【文環研レポート Vol23】より

博物館における展示観の研究(1)

文化環境研究所 所長  高橋信裕


はじめに

 わが国の博物館展示の歴史を語る場合、上野の2つの博物館、すなわち「東京国立博物館」と「国立科学博物館」の存在を抜きすることは出来ない。「東京国立博物館」(東博)は、戦前には“宮内省”の所管にあったことから、文化財の公開と同時に保存重視の展示が行われてきた。戦後になり収蔵品が国宝や重要文化財等の国民の共有財産となってからも、第一級の美術品である展示物そのものが、「展示者や観覧者の主観を超えて、それ自身に100%に近い価値を担っている」(※1)こともあって、公開という展示の場面でも、展示物の背景等の情報伝達よりも、展示物を一点、一点美しく見せ、温度や湿度、防災、人災に万全を期した保存環境の整備が重要視されてきた。採光による影響や温度、湿度の安定を意識した建築設備計画、人工照明や防災、盗難など保存やセキュリティ条件等に対応する展示ケース等の開発と仕様が、展示における重要課題となってきた。

 一方、設立当初から社会教育機関として、その存在意義を担ってきた「国立科学博物館」は、戦前においても国での所管が主に文部省でもあったことから、国民大衆や児童、学生らに理解される工夫が展示の分野でも積極的になされてきた。また、一方では、学者や教育者、博物館関係者が、博物館先進国である欧米の事例を視察、見学し、わが国の博物館展示のあり方に、多大な影響をもたらしてきた。例えば、明治から昭和の戦前にかけて、日本史研究の重鎮であった黒板勝美氏(※2)は、欧米の博物館視察での経験から博物館の陳列法で注意すべきことは、(1)陳列品の製作された時代と場所のアトモスフェヤが陳列品と陳列室内にあふれるようにすること。(2)観覧者にその時代の気分に浸ってもらい、その遺跡や場所にいるような感じを起こさせること。すなわち、博物館展示に「一目の下に分明ならしめる」陳列法の有効性を説いた。(※3)この展示法に対する考え方は、自然史系の博物館では「生態展示」、歴史人文系の博物館では「時代室展示」というジャンルを確立してきた。直観に訴えかける展示については、近代の学校教育の主流を形成した「直観教授法」という教育手法が博物館展示にも影響したものと思われる。(※4)この展示手法の考え方は、その後の日本の博物館に影響を及ぼし、今日の博物館展示で、一般化している生態展示、復元展示等は、この考えの延長線上にある。「東博」の展示(仮に「保存重視型展示」とする)と「科博」(伝えようとするテーマや情報を分かりやすく編集、構成し、観覧者の知識の啓発に応えようとする展示、このタイプを仮に「教育重視型展示」とする)に代表される2系統の展示に、展示者の研究とその成果の公開を第一義に置く「研究重視型展示」の本格的な博物館が1970年代後半から80年代にかけて誕生する。すなわち「国立民族学博物館」(民博)と「国立歴史民俗博物館」(歴博)である。これらの博物館が従来の博物館の展示のあり方に疑問を呈し、新たな展示理念のあり方を構築することになる。もともと、博物館の機能には調査・研究が組み込まれてきていたのだが、それら研究の成果が展示に直接に、しかも深く結びついて融合化されるという一体的な関係では必ずしもなかった。展示のターゲットが、大衆や子供たちといった漠然としたイメージの下で想定されてきたことも原因の一つではあるが、展示というものは、学術研究という科学的な精査を経た成果の表象というよりも、センセーショナルで見世物的なしつらいという、博覧会的なメディア空間への傾斜が強かった。その背景には、大阪万国博覧会の成功を契機に産業として大きな飛躍を果たした展示業界の存在がある。現在の博物館の展示は、こうした展示企業のノウハウとスキルを抜きにしては覚束ないのが現状である。博物館の展示は、博物館の学芸員と展示会社のスタッフとのコラボレーションによる成果に基づくものだが、民博での展示では、少なくとも学術性に裏付けられた、科学的な根拠に基づく展示がなされるべきである、との観点から、サブカルチャー的な“展示”というメディアに、“学”が掲げられ、その問い直しと、体系化が「展示学」の視点から図られるようになった。(※5)

