【文環研レポート Vol21】より
文化環境研究所 所長 高橋信裕
これまでのミュージアムは、社会の公器としてのミッションを授かってきたにもかかわらず、自らが社会性を発揮できないジレンマから、自己完結型で殻に閉じこもる閉鎖的な性向が強かった。その一方で、今まさに目の前に展開している社会とは乖離した非日常的な異界が、今日的な“市場経済性”と結びつき、高貴で迎賓館的な、あるいは好奇で見世物館的な展開によって、地域の活性化を図るという、いわゆる「観光」と「集客」を第一義におくミュージアムの系譜も見て取ることが出来る。しかし、不思議なことに、生涯学習社会や地域コミュニティの再生に機能を発揮し、役割を果たすべく前者とともに、後者にあってもまた、「ミュージアムは設置者、運営者のもの」という意識が、当然のことのように強かった。運営予算の編成や事業計画等は、設置、運営サイドの恣意的な事情や都合によって、裁量が加えられ実施されてきた。ようやく近年、低迷しがちな公設ミュージアムの社会性やその対価(納税)への妥当性が取り沙汰され、それが評価のありかたへと関心を高めることになり、マーケティング調査や評価システム等が検討され、実施されるようになった。そこでは、改めて「ミュージアムは誰のものなのか」が主要な論点になり、「ミュージアムはそれを利用する利用者(市民)自身のものである」、「ミュージアムの存在が豊かな社会基盤に貢献する」、といった基本的で具体的な理解が、社会で共有されつつあることは喜ばしいことである。
今回のレポートでは、ミュージアムの現状と問題点、そして今後の方向性を一覧表にしてまとめ、ミュージアムを取り巻く動向、課題、展望を俯瞰できるよう試みた。
そこには、ミュージアムが抱えるさまざまな状況が、我が国の文化や経済、社会が抱える状況と色濃く重なり合って現象化している構造が見て取れ、目の前に殊更のように展開するミュージアムの問題が、単なるその世界だけで解決出来るものではないことを伝えるものとなっている。
ミュージアムの概念が、これまで以上に広く深くなってきており、「博物館法」で規定したところの「登録博物館」あるいは「博物館相当施設」がミュージアムである、という捉え方は、現実の社会では既に意味を失ってきている。その原因の最大の加担者は、「博物館法」を遵守すべき立場の行政当局にある。もともと、社会教育法で「博物館」を「図書館」とともに「社会教育のための機関」(社会教育法第9条)であると規定し、博物館法でも公立博物館を「当該博物館を設置する地方公共団体の教育委員会の所管」(博物館法第19条)におくと規定しながら、その一方で「博物館」を観光開発の目玉施設として設置し、「博物館法」に拘泥しない運営の仕方をとってきた。またそうしたことで、公立の博物館は地域に経済的な波及効果をもたらし、多くの人々で賑わう集客施設として、地域振興に多大な貢献を果たしてきたのも事実である。「社会教育」のテリトリーには「レクリエーション」が含まれているため「博物館」を観光施設として地域社会に貢献させようという考えは、それほど抵抗なく受け入れられてきたのであろう。その規模や立地環境、設備の魅力等に呼び寄せられて、「人」は集まり、賑わいの磁場が形成されたかに見えたが、その「人」が、いつまでも「人」のままで、キャッシュフローをもたらす「客」に化けなかったところに、マネジメントの欠如が指摘される所以がある。ただ、誤解してはいけないことは、「社会教育のための機関」である「博物館」にあっては、利用する人々は「人」のままであってよいのであって、そこでの問題は、「人」が「人」としての喜びを感じ、同時に博物館の利用体験によって、生きる力がはぐくまれ、元気づき、市民として、より高次のレベルに成長していく過程、その成長過程をミュージアムが支援出来ているかどうか、が重要なのである。施設経営の採算性の確保と向上を「社会教育のための機関」である「博物館」の評価基準の上位に位置付けることは、そもそもにおいて健全な社会ではない。「博物館」の「集人」効果を「集客」として受けいれ、来訪者もてなすことで地域経済に潤いをもたらせる経済行為は、民業が担うものであって、その民業の活性化にミュージアムが貢献できる、といった図式が、そもそもの考え方であった筈である。ところが、近年ではこの図式は変貌を余儀なくされてきている。すなわち、ミュージアムが経営的に生き延びようとする競争のジレンマから収益優先の、閉鎖的で自己完結型の性向が強められてきているのである。現在、ミュージアム界にあっては、「対話」と「連携」が標榜され、お互いが強い絆で結ばれようと努めているものの、ミュージアムと市場経済との結びつきは、ますますミュージアム間の凌ぎ争いに拍車をかけることになり、阿蘇火山博物館や芦屋市美術博物館のようにミュージアムが経済的、財政的破綻からリストラの荒波に飲み込まれる状況が現出している。
