【文環研レポート Vol23】より
文化環境研究所 所長 高橋信裕
わが国の博物館展示の歴史を語る場合、上野の2つの博物館、すなわち「東京国立博物館」と「国立科学博物館」の存在を抜きすることは出来ない。「東京国立博物館」(東博)は、戦前には“宮内省”の所管にあったことから、文化財の公開と同時に保存重視の展示が行われてきた。戦後になり収蔵品が国宝や重要文化財等の国民の共有財産となってからも、第一級の美術品である展示物そのものが、「展示者や観覧者の主観を超えて、それ自身に100%に近い価値を担っている」(※1)こともあって、公開という展示の場面でも、展示物の背景等の情報伝達よりも、展示物を一点、一点美しく見せ、温度や湿度、防災、人災に万全を期した保存環境の整備が重要視されてきた。採光による影響や温度、湿度の安定を意識した建築設備計画、人工照明や防災、盗難など保存やセキュリティ条件等に対応する展示ケース等の開発と仕様が、展示における重要課題となってきた。
一方、設立当初から社会教育機関として、その存在意義を担ってきた「国立科学博物館」は、戦前においても国での所管が主に文部省でもあったことから、国民大衆や児童、学生らに理解される工夫が展示の分野でも積極的になされてきた。また、一方では、学者や教育者、博物館関係者が、博物館先進国である欧米の事例を視察、見学し、わが国の博物館展示のあり方に、多大な影響をもたらしてきた。例えば、明治から昭和の戦前にかけて、日本史研究の重鎮であった黒板勝美氏(※2)は、欧米の博物館視察での経験から博物館の陳列法で注意すべきことは、(1)陳列品の製作された時代と場所のアトモスフェヤが陳列品と陳列室内にあふれるようにすること。(2)観覧者にその時代の気分に浸ってもらい、その遺跡や場所にいるような感じを起こさせること。すなわち、博物館展示に「一目の下に分明ならしめる」陳列法の有効性を説いた。(※3)この展示法に対する考え方は、自然史系の博物館では「生態展示」、歴史人文系の博物館では「時代室展示」というジャンルを確立してきた。直観に訴えかける展示については、近代の学校教育の主流を形成した「直観教授法」という教育手法が博物館展示にも影響したものと思われる。(※4)この展示手法の考え方は、その後の日本の博物館に影響を及ぼし、今日の博物館展示で、一般化している生態展示、復元展示等は、この考えの延長線上にある。「東博」の展示(仮に「保存重視型展示」とする)と「科博」(伝えようとするテーマや情報を分かりやすく編集、構成し、観覧者の知識の啓発に応えようとする展示、このタイプを仮に「教育重視型展示」とする)に代表される2系統の展示に、展示者の研究とその成果の公開を第一義に置く「研究重視型展示」の本格的な博物館が1970年代後半から80年代にかけて誕生する。すなわち「国立民族学博物館」(民博)と「国立歴史民俗博物館」(歴博)である。これらの博物館が従来の博物館の展示のあり方に疑問を呈し、新たな展示理念のあり方を構築することになる。もともと、博物館の機能には調査・研究が組み込まれてきていたのだが、それら研究の成果が展示に直接に、しかも深く結びついて融合化されるという一体的な関係では必ずしもなかった。展示のターゲットが、大衆や子供たちといった漠然としたイメージの下で想定されてきたことも原因の一つではあるが、展示というものは、学術研究という科学的な精査を経た成果の表象というよりも、センセーショナルで見世物的なしつらいという、博覧会的なメディア空間への傾斜が強かった。その背景には、大阪万国博覧会の成功を契機に産業として大きな飛躍を果たした展示業界の存在がある。現在の博物館の展示は、こうした展示企業のノウハウとスキルを抜きにしては覚束ないのが現状である。博物館の展示は、博物館の学芸員と展示会社のスタッフとのコラボレーションによる成果に基づくものだが、民博での展示では、少なくとも学術性に裏付けられた、科学的な根拠に基づく展示がなされるべきである、との観点から、サブカルチャー的な“展示”というメディアに、“学”が掲げられ、その問い直しと、体系化が「展示学」の視点から図られるようになった。(※5)
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補注) |