補注)
※1「教育委員会月報」昭和54年2月号「国立歴史民俗博物館と歴史学」(井上光貞著)より
※2 黒板勝美(1874〜1946)。東京大学教授、国宝保存会委員、史学会理事等を歴任、日本国史学の発展に寄与した。
※3 黒板勝美著『西遊二年欧米文明記』(明治44年発行より)
※4 言語による教授に対して自然観察や事物、実物等を直接教材として活用する教授法。目で見、手で触れ、その他全ての五感に訴えて学習する教授法にも関連し、戦後に登場し、普及を見る視聴覚装置を活用した教授法も、直観教授の有効な活用事例として推奨された。
※5 民博の初代館長梅棹忠夫氏の提唱のもとに、昭和57年(1982)「日本展示学会」が設立されている。

「保存重視型博物館」の現在

 東京国立博物館の展示のように、その展示物自身を万全な保存環境のもとで、しっかりと見せることで、十分に存在価値を発揮し、来館者の要望にも応えることが出来る美術鑑賞を主眼とした展示では、展示に求められる優先課題は、展示資料(文化財)を経年変化や天災、人災から守るといった設備面での万全な措置である。そのため、展示室の無窓化を図り、自然光を遮断し、機械空調により安定した温湿度環境を保つとともに、展示ケースの採用にも、機密性の高いエアタイトケースを導入したり、地震被害を考慮し、ケースや展示台に免震装置を組み込むなど、設備機能面で精度を高めることに意が注がれる。照明器具についても、熱や紫外線による展示資料への負荷をなくし、光源を交換するなどのメンテナンス作業を容易にするために、光ファイバーへの関心が高く、その開発と導入が進められている。一方、地方の公立、私立の博物館・美術館が国宝や重要美術品など、国指定の文化財の展示を行う場合、文化庁長官らへの許可申請など煩雑な事務手続きが必要とされてきたが、その手続きを簡略化し、比較的容易にこれらの一級美術品の展示公開が可能となる「重要文化財の公開承認施設」、「重要有形民俗文化財の公開事前届出免除施設」の制度が定着しつつある。条件として、建設計画の段階から文化庁と協議し、東京国立文化財研究所との協力の下に推進して行くことが定められているが、前提にはこれまで、文化庁から出されてきた指針や基準をクリヤーすることが求められよう。以下にこれまで、文化庁が出してきた基準や指針等を整理した。

文化庁の博物館に関する整備基準、指針、規定等一覧

■組織・人員・運営(特に「重要文化財の公開承認施設」等に対する規定)

■ 施設全体

■ 他の施設と併用する場合の設計留意事項

■ 各部屋の関係(配室計画)

■ 搬出入口

■ トラックヤード、荷解き場

■ エレベーター

■ 燻蒸施設

■ 収蔵庫

■ 展示室・展示ケース

[出典文献]
(1)「有形文化財(美術工芸品)の展示を主体とする美術品または美術工芸品を多く取扱う博物館等の施設配置に関する基準について」
 (昭和45年/文化庁文化財保護部)
(2)「文化財公開施設の計画に関する指針」(平成7年8月/文化庁文化財保護部)
(3)「文化財(美術工芸品)の防災に関する手引き」(平成9年6月/文化庁文化財保護部)
(4)「重要文化財の所有者及び管理団体以外の者による公開に係る博物館その他の施設の承認に関する規定」(平成8年8月/文化庁)
  ※「重要有形民俗文化財の所有者及び管理団体以外の者による公開に係る博物館その他の施設の事前の届出の免除に関する規定」は(4)とほぼ同じであるので、これに準じる。

「教育重視型博物館」と展示のあり方

 社会教育機関としての博物館の意義や必要性は、戦後の「博物館法」制定以前に、すでに社会に浸透していたが、その先導的な役割を果たした博物館が、科博の前身である「教育博物館」であり、「東京科学博物館」であった。そこで中心となって活躍した人物に、わが国の博物館の父とも例えられる棚橋源太郎氏がいる。東京師範学校出身の棚橋氏は、博物館を学校教育との関係から、また社会教育の中核機関としての位置づけから、欧米の博物館を実地に調査し、豊富な実務経験とグローバルな知見にもとづく博物館関連書籍を数多く世に送り出している。その考えは戦後、大学に開設される「博物館学講座」のカリキュラムに受け継がれ、大学では宮本馨太郎氏(立教大学)科博では、鶴田総一郎氏らに引き継がれていく。科博は、戦後、改組されて展示、収蔵の博物館であるとともに研究機関としての機能も合わせ持つことになるが、国立の他の博物館や美術館が文化庁の所管にあるのに対し、文科省本省内の生涯学習(社会教育)の部局のもとに置かれていることから、国民的には社会教育機関の認識が強い。