ミュージアムでの情報は、所蔵するコレクションや当該地域を対象とした研究等を通じて発信されてきた。その情報の送り手は、基本的にはそのミュージアムに籍をおく研究者(学芸員)であり、一般の利用者は、常に受け手としての情報消費者の立場に甘んじてきた。この意味で、ミュージアムの一般利用者は啓蒙、啓発される側からでしか、ミュージアムの活用方法や存在意義を見出すことができなかった。成熟した生涯学習社会にあっては、ミュージアムの備えるコレクションや設備、機能を最大限に利用して、情報や知識を創造するのは、館専従の研究者ばかりではなく、むしろ利用する市民自身であるべきで、こうした知識創造をサポートし、手助けするミュージアム職員の採用と育成が、これからのミュージアムの課題となろう。
戦後、最も深刻な不況に見舞われている日本経済は公財政を圧迫し、さしも公共事業の要であった「ハコモノ」行政を後方へと押しやっている。ミュージアムにあって、最も重要、かつ基本的な施設は、収集した「モノ」(文化財に代表される実物)を収集、保存し、次代へと継承していく「ハコモノ」であり、当然「モノ」は時代を追うごとに増えていく。
本来ならば、全国的な規模での大型収蔵庫が、例えば「平成の正倉院」として整備され、図書館に例えるならば、国会図書館的な機能と役割を果たすべきであるが、不思議なことにミュージアム界における階層化は、図書館ほど顕著に展開してこなかった。その理由を敢えて求めるとすれば、ミュージアムは図書館と異なり、「展示」というメディアを通して表現者の意図や思想が社会に発信される。表現者は、ミュージアムであり、その責任者は公設のミュージアムにあっては対外的にはその公法人を代表する知事や市町村長らである。しかし、実際はミュージアムの現場に根を下ろしている専門職(学芸員)が、その解釈を展示という形で表現してきた。そして、これが歴史系の展示であれば「歴史観」の相違や対峙が、さまざまな関係の中で充分に起こり得る。このような環境のもとでの機関(博物館)の階層化、序列化は、特に現在の日本の政治、社会状況にあってはなされ難い。しかし、全国規模での大型収蔵庫は、こうしたジャーナリスティック性やイデオロギー問題を越えたところで実現が可能な、ハードそのものの「ハコモノ」なのである。しかも、新設にこだわらず、空倉庫(近年では空調設備を備えたものが一般化している)さえあれば出来るのである。これが無理だとすれば、増えつづけるミュージアム資料をどのように「分散管理」していくのか、が次の課題となろう。当然、自治体による新たな「ハコモノ」は望めない、という前提での発想である。ここで、足元を見つめ直してみれば、地域社会にミニミュージアムが数多く存在している、あるいは、存在し得ることに気がつく。地域社会には多くのコレクションマニアが存在し、彼らは疑似ミュージアム体験を自己実現の重要なファクターとして取り入れている。また、意図的に集められた訳ではないコレクションも、生業や家業との関係で集積されている場合がある。これらの文化資産を登録制度の活用などによって、地域、個人、行政が互いにポテンシャルを高める「学び」や「癒し」の資源として共有化していけば、近年、地域振興に大きな成果をもたらせている「エコミュージアム」に「福祉」と「文化」の連携といった新たな仕組み軸が加わることにもなり、ミュージアム資料の保管、管理といった面でも有効な分散活用が果たせることになる。
ミュージアムの展示は、かなり以前から「展示業者主導のもとにしつらいが行われ、それが展示の画一化と固定化をもたらし、結果的につまらないものにしてきた」と指摘されてきた。その背景には、ミュージアムの設置者サイドの体制や進め方にも構造的な問題があることから、一概に業者を責めることはできない事情があるものの、事実、展示は博物館職員(学芸員)の手に余る存在でもあった。ミュージアム展示の現場で発生する問題は、その殆んどがデザインや展示手法に対する理解と認識の相違に起因したものである。展示場が暗い、動線(順路)がはっきりしない、パネルの文字が小さいなどなど、こうした齟齬は、それぞれの側が経験を蓄積してきたことから、徐々に解消されつつある。しかし実は、展示に関して論じられなければならない重要な課題は、見せ方やレイアウトとは違ったもっと別の次元にあるのである。その課題の一つが今、国立歴史民俗博物館(歴博)をステージとして真剣に論議されはじめている。歴博では、「歴史展示とは何か」という、根本的な問いかけを、真正面から問い直そうとしているのである。