東京国立博物館の展示のように、その展示物自身を万全な保存環境のもとで、しっかりと見せることで、十分に存在価値を発揮し、来館者の要望にも応えることが出来る美術鑑賞を主眼とした展示では、展示に求められる優先課題は、展示資料(文化財)を経年変化や天災、人災から守るといった設備面での万全な措置である。そのため、展示室の無窓化を図り、自然光を遮断し、機械空調により安定した温湿度環境を保つとともに、展示ケースの採用にも、機密性の高いエアタイトケースを導入したり、地震被害を考慮し、ケースや展示台に免震装置を組み込むなど、設備機能面で精度を高めることに意が注がれる。照明器具についても、熱や紫外線による展示資料への負荷をなくし、光源を交換するなどのメンテナンス作業を容易にするために、光ファイバーへの関心が高く、その開発と導入が進められている。一方、地方の公立、私立の博物館・美術館が国宝や重要美術品など、国指定の文化財の展示を行う場合、文化庁長官らへの許可申請など煩雑な事務手続きが必要とされてきたが、その手続きを簡略化し、比較的容易にこれらの一級美術品の展示公開が可能となる「重要文化財の公開承認施設」、「重要有形民俗文化財の公開事前届出免除施設」の制度が定着しつつある。条件として、建設計画の段階から文化庁と協議し、東京国立文化財研究所との協力の下に推進して行くことが定められているが、前提にはこれまで、文化庁から出されてきた指針や基準をクリヤーすることが求められよう。以下にこれまで、文化庁が出してきた基準や指針等を整理した。
■組織・人員・運営(特に「重要文化財の公開承認施設」等に対する規定)
■ 施設全体
■ 他の施設と併用する場合の設計留意事項
■ 各部屋の関係(配室計画)
■ 搬出入口
■ トラックヤード、荷解き場
■ エレベーター
■ 燻蒸施設
■ 収蔵庫
■ 展示室・展示ケース
[出典文献] |
社会教育機関としての博物館の意義や必要性は、戦後の「博物館法」制定以前に、すでに社会に浸透していたが、その先導的な役割を果たした博物館が、科博の前身である「教育博物館」であり、「東京科学博物館」であった。そこで中心となって活躍した人物に、わが国の博物館の父とも例えられる棚橋源太郎氏がいる。東京師範学校出身の棚橋氏は、博物館を学校教育との関係から、また社会教育の中核機関としての位置づけから、欧米の博物館を実地に調査し、豊富な実務経験とグローバルな知見にもとづく博物館関連書籍を数多く世に送り出している。その考えは戦後、大学に開設される「博物館学講座」のカリキュラムに受け継がれ、大学では宮本馨太郎氏(立教大学)科博では、鶴田総一郎氏らに引き継がれていく。科博は、戦後、改組されて展示、収蔵の博物館であるとともに研究機関としての機能も合わせ持つことになるが、国立の他の博物館や美術館が文化庁の所管にあるのに対し、文科省本省内の生涯学習(社会教育)の部局のもとに置かれていることから、国民的には社会教育機関の認識が強い。
戦後の昭和40年代(1970年代)に、明治100年を記念しての博物館建設ブームが起こり、数多くの地域博物館が設立されたが、それらの博物館の展示に共通するものとして、
(1)テーマ設定とストーリー仕立てによる、わかり易い展示構成(いわゆる課題展示や総合展示)
(2)解説計画では、文字による説明を出来るだけ避け、簡潔で明快な文章とともに、科学理工系であれば原理や法則を来館者自身が五感で感じ取ることの出来る参加体験型の展示の採用。人文歴史系であれば、当時の生活や情景を再現した中で、ヒューマンスケール感覚でそれらの時代を追体験できるバーチャルでインタラクティブな演出。
近年では、上記の事柄に加え、
(3)ユニバーサルな観点から、観覧者の身体的、言語的、また知識欲求レベルに対して、きめ細かく応えることの出来るITコンテンツを導入した教育普及サービスの充実など、が特色とされる。