 戦後の昭和40年代(1970年代)に、明治100年を記念しての博物館建設ブームが起こり、数多くの地域博物館が設立されたが、それらの博物館の展示に共通するものとして、

(1)テーマ設定とストーリー仕立てによる、わかり易い展示構成(いわゆる課題展示や総合展示)

(2)解説計画では、文字による説明を出来るだけ避け、簡潔で明快な文章とともに、科学理工系であれば原理や法則を来館者自身が五感で感じ取ることの出来る参加体験型の展示の採用。人文歴史系であれば、当時の生活や情景を再現した中で、ヒューマンスケール感覚でそれらの時代を追体験できるバーチャルでインタラクティブな演出。
近年では、上記の事柄に加え、

(3)ユニバーサルな観点から、観覧者の身体的、言語的、また知識欲求レベルに対して、きめ細かく応えることの出来るITコンテンツを導入した教育普及サービスの充実など、が特色とされる。

 これらの博物館の展示には、「総合展示」といわれる展示の考え方が脈々と受け継がれてきており、その「総合展示」の原点は、棚橋源太郎氏の言う「綜合陳列」にあるのでその概要を説明しておこう。この「総合展示」(綜合陳列)の考え方に立てば、展示物の分類展示や、時代順による編年的な展示は、専門家や研究者向けであるとして、排除される。戦前の科学博物館では、展示室は、一般用(教育陳列室)と研究者用(標本陳列室)の2つに分けられ、一般用は観覧者に容易に理解できる展示方式を採用し、例えば、理工学に関する展示では、現代生活上必要な理工学上の基礎知識を伝え、動物展示は、生態パノラマの採用で観覧者の興味を引付けた。研究者用は標本を中心に研究標本室に陳列し、希望者に観覧させるという二重展示方式を採用している。(※6)

 ちなみに、国立科学博物館では開館90周年を区切りに、昭和42年に博物館の整備拡充を行っている。当時の杉江清館長は、この新しい展示計画に対して、次のような方針を打ち出している。(※7)

  1. 一般に分かる展示。特に中学、高校の生徒に興味を持たせ、理解されるものであるべきで、科学教育との関連を考慮のこと
  2. 学術上、高度のものであっても、誰にでも理解することができるよう展示と説明の仕方に工夫を凝らす。
  3. 展示にあたっては、「生態展示」、「動く展示」、「動かせる展示」等、効果的な展示技術を活用する。
  4. 展示は、舞台芸術にも似た「総合芸術作品」であるともいえよう。この意味において、展示は「研究部員」、「技術部員」、「教育部員」の協力の下に吟味され、作成されなければならない。

 「総合展示」に話を戻そう。自然史博物館での動物展示の場合などは、動物の剥製を、生息地域の植物や岩石とともに総合的に配列して、その生活状態を示す。この展示方法は、原地グループ(Habitat group)陳列法とも呼ばれるが、生態展示のことである。また、歴史や美術系の博物館では、ある時代の展示物を展示する場合、絵画や工芸品、家具、狩猟具、農工具、家庭用品などと組み合わせて当時の時代の様式や風俗を総合的に展示する時代室陳列(Period room)を言い、両者に共通する点は展示物を単体で展示するのではなく、関連するそれらを組み合わせて再現したり、配置したりする展示手法にある。(※8)

 「総(綜)合展示」の特色である「組み合わせる」という視点は、モノとモノとの組み合わせから、さらにモノと展示メディア(パネル、映像、模型など)の組み合わせへと発展し、ストーリー展示(課題展示)の主流となっていった。
 さて、「教育重視型博物館」のシンボル的存在である「国立科学博物館」の新館展示(2期)が平成16年に完成し、観覧者を迎え入れている。特筆すべき展示手法としては、まず

ア)展示を送り手側からのメッセージとして情報素材を組み合わせ、そのメッセージ全体を一つのまとまりのある塊(CHUNK=チャンク)として位置づけ、コーナー化した点にある。チャンクという、これまでにない新たな用語を用い、解説計画を計画段階から実験的に試行し、模型や試作によって評価を繰り返しながら定着させていったプロセスにも工夫が見られた。
次に、