そこでは、ミュージアムの情報発信が、「展示」という特異なメディアによってなされる、という「展示としての表現」の検証とともに、「歴史」という抽象的な概念をどのような視点に立脚して伝えればいいのか、客観性にこだわり、イデオロギー的にも無色無臭の歴史観を構築して見せることが相応しく、またそれが可能なことなのか、逆に展示者の恣意的な歴史観の提示なくしては来館者に歴史というものをリアルに伝えることは出来ないのではないか、といった検証が行われつつある。ここでの方向性は、今後の歴史展示のあり方を規定するほどの影響力をもつものと予想され、その成果が期待される。ただ、これからの「歴史展示」が進んでいく骨太の方向として言えることは、展示として構成されたストーリーは、歴史観の一つのモデル提示であって、実際の展示環境にあっては来館者は自己の裁量によって、自由に空間移動を行い、感覚的で非論理的な五感を通じて受容する展示情報は、必ずしも展示者の意図通りには伝わらない、ということであり、モノ(実物資料)や情報との出会いに対して、設定されたコンテクスト(文脈)とは異なった視点からのアプローチが可能なサーチ機能やリンク機能が展示の仕組みの中に求められることになろう。
あと数年で日本の人口は減少に転じ、少子高齢化が本格化する。特に団塊の世代が現役引退の時期を迎え始め、この世代がそれぞれの時代に新しい生活スタイルを築いてきたことを考えると、彼らが生活の基盤として回帰してくる「地域」と「文化」に向ける眼差しも変わっていくものと予想される。近未来の身の回りの世界は、彼らの生活文化に対する充足、生きがいへの希求から、これまでにない変化がもたらされるようになり、彼らの世代のニーズを吸い上げた対応が望まれるようになる。
これらの世代の人々は、長年の社会体験をバックグラウンドに、磨かれ蓄積されてきた技能の持ち主であることから、この世代の活かし方が今後のミュージアム運営の鍵を握るものと思われる。
ミュージアムの普及促進活動も収蔵する文化財を保存し、維持していくことを重視してきたパーマネントコレクションの時代から、コレクションの存在を利用者とともに共有し、それらの意味や価値をミュージアム活動を通して体験し、高めていこうといったエデュケーショナルコレクションの時代へと事業のシフトを大きく変えつつある。
ミュージアムを利用する人々のニーズが、「一方的な情報を享受し教養程度の知識を習得する」、というレベルから「自学、自習によってオリジナルな知識の創造を図る」といった、実際的で目的性の高いレベルに移行してきている。
情報を扱い、また同じ社会教育機関である「図書館」よりも、それだけ「ミュージアム(博物館)」には、真正性が要求され、高度な情報の集積と、多くの資料の収集、整備がなされている必要がある。IT化がグローバルな規模で拡大し、浸透する現代社会にあって、自館のHP(ホームページ)の開設や所蔵資料のインターネット上での公開などは必要不可欠のものとなってきている。
今後は、ますますユビキタス社会への対応が迫られるとともに、その一方で実物を閲覧できる仕組みづくりと環境の条件整備が必要とされる。博物館へと実地に足を運び調査研究を行うアマチュア研究者や専門家らに優しく広く開かれた博物館としての役割と使命も、今後とも重視されていかねばならない。。
現在の我が国のミュージアムで、最も重宝とされる人材は、館長も含めて“カリスマ雑芸員”の存在ではなかろうか。学術分野での実績もあり、政治家や経済界にも人脈があり、地元の地域おこしリーダーや団体等とのパイプも持ち合わせている、といった人材が、現在低迷するミュージアムを再生させる有力な存在となる。かつて、学芸職員のスキルには、それぞれの専門性が要求され、将来は学芸員の職務は専業化と分業化の方向に向う、との意見が聞かれたが、ミュージアムのミッション(使命)、経営戦略、経営ノウハウの確立、導入など、ミュージアム資源の価値を最大限に発揮させる経営ビジョンの構築とそれを日常の業務に反映させ、生涯学習を実現する有力なメディアとしてミュージアムを市民社会に認知させるには、ミュージアムという機能や存在を正面きって社会に向けて発信でき、それにかかる負担は、社会的にも正当な対価であるという当然の正当性を納得させ得るオールマイティ性と一種のカリスマ性が必要とされる。現在、我が国のミュージアムは、大きな転機と再編の時期にさしかかっており、こうした時期だからこそ、ミュージアムという機関に根をおろした専門職員の育成を優先課題とすべきであろう。またミュージアム自体に、奥行きの深いカリスマ性が包摂されている、ということを関係者は充分に意識すべきである。。