これらの博物館の展示には、「総合展示」といわれる展示の考え方が脈々と受け継がれてきており、その「総合展示」の原点は、棚橋源太郎氏の言う「綜合陳列」にあるのでその概要を説明しておこう。この「総合展示」(綜合陳列)の考え方に立てば、展示物の分類展示や、時代順による編年的な展示は、専門家や研究者向けであるとして、排除される。戦前の科学博物館では、展示室は、一般用(教育陳列室)と研究者用(標本陳列室)の2つに分けられ、一般用は観覧者に容易に理解できる展示方式を採用し、例えば、理工学に関する展示では、現代生活上必要な理工学上の基礎知識を伝え、動物展示は、生態パノラマの採用で観覧者の興味を引付けた。研究者用は標本を中心に研究標本室に陳列し、希望者に観覧させるという二重展示方式を採用している。(※6)
ちなみに、国立科学博物館では開館90周年を区切りに、昭和42年に博物館の整備拡充を行っている。当時の杉江清館長は、この新しい展示計画に対して、次のような方針を打ち出している。(※7)
「総合展示」に話を戻そう。自然史博物館での動物展示の場合などは、動物の剥製を、生息地域の植物や岩石とともに総合的に配列して、その生活状態を示す。この展示方法は、原地グループ(Habitat group)陳列法とも呼ばれるが、生態展示のことである。また、歴史や美術系の博物館では、ある時代の展示物を展示する場合、絵画や工芸品、家具、狩猟具、農工具、家庭用品などと組み合わせて当時の時代の様式や風俗を総合的に展示する時代室陳列(Period room)を言い、両者に共通する点は展示物を単体で展示するのではなく、関連するそれらを組み合わせて再現したり、配置したりする展示手法にある。(※8)
「総(綜)合展示」の特色である「組み合わせる」という視点は、モノとモノとの組み合わせから、さらにモノと展示メディア(パネル、映像、模型など)の組み合わせへと発展し、ストーリー展示(課題展示)の主流となっていった。
さて、「教育重視型博物館」のシンボル的存在である「国立科学博物館」の新館展示(2期)が平成16年に完成し、観覧者を迎え入れている。特筆すべき展示手法としては、まず
ア)展示を送り手側からのメッセージとして情報素材を組み合わせ、そのメッセージ全体を一つのまとまりのある塊(CHUNK=チャンク)として位置づけ、コーナー化した点にある。チャンクという、これまでにない新たな用語を用い、解説計画を計画段階から実験的に試行し、模型や試作によって評価を繰り返しながら定着させていったプロセスにも工夫が見られた。
次に、
イ)来館者の五感と直観に訴える情景再現手法の採用についても、これまでの、いわゆる背景画を伴うプロトタイプ的なジオラマやパノラマから、モノや標本等を浮かび上がらせる抽象的再現手法が人気を呼んだ。
さらに、
ウ)観覧者の興味と参加を喚起する双方向型情報検索装置(タッチパネル画像)の開発と採用
エ)子ども、大人、外国人らのさまざまな来館者に対応したITコンテンツの充実
オ)視覚障害者のナビゲートを意識した音声ガイド(携帯端末)の導入
カ)子どものための解説に特化した“アウトレットパネル”の採用
キ)ハンズオン等を通しての、五感体感展示へのチャレンジ
ク)展示解説におけるヒューマンコミュニケーションの充実等
であるが、これらの試みは、今後の「教育重視型博物館展示」の新しい方向性を示唆するモデルとして受け止められよう。
補注) |
研究重視型博物館は、国立の大学共同利用機関として設置された「国立民族学博物館」(民博)や「国立歴史民俗博物館」(歴博)等がそれにあたる。
展示に対する考え方も、これまで述べてきた「保存重視型博物館展示」や「教育重視型博物館展示」と基本的に異なる考え方に立つ点に特色がある。
特に、梅棹忠夫氏が主導した「民博」は、新たな博物館展示のモデルを打ち立てた。
民博では、展示を「文化人類学」という学問の視点から検証しなおそうとした。文化の多様性に踏み込む「文化人類学」、当然その展示においても実証的な科学としての学術性の保障が求められる訳で、そのためムードやイメージに依存しがちで、学術的な信憑性にも疑問を生じさせかねない展示、観る者の思考的な発展をも阻害しかねない再現展示手法(生態展示法など)は、多様性の理解を目指す民博では採用すべきでないという結論に至った。