イ)来館者の五感と直観に訴える情景再現手法の採用についても、これまでの、いわゆる背景画を伴うプロトタイプ的なジオラマやパノラマから、モノや標本等を浮かび上がらせる抽象的再現手法が人気を呼んだ。
さらに、

ウ)観覧者の興味と参加を喚起する双方向型情報検索装置(タッチパネル画像)の開発と採用

エ)子ども、大人、外国人らのさまざまな来館者に対応したITコンテンツの充実

オ)視覚障害者のナビゲートを意識した音声ガイド(携帯端末)の導入

カ)子どものための解説に特化した“アウトレットパネル”の採用

キ)ハンズオン等を通しての、五感体感展示へのチャレンジ

ク)展示解説におけるヒューマンコミュニケーションの充実等

であるが、これらの試みは、今後の「教育重視型博物館展示」の新しい方向性を示唆するモデルとして受け止められよう。

補注)
※6 昭和6年に開館した「東京科学博物館」の展示
※7 開館90周年記念「「自然科学と博物館」特別号(昭和42年発行)より
※8 『博物館教育』(棚橋源太郎著/昭和28年創元社刊)

「研究重視型博物館」と展示のあり方

 研究重視型博物館は、国立の大学共同利用機関として設置された「国立民族学博物館」(民博)や「国立歴史民俗博物館」(歴博)等がそれにあたる。

 展示に対する考え方も、これまで述べてきた「保存重視型博物館展示」や「教育重視型博物館展示」と基本的に異なる考え方に立つ点に特色がある。
特に、梅棹忠夫氏が主導した「民博」は、新たな博物館展示のモデルを打ち立てた。

 民博では、展示を「文化人類学」という学問の視点から検証しなおそうとした。文化の多様性に踏み込む「文化人類学」、当然その展示においても実証的な科学としての学術性の保障が求められる訳で、そのためムードやイメージに依存しがちで、学術的な信憑性にも疑問を生じさせかねない展示、観る者の思考的な発展をも阻害しかねない再現展示手法(生態展示法など)は、多様性の理解を目指す民博では採用すべきでないという結論に至った。

 また、美術品とは異なり、日常の生活用具をコレクションとする民博の展示では、東博の展示のように、展示物をガラスケースに入れ、「モノ」を実際に置かれていた状況から切り離し、全体よりも「個」の鑑賞に重点を置く展示は避けられた。また、「教育重視型博物館展示」が常套的に採用してきた「モノ」の周辺の状況や生活場面をリアルに再現するジオラマなどの「再現展示」や視聴覚機器や可動装置などの動くもの、つまりシークエンシャルな要素もまた展示場から取り除かれた。(視聴覚装置はビデオテークとして、展示場の外に設けられたゾーンに集約)(※9)

 民博の展示は、「構造展示」という展示手法で知られているが、この用語は、従来の博物館学で用いられてきた「総合展示」、「課題展示」、「生態展示」等には見られない新しい概念であった。「構造展示」では、「モノ」とその背後にある「文化」との関わり合いを重視し、モノとモノとの間に存在する意味的連関に手がかりを持たせる点を特色とした。具体的には、全体を分解して提示し、部分部分の関わりを通して、見る者に全体の再構成を促す、といった考え方である。写真を主体にしたグラフィックパネルを背景に、モノとモノとの組み合わせによる展示には、グリッド(格子)を空間デザインの単位として設定し、その単位を建築空間と共有化することで「建築と展示の統一」を果たしている。文化の差異を優劣や序列をつけて展示表現しない。すべての文化を等価値として扱うというこだわりと、常に増殖し、成長していく研究成果や資料に対応するために展示什器にシステム化が導入され、その結果、ユニット的なシステム什器が展示のデザインを特色づけることとなった。

 近年では、整然とシステム化された展示空間にIT分野の成果が組み込まれるようになってきており、特に、携帯情報端末(PDA)を活用したインターラクティブな情報環境の構築は、民博展示に新たな可能性をもたらすものとして、期待されている。「研究重視型博物館」である民博と歴博は、当然共通した点が多い。

 民博の教え方とともに国立歴史民俗博物館の展示の考え方を初代館長の井上光貞氏の著書から抽出した。氏の指摘した課題は、現在も館の研究者の課題として受け継がれ、歴史系博物館の歴史展示のあり方が、今まさに実現しようとしている。(次号につづく)

