代的な博物館活動を展開しています。当時、長崎奉行所が行っていた行政や外交、貿易、キリシタンの取り締まりなど、その幅広い仕事や役割をわかりやすく展示しています。
鎖国以降、開国までの218年のあいだ、長崎は日本と海外を結ぶ唯一の窓口でしたから、長崎奉行所は密貿易やキリシタンの取り締まり、日本に漂着した外国人の裁判など、いろいろな役割を担っていました。当時、奉行所で行われた裁判を記録した145冊の犯科帳がそっくり残っているのですが、当館はこの一部を展示しています。中身を見るとなかなかおもしろく、現代にも通じる話がたくさんあるので、当館では犯科帳に出てくる話を寸劇に仕立て、奉行所のお白洲で市民のボランティアに演じていただいています。話の筋は犯科帳の史実にきちんと基づいていますが、多少の脚色をして、お客様に楽しんでいただいています。
現在は第3作目の寸劇ですが、1作目が博多の豪商・伊藤小左衛門の密貿易の裁判、2作目は北海道に漂着して長崎に送還された後、オランダ通詞に英語を教えたというマクドナルドの裁判、3作目は娘を食い物にした親の裁判で、これはお涙頂戴のお話です。一度見たお客さんも内容が変わればまた見に来ますから、その都度PRをすれば当館のリピーターになっていただけます。長崎の人は歴史にも大変関心が深いですから、すでに10回以上訪れたというリピーターもたくさんいて、年間フリーパスポートを使って来館されています。そうした新しい経験、価値を提供する取り組みは、絶えず行っていかなければいけないと思います。
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| 奉行所お白洲で行われている寸劇の様子 |
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| 「ダンシング・イン・ミュージアム」のイベント風景 |
これは決して学校だけが悪いわけではありませんが、今の中学生や高校生は郷土・長崎の歴史について十分に理解していません。開館して間もなく市内の高校生が来館したのですが、生徒たちの感想を校長先生がまとめてくれました。異口同音に書いているのは、「博物館でこの展示を見て、自分が長崎に生まれ育ったことをこれほど誇りに思ったことはない」ということでした。ほとんどの子どもたちが、「海外のさまざま文化が、長崎から全国に伝わっていったことを初めて知った」「今、長崎に住んでいることをとても誇りに思う」と書いています。郷土愛というものは、誰からも強制されることなく自然に培われるものだと思います。博物館がその大きな役割を果たすことは言うまでもありません。この生徒たちは、まさにそれを実際に体験したのだと、非常にうれしく思いました。
当館はいろいろな方々のご支援をいただき、ようやく1周年を迎え、初年度は約67万人の入館者を数えました。どの館でも初年度は入館者が多いということはありますが、人口45万人の都市の歴史系博物館で、これだけの入館者があったということは例がないのではないかと思います。当館は市街地から少し離れた諏訪神社のそばにあり、ここはよほどの目的意識がないとなかなか人が来ない場所です。「金沢21世紀美術館」のようにロケーションに恵まれているわけではありません。比較的不便な当館に足を運んでいただいているという意味は、決して小さくないと思います。これは私の密かな目標ですが、北の「旭山動物園」、南の長崎歴史文化博物館、そのあいだの金沢市の金沢21世紀美術館と、並んで全国的に認知されるようにしていきたいですし、その可能性は十分にあると思います。
知事をはじめ、長崎県は文化振興事業、文化による地域活力の創出にとても熱心で、ミュージアムに対する思い入れはことのほか強く、当館もあらゆる面でバックアップいただいています。もちろん、いろいろな課題はありますが、県当局と指定管理者のあいだで毎週1回は調整連絡会議を行い、常に前向きに対策を協議しています。これほどの支援体制があるのですから、私は当館の展望は非常に明るいと考えています。館長の私が言うのだから、間違いありません。そのくらいの自信を持って、職員一同とともに、今後とも当館のさらなる発展に向け、また長崎地域の発展に向けて取り組んでいきたいと思います。