また、美術品とは異なり、日常の生活用具をコレクションとする民博の展示では、東博の展示のように、展示物をガラスケースに入れ、「モノ」を実際に置かれていた状況から切り離し、全体よりも「個」の鑑賞に重点を置く展示は避けられた。また、「教育重視型博物館展示」が常套的に採用してきた「モノ」の周辺の状況や生活場面をリアルに再現するジオラマなどの「再現展示」や視聴覚機器や可動装置などの動くもの、つまりシークエンシャルな要素もまた展示場から取り除かれた。(視聴覚装置はビデオテークとして、展示場の外に設けられたゾーンに集約)(※9)
民博の展示は、「構造展示」という展示手法で知られているが、この用語は、従来の博物館学で用いられてきた「総合展示」、「課題展示」、「生態展示」等には見られない新しい概念であった。「構造展示」では、「モノ」とその背後にある「文化」との関わり合いを重視し、モノとモノとの間に存在する意味的連関に手がかりを持たせる点を特色とした。具体的には、全体を分解して提示し、部分部分の関わりを通して、見る者に全体の再構成を促す、といった考え方である。写真を主体にしたグラフィックパネルを背景に、モノとモノとの組み合わせによる展示には、グリッド(格子)を空間デザインの単位として設定し、その単位を建築空間と共有化することで「建築と展示の統一」を果たしている。文化の差異を優劣や序列をつけて展示表現しない。すべての文化を等価値として扱うというこだわりと、常に増殖し、成長していく研究成果や資料に対応するために展示什器にシステム化が導入され、その結果、ユニット的なシステム什器が展示のデザインを特色づけることとなった。
近年では、整然とシステム化された展示空間にIT分野の成果が組み込まれるようになってきており、特に、携帯情報端末(PDA)を活用したインターラクティブな情報環境の構築は、民博展示に新たな可能性をもたらすものとして、期待されている。「研究重視型博物館」である民博と歴博は、当然共通した点が多い。
民博の教え方とともに国立歴史民俗博物館の展示の考え方を初代館長の井上光貞氏の著書から抽出した。氏の指摘した課題は、現在も館の研究者の課題として受け継がれ、歴史系博物館の歴史展示のあり方が、今まさに実現しようとしている。(次号につづく)
補注) |
| 国立民族学博物館の展示(1977年/昭和52年開館) | 国立歴史民俗博物館の展示(1983年/昭和58年開館) | |
| 展 示 に 対 す る 基 本 的 考 え 方 |
■展示の基本理念
■文化の多様性の表現と研究成果に裏づけられた展示
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■展示の基本理念
■文献史学、考古学、民俗学の3者の協業による広義の歴史学の確立
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| 展 示 資 料 の 捉 え 方 |
■生活資料
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■生活資料
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| 展 示 の 具 体 的 手 法 |
■生態的展示から構造的展示へ
■構造展示の採用
■展示の表現
■展示の配置及び構成
■空間設定
■動線
■展示具・展示環境システム
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■概説展示から課題展示へ
■課題展示の採用
■展示の表現 |
| 出展※0:「国立民族学研究博物館創設準備会議部会のまとめ」(昭和49年1月) 出展※1:「国立民族学博物館展示の基本構想」(昭和50年12月) 出展※2:「国立民族学博物館展示の基本計画」(昭和51年6月) 出展※3:「国立民族学博物館の理想とその展開」(昭和59年/梅棹忠夫著) 出展※4:「国立歴史民俗博物館の構想」(昭和53年/井上光貞著) 出展※5:「国立歴史民俗博物館と歴史学」(昭和54年/井上光貞著) 出展※6:「歴史民俗博物館をつくる」(昭和55年/井上光貞著) 出展※7:「共同利用機関としての歴史民俗博物館」(昭和56年/井上光貞著) 出展※8:「国立歴史民俗博物館開館に当たって」(昭和58年/井上光貞著) |
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