補注)
※9 民博の民家模型は、主観的な想像や思い入れを排除した「考現学」に基づくフィールド調査により、厳密に再現されている。人形による人物再現は、多様な文化の理解に偏見や思い込みをもたらすこともあることから採用されていない。

 

  国立民族学博物館の展示(1977年/昭和52年開館) 国立歴史民俗博物館の展示(1983年/昭和58年開館)











■展示の基本理念

  • 民族学に関する学術的情報を(1)正確に、(2)わかりやすく、(3)美しく表現する。(※0)
  • 観客の理解のために各種の「手がかり」が十分に用意されており、観客はその「手がかり」をもとに自分からすすんで事柄を理解しようとする。こうした観客の能動的な態度を促す展示が最も望ましい。(※0)
  • 「物」の説明に終わるのではなく、「物」とその「背後にある文化」とのかかわり合いを重視する展示。「物」とそれを作り、使用する「人」とが常にセットで、相互にかかわり合う関係にあることを伝える展示を目指す。(※1)

■文化の多様性の表現と研究成果に裏づけられた展示

  • 世界には多様な文化があるわけで、大きな統一テーマを掲げて、思考的な発展を拘束することは避ける。ただ、個々の文化の展示には、それぞれ小さなテーマを設定することはよい。(※1)
  • 博物館は性格上、一般公開を原則とするため、展示は市民のためのものであることはいうまでもないが、その内容は研究の成果である。(※0)
  • 研究に裏付けられた展示。研究部の教官による展示シナリオ作成。(※1)
  • 展示は、現代世界から出発し、それを超えて次第にその文化を支えている基層文化や歴史的過程等に近づいていく方法を採用する。(※1)
  • 日本の展示は、日本に居ながら「日本人が気づいていない文化的特色」を伝える。(※1)

■展示の基本理念

  • 歴博の展示は、日本の歴史を、(1)現代の観点から取り扱う(現代的な感覚)。同時に、(2)日本人の民衆生活史に力点を置いて扱う(民衆生活史に焦点)、を基本に置く。(※6)
  • 展示を通じてひとつの歴史観を展開するタイプは、すっきりして分かりやすく、恰好がよいが、国立の博物館が歴史観を押し付けることは、思想・宗教の自由を原則とするわが国では慎むべきことである。(※4)
  • 歴史上の事象は、多元的な意味をもつものであり、一方からだけスポットをあてるのでは、事象を性格に捉えることにはならない。(※4)
  • 日本の歴史の節々については、詳細な展示を構成しつつ、全体として日本の歴史の問題点を考えさせることが、歴史を知る本筋につながる。(※7)
  • 歴史像は、個々人が描くべきもので歴博(国立歴史民俗博物館)の展示は、人々が自分の歴史像を描くための産婆役であることにこそ積極的な意味がある。(※4)
  • 教科書などに書かれている既知の事実でなく、未解決な、しかも誰もが知りたい諸問題を取り上げるべきであり、学問的にもはっきりしていない状況であっても、学者が思いあぐねている状態を詳しく示して、ともに考えていこうとする態度こそ必要である。(※4)
  • 生活史は観客である国民大衆にとって最も身近なものであり、政治史、思想史などは、とかく抽象的で、物で表すことが困難である。それらに比較すると生活史は物で表すのに容易である。(※7)

■文献史学、考古学、民俗学の3者の協業による広義の歴史学の確立

  • 歴博の展示・収蔵の中心は、歴史学上の文献、考古学上の遺物、民俗学上の民具である。(※7)
  • 歴博の研究は、文献を通じて歴史世界をクロノロジカルに追求する歴史学(狭義)と、遺跡・遺物を通じて解明する考古学と、現在に残る民俗・民具を資料として日本の生活伝統を明らかにする民俗学とが、それぞれの学問の伝統と方法論を保ちながら協力し合う、三者の“協業”に特色付けられる。(※8)







■生活資料

  • 民博が取り扱う「民族学資料」は、諸民族が日常生活において使用する雑器、いわば「がらくた」に類するもの。芸術的価値や経済的価値とは無縁の品物である。(※3)
  • 民博の展示は、文化財や美術品を展示するのではなく、研究の成果に基づいた学術資料の展示。(※3)
  • それぞれの民族の文化の差異を優劣や序列をつけて展示表現しない。すべての文化を等価値として扱う。(※1)
  • 文化の差異を個々のバラエティとして並列的に表現する。(※1)

■生活資料

  • 東博(東京国立博物館)の展示物は国宝・重要文化財等の第一級の美術品であるが、このことは、展示物そのものが展示者や観覧者の主観を超えて、それ自身に100パーセントに近い価値を担っていることを意味する。歴博の展示は、民衆の生活史に基礎を置いたもので、日本の歴史を色々な角度から観客に考えてもらうことにある。(※5)
  • 歴史や民俗の展示は、見た目には貧弱でも、学術的には極めて重要なものも多い。この場合、観覧者に感動を与えるのは、展示の場面を構成する頭脳であるから、館は優れた頭脳集団である必要がある。(※7)
  • 歴博の展示物もまた民博のようにガラクタであるが、ガラクタはそれ自身としては、無価値に等しいものだが、それを価値あらしめるのは、それらを使って歴史の推移や断面を示そうとする展示者の頭脳に他ならない。(※5)
  • 研究所的な性格を基本とし、展示をその従におくとき、かえって展示機能が充実し、考えさせる博物館としての魅力を発揮できる。(※5)







■生態的展示から構造的展示へ

  • 展示の一つの方法として、生態的展示というべきものがある。マネキンやロウ人形を使ったり、パノラマをつくったりして、一目で理解させようとする方法である。しかしながら、ロウ人形やパノラマはしばしば、芸術的感動を与えず、かえって生々しさが過ぎて嫌悪感さえ呼び起こすことさえある。学術的にも信憑性を期しがたいことが多い。(※0)
  • 一般に展示があまりにリアリスティックであり、あまりに説明的であることは、必ずしもいいことではない。むしろ、一目見ただけでは、ある種の感銘をうけるが、内容は直感的には明快ではない、というくらいのほうがいい。内容は、直感的というより、構造的に理解されるように配列されていることが重要である。(※0)

■構造展示の採用

  • 「物」の周辺の状況や生活場面をリアルに再現するのではなく、それらのなかに存在する意味的連関をたぐっていく方法、すなわち全体を分解して再構成していく「構成的展示」または「構造的展示」を採用する。(※1)
  • 展示物をガラスケースに入れ、ものを実際に置かれていた状況から切り離し、全体よりも「個」の鑑賞に重点を置く、いわゆる「個別鑑賞主義」は採用しない。(美術館的表現はとらない)。(※1)
  • 文化をフィーリングとして感じ取る展示手法として「物」の置かれている状況や生活状態をそっくりリアルに再現する「生態展示」(ジオラマなど)があるが、その場限りでの説明で終わり、それ以上の思考的発展を阻害する。また、誤解を生む危険性や恐れ、さらには人間や動物のリアルな復元は、その生々しさがかえって災いすることが少なくない。これらの理由から採用をひかえる。(※1)
  • 事典を一ページ、一ページめくっていくような「説明的展示」は、度がすぎると一方的な解釈に基づく構成になったり、来館者の自由な発想の芽を摘み取ってしまう恐れがあるので、その点を留意して採用する。(※1)
  • 民博の展示手法は、「説明的展示表現」をとり、「構成的展示」、「構造的展示」を主軸におく。(※1)
  • 民博の展示は「文化の切り取り方の技術」と「編集の技術」にかかっている。(※1)

■展示の表現

  • 展示物主体の展示形式をとる。(※2)
  • 展示場における展示表現の中から映像、音響、可動装置などの“動くもの”、つまりシークェンシャルな要素は原則として利用しない。(※2)
  • 展示物を単にケースに入れているだけの「個別展示」や、ありのままのリアルな「生態展示」は採用しない。(※2)
  • 「構造展示」の一例を挙げると、以下の通りである。現地のパノラマ(生態展示)のかわりに、背景に写真を採用する。写真によって「主題の環境」と「背景」が示される。その前景に「実物標本」が置かれる。これは原則として「実物」であって「ミニチュア」ではいけない。ただし、現物通りの複製(レプリカ)ならよい。さらに、その前や横に、その事象を展開させる関連諸事項の「説明パネル」や「展示物」があり、全体として、その事柄が構造的に把握されるようにする。すなわち、「背景」−「物」−「展開」。これが構造展示の構成の一つのパターンである。(※0)
  • 展示表現や展示構成のためのシステムは、展示替えの可能な「成長システム」を計画する。(※2)
  • 柔軟性のある展示表現のための構成システムを、展示資料に直接関係する「展示具システム」と間接的に関係する「展示環境システム」とに分ける。(展示資料を直接支える仕組みを“展示具システム”とし、間接的に関わる要素を“展示環境システム”として分類する)(※2)

■展示の配置及び構成

  • 展示と建築は空間構成的に密接な関連性があるため、建築設計上のコンセプトと協調して展示計画を行う。(※2)
  • 建築設計がX軸、Y軸のグリッドシステムによって展開されているので、展示計画もグリッド基準寸法(1,250o)による0度、90度の配置・構成を原則として展開する。(※2)

■空間設定

  • 「どのような展示状況も演出できるテレビスタジオ」の形式と「空間を1,250のグリッドで展開するシステム」の2点にそった展示計画を行う。(※2)

■動線

  • 歩行順路を強要せず、「選択性」をあたえるように配慮する。(※2)

■展示具・展示環境システム

  • 従来の「個別展示」の形式や博覧会調の「演出型展示」、あるいは「生態展示」のどれでもなく、それらを超えて、世界の各地からもたらされる個々の展示資料を新たに再構成する。(※2)
  • 常に増加し成長していく研究成果や資料とそれにもとづく展示替えを容易にする。(※2)

■概説展示から課題展示へ

  • まんべんのない概説展示(日本の歴史を教科書風に筋道をたてて表現する方法)を行おうとすると、展示は啓蒙的になり、思想の宣伝にもなるため、教科書的な概説展示は採用しない。(※6)
  • 学問的に言えば、概説展示には、“作り物”的なところが多い。そういう観念的な筋道を表すために、いろいろな物を展示するというのは、歴史を知る「悪しき方法」である。(※7)
  • 「概説展示」は、閉じられた体系に結びつきやすい。元来、歴史学は実証的な科学であり、閉じられた学問でなく、新しい発見によってどうにでも展開していく開かれたものである。各時代、学問上有益で、誰でも興味を持つ問題を取り上げ、しかもそれを多角的に見て、観覧者の主観にゆだねるのが好ましい。(※6)

■課題展示の採用

  • 学問的な客観性を重んじすぎると、ただ「物」を羅列するだけの、気取った、無味乾燥な展示になる。この展示法は、歴史をありのままに見ることばかり強調して、一歩もその奥に入っていこうとしない悪しき「実証主義歴史学」に似ている。歴史の真実は、表面の出来事の奥にあって、捉えにくいものであるが、色々な角度から光を投じ、文献やものを存分に駆使しながら、歴史の秘密を開いていこうとすることが、真の実証であり、歴史の真実に触れる唯一の道である。(※4)
  • 課題展示(テーマ主義)とは、歴史の推移をまんべんなく物で示すのではなく、所々に重点を置いて、それぞれに課題と問題視角を設定し、それをめぐって詳しく、学術的・多角的に展示構成を行い、その他の部分は切り捨てる方法である。歴博の展示は、この課題展示を採用する。(※6)
  • 日本の歴史の流れをところどころで切断し、それぞれに多様な問題視角を設定すれば、作り物ではなくなり、おのずから即物的な中立性を保つことができる。このような考え方から、「概説展示」をやめ「課題展示」を採用する。

■展示の表現
 (民博のように、モデルとなる展示のスタンダードは明示されていない。)

出展※0:「国立民族学研究博物館創設準備会議部会のまとめ」(昭和49年1月)
出展※1:「国立民族学博物館展示の基本構想」(昭和50年12月)
出展※2:「国立民族学博物館展示の基本計画」(昭和51年6月)
出展※3:「国立民族学博物館の理想とその展開」(昭和59年/梅棹忠夫著)
出展※4:「国立歴史民俗博物館の構想」(昭和53年/井上光貞著)
出展※5:「国立歴史民俗博物館と歴史学」(昭和54年/井上光貞著)
出展※6:「歴史民俗博物館をつくる」(昭和55年/井上光貞著)
出展※7:「共同利用機関としての歴史民俗博物館」(昭和56年/井上光貞著)
出展※8:「国立歴史民俗博物館開館に当たって」(昭和58年/井上光貞